細かな細かな話。あるいはくだらない話。
桜を見る会「前夜祭」について、「細かな話」とか「くだらない話」という意見がある。
政府にに、もっと大事な、しなければならない仕事がある。
たしかに「前夜祭」で問題になっているのはホテルニューオータニの料理が5000円ですむのか。その支払いは、どうなっているのか。収支記録は、どうなっているのか。
「桜を見る会」の招待者はだれなのか。一部の人間が優遇されているのではないのか。名簿はなぜ存在しないのか。買収に当たらないのか。
「前夜祭」にしろ「桜を見る会」にしろ、予算総額は「1億円」超えない。
国家予算から比べれば「細かな話」ということになるのかもしれない。
しかし、その「釈明」につかった安倍の「論理」をみていくと、そんな簡単には「細かな話」とか「くだらない話」とはいえない。
たとえば
①「前夜祭」の参加料金が安いのは、「団体」宿泊客が利用しているからだ。つまり、多数の人間が別の方法で「大量に」料金を支払っているからだ。
この論理を、「政治」に適用するとどうなるだろうか。
日本はアメリカから大量の軍備を買っている。アメリカ軍のために「思いやり予算」も組んでいる。
アメリカの軍需産業とアメリカ軍に、膨大な金を支払っている。
それなら、なぜ「割引」を要求しないのか。
戦闘機の補修費はただ、とか、逆に補修費(メンテナンス)は少し割高だが、戦闘機そのものは格安にするとか。10機買えば1機無料とか。
②「収支報告書」などの「資料がない」。「収支が適切かどうか、第三者が検討できる資料がない」。
これを、日米FATにあてはめるとどうなるか。
ひとつひとつの「条項」は、どうなっているのか。日米で「訳文」はどうなっているのか。
討議に必要な資料、「協定締結の交渉経過資料」がなければ、何もわからない。
「前夜祭」予算の総額は400万円から500万円、「桜を見る会」は5700万円。
その「細かな予算」の問題さえ、「詳細」を「資料付き」で公開検討できないとき、もっと巨大な予算が動く問題はさらに公開討議が困難なまま、「安倍の決定」どおりに処理されることになる。
「日本が設定した価格ではない(数量ではない)、アメリカが決定した価格である(数量である)」「価格決定のための資料はない」「交渉経過は記録していない。文書は破棄した」
そういうことが起きてしまう。
戦闘機の値段とか、貿易交渉の詳細とか(どちらが有利か)というのは、一般国民には判断できないことである。
でも、ホテルの食費がいくらか、なぜ一部の人だけが特別な会に招待されるのか、ということは、ふつうに暮らしている国民にもわかる問題である。
そういうだれにでもわかる問題から、安倍のやっていることが正しいことなのか、間違っていることなのかをみていくことは重要である。
400万円(500万円)、あるいは5700万円のなかから、安倍自身の利益として1%還元したとする。同じように、それを戦闘機購入や何かに適用するとどうなるのか。同じことをしていないと、どうしていえるだろう。「細かな金額(くだらない金額)」のときでさえ、不正を働くなら、「巨額」が動くところではもっと不正をするだろう。1%のキックバックではなく、0・01パーセントのキックバックでも、その金額は、ふつうの国民が手にすることのできない金額になるだろう。