服部誕『もうひとつの夏 もうひとつの夢』 | 詩はどこにあるか

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服部誕『もうひとつの夏 もうひとつの夢』(私家版、2020年06月30日発行)

 服部誕『もうひとつの夏 もうひとつの夢』は小学生の「良雄」の体験を描いている。六章で構成されている。その「第一話 紫色のビー玉」。ある日、銭湯へ行く。そこには入れ墨をした男がやってきている。

首から下は全部、入れ墨がしてあった。それは虎や龍のようだった。良雄はじっと見ておられずにすぐ目をそらした。(略)見てはいけないものを見てしまったように思えた。
(略)
 しぼった手拭いでバシバシとからだじゅうを叩きながら、ほりもんのおっちゃんは出ていった。それはまるでサーカスの猛獣使いのようだった。

 「猛獣使い」という比喩がおもしろい。男は、自分の肉体の中に潜む猛獣を、自在に再御していると良雄に見えたのか。男が猛獣に見えたけれど、男は人間なので「猛獣使い」という比喩になって、ことばがかってに動いたのか。ここに、詩があると思った。
 「小説」なので、文体がどうしてもそうなってしまうのかもしれないが、「見てはいけないものを見てしまったように思えた」の「思えた」は叙述のことばとして弱いと思う。「思えた(思う)」という動詞をつかわずに、こころが動いていることを書くと、描写が現実になって動き始めると思う。
 タイトルになっている紫色のビー玉は、後半に出てくる。友だちが引っ越していくこと何。その友だちからビー玉をもらう。

 もうすぐ家に着くというときに、良雄の抱えていた紙袋がふいにやぶれた。
 じゃらじゃらと路地中にすさまじい音を響かせながら、あっという間に地面に散らばった何百個のものビー玉は、良雄の家の玄関からもれる明かりをきらきらは反射させ、茜色にそまった夕空の下、まるで宝石の海のようにあたり一面に広がっていった。

 美しい描写だが、ことばの重複が多いと思う。「猛獣使い」のように、もっと刈り込めば、さらに印象的なことばになったと思う。
 小説は、この散らばっていくビー玉を追いかけるように、次々に思い出を追いかけていく。
 「第六話 蝋石の夢」には第一話に書かれていた「富士山のない銭湯」の話が、友人のことばの中に蘇るというおもしろい仕掛けもあって、全体をおさえている。

 忘れ去った夏の日々の記憶の扉をもういちど開けるのは、いつか見るかもしれない、もうひとつの夢のなかなのだ。

 この「末尾の二行」には、作者のいいたいことがきちんと書かれている。だが、きちんと書いてしまっていいのかどうかは、とてもむずかしい。
 第一話のおわりのように、自分の思いではなく、「もの」に何かを語らせた方が余韻が残るのと思う。







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