田島安江「森の匂い」 | 詩はどこにあるか

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田島安江「森の匂い」(「蝸牛」61、2019年01月20日発行)

 田島安江「森の匂い」のなかほど。


朝からずっと聴いていた音楽が逃げていき
友だちが死んだ
行き場のなくなった音が光に包まれる
彼女と遊んだ森
木漏れ日の中にいるとわからなくなる
わたしは彼女が好きではなかった
気がする
気がするだけかもしれない

彼女が死んでわからないことばかりが残った
世界はいつだってそうだ
思い出なんて一瞬のうちに消えてなくなる
さあ、ここに座って
何も考えず、そっと息をはいて
そう世界はいつも眼の前にある


 「わからなくなる」「わからない」と繰り返される。その途中に「気がする/気がするだけかもしれない」が差し挟まれる。「気がする/気がするだけかもしれない」の直接の対象は「わたしは彼女を好きではなかった」かどうかだが、「わからない」という「気がする/気がするだけかもしれない」という具合に読んでみたい。
 あるいは、むしろ「わかった」ということかもしれないし、それ以上かもしれない。つまり、田島は「わかっている」。


世界はいつだってそう


 こういう断定は「わかっている」人間だけができる。「わからない」「気がする/気がするだけ」と揺れていたら断定はできない。
 でも、何が「わかっている」? 「世界はいつだってそう」というのは、どういうこと?
 田島は言いなおしている。


そう世界はいつも眼の前にある


 「ある」ということが「世界」なのだ。それで、おしまい。
 しかし、そう簡単に「ある」と言われても、私なんかは、困ってしまう。
 そういう「苦情」を書きたいのだが、今回は書けない。「そう世界はいつも眼の前にある」の直前の二行がおもしろい。


さあ、ここに座って
何も考えず、そっと息をはいて


 突然、読点「、」が出てくる。呼吸を整えている。その息づかいが、おもしろい。そうか、田島は「呼吸する」ことで「世界」と行き来しているのか。
 呼吸を通して、目の前に「ある」世界は田島の「肉体」のなかとつながる。


急がなければ日が暮れるよ
光が消えるまでにたどり着かなければ
いつのまにか先回りした鹿の長く伸びた影が
わたしの手首をギュッとつかみ
森の匂いをなすりつけてくる


 最終行の「匂い」は呼吸をとおして田島の肉体に入ってきた世界を言いなおしたものだ。田島は「ことば派」の詩人ではなく、「肉体派」の詩人なんだなあ、と改めて思った。





*

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