青山かつ子「月夜」 | 詩はどこにあるか

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青山かつ子「月夜」(「ぶーわー」41、2019年03月10日発行)

 青山かつ子「月夜」の感想をどう書けばいいか。

熱をだしたおとうとは
チャンバラの夢でも見ているのか
両手の指で輪を作り
刀のつば
刀のつば
とつぶやいている

となりのおクニさんの家に
富山の薬を借りに行く
月の道を

 と昔の思い出が書き始められている。とくに「説明」があるわけではないが、昔の思い出と思ってしまう。「チャンバラ」とか「富山の薬」が、そう思わせるのか。「となりのおクニさんの家」という言い方がそう感じさせるのかもしれない。固有名詞の響き方がなつかしい。昔は固有名詞があたたかな体温といっしょに生きていた。だから「借りる」ということも自然にできたんだろうなあ。
 ここから「固有名詞の体温」は、こう広がって行く。

澄んだ口笛が通る
あれは歌の好きなゆたかさんだ
「俺は北海道のタコ部屋で…」
が 口ぐせの
(タコ部屋には何十匹ぐらい蛸がいるのかなー)

 「意味」的には唐突な展開なのだが、唐突と感じない。自然に感じる。「ゆたかさん」のことなんて、私は知らない。けれど知っている気持ちになる。「体温」があるからだ。「体温」は「口ぐせ」と言いなおされている。「口ぐせ」がわかるくらいに、青山は「ゆたかさん」を知っている。ただし、知っているといっても、すぐそのあとに(タコ部屋には何十匹くらい蛸がいるのかなー)ということばがやってくるくらい、いいかげんというか、ゆるいつながりだ。真剣に(?)知っているわけではない。
 そういうところを通って、詩は「おとうと」に戻って行く。

母が額の手拭いを何度も替えている
おとうとの顔は
まだ赤い

 「ゆたかさん」に比べると、母、おとうととの「つながり」は真剣だね。でも、青山にとってはどうか。
 ちょっと違うかもしれない。
 青山は、「ゆたかさん」のことを思う「ゆるさ(余裕)」がある。「すき」がある、と言ってみればいいのか。
 その「ちょっと」には、母をおとうとにとられたという「嫉妬」のようなものがまじっているのかもしれない。
 こういうことは、厳密に考えない方がいいだろうなあ。ことばにすると、だんだん変なことになってしまう。

「風邪ひくから 早く寝な」
母に急きたてられ
神棚のてんてる大神さまをちょっと見上げて
湯たんぽの寝床に入る

雨戸がなる
風がでてきたみたい

 無造作に「こと」が進んで行くが、その無造作なところに、やはり余裕がある。「ゆるみ」ではなく、余裕というようなものがある。
 他人(たとえば、「ゆたかさん」)の場合は「ゆるさ」だが、肉親には「余裕」。どこが違うかといえば、つながりの「強さ」が違う。「てんてる大神さま」というような言い方はどこの家庭でもしたのだろうけれど、青山の家ではそう言っていた(口癖、とは違うけれど、通じるものがある)ということが、「事実」として、「事実」の強さとして動いている。共有される「口癖」があって、「風邪ひくから 早く寝な」という口調にもなる。みんなが同じことばを話している、と言えばいいのかも。
 だから、

雨戸がなる
風がでてきたみたい

 これは青山の感想なのだけれど、同時に、母やおとうと、書かれていない父の思いにも感じられる。いっしょにいるひと、ひとつ屋根のしたにいるひとのものになる。つられて、私もそのひとりになる。読んでいて、自然に、風の音を聞いている気持ちになる。

 「ここがいいなあ」ということを、はっきりさせることばを私は持っていないのだけれど、こういう詩は好きだなあ。



*

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