中本道代「二月の色」、李村敏夫「枝先の実」 | 詩はどこにあるか

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中本道代「二月の色」、李村敏夫「枝先の実」(「河口から」5、2019年03月04日発行)

 中本道代「二月の色」。

冬を凌いできた葉が陽光を受けて強く光るようになる
もう長く俯きがちに過ごしてきたのでこの蘇りが信じられない
春は来るのだろうか
春が来たとしても何かを一つ振り落として来るのではないか
それが何なのか
春が通って来た道程のどこに落ちていったのか

「道程」ということばに中本の「思考」を感じる。「思考」は「嗜好」でもある。世界をことばで明確にしたいというのは中本の本能なのだろう。「何」「どこ」ということばを「何」「どこ」のまま、保留することはない。

トネリコの葉の影が終日白い窓で踊っている
ここでは影の方が実在すると思い込んでしまいそうだ
三次元から二次元への転換に彷徨う

「思い込んでしまいそうだ」は「思い込まなかった」ということであり、その結果「三次元から二次元への転換に彷徨う」ということばの運動があるのだが、「思い込んでしまったら」どうなるのかな? 「実在」はどう変わるのだろうか。

春に先駆ける花は黄色
遠い野辺で巨大な天体に接して咲いている

引用しなかった二連目には「宇宙」ということばがある。「巨大な天体」は「宇宙」を言い換えたものだろう。
「ことば」の「意味」はわかる (と、私は勝手に思うだけだが) 。しかし、それはあくまでも「意味/思考(嗜好)」がわかるということである。やっかいなことは「嗜好」というのはなかなか変えにくい。私は、こういう「わかる思考」、あるいは「意味」というものを敬遠してしまう。好きになれない。
 美しいなあ、完成しているなあとは思うけれど。



 李村敏夫「枝先の実」。

ゆがいた豆が運ばれる仕草から
亡くなったひとをおもう
焼香前の奥さんの表情
真正面からみることを
なぜか避けていた
亡くなったひとが現れるからだ

 この一連目は、三連目でこう展開する。

余分なものが落とされた枝先の
小さく実る記憶がこぼれ
それぞれの襞に向かう
奥さんのうつむく姿勢を
胃のうごめきはそう受け止める

 「記憶」ということばが出てくるが抽象的ではない。それはいつでも「具体的」に「現れる」。目に見える。だから時として李村はそれを「避けてしまう」。この「避ける」は単に「意識」のことがらではない。視線、目そのもの、「肉体」で「避ける」。こういうことは相手(奥さん)からも、きっとわかってしまう。「意識」ではなく「肉体」であるから、うつむいたときに見える李村の足先、その微妙な位置からも「避ける」がわかる。それは「拒否」ではなく「遠慮/配慮」のようなものであるが。
 李村はそういうことを「ことば(詩)」にしているが、それは「頭」でととのえた「論理/意味」ではない。
 「胃のうごめき」にひきもどし、それを「受けとめる」。
 こう書くとき(三連目では)、「奥さん」も一緒に枝豆を食べているのだろう。うつむいて。枝豆は静かに口から胃の襞へと向かっている。同じ動きを肉体で共有している。そこに生きていることの静かな安らぎがある。
 詩なのだから、もちろん「ことば」はあるのだが、ことば以上に「肉体」がある。「動詞」がある。






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