池澤夏樹のカヴァフィス(86) | 詩はどこにあるか

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86 居を定める


衣服はなかば開いていた--暑い素晴しい七月のこと
少ししか着ていなかった。

なかば開いた衣服の
内なる肉体の喜び。
速やかに裸にされた肉体--その光景が
二十六年の歳月をへだてて
この詩の中に居を定める。


 「85 午後の太陽」では「半分」、この詩では「なかば」。同じギリシャ語なのか、違うことばなのか、中澤の訳だけではわからない。「開いていた」と「開いた」も同じことばなのか違うのか、気になる。
 この「なかば」「開いていた/開いた」が「裸にされた」へと動いていくところに自然な解放感がある。「なかば隠した」から「裸にされた」の場合は、「隠した」が技巧になってしまうだろう。
 「内なる肉体の喜び」は「衣服の内なる」を超えて「肉体の内なる」へと、意識を誘っている。ここにカヴァフィスのことばの「魔力」がある。文法の意味を超えてことばが動いていく。
 ギリシャ語の原典を読んでの感想ではないのだが。

 池澤の註釈。


 二十六年前の一夜の場景が、それ自身のもつ強烈な忘れがたい印象のゆえに、ずっと消えずに残り、この詩の中に定着される。あるものが詩にうたわれ、そのうたわれた事情がまた詩句の中で語られるというこの詩の最後の二行の型はたとえばシェイクスピアのソネット一八番にも見られる--「人間が地上にあって盲にならない間/この数行は読まれて、君に生命を与える」(吉田健一訳)。





 


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