池澤夏樹のカヴァフィス(85) | 詩はどこにあるか

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85 午後の太陽


扉のすぐ近くには長椅子があった。
その前にトルコ絨毯が敷いてあり、
すぐそばに二個の黄色い花瓶をおいた棚。
右手に、いや、逆だ、鏡のついた洋服箪笥。
真中に机があってそこでわたしの恋人はよくものを書いた。


 かつて恋人と過ごした部屋を訪れた。変わってしまったが、カヴァフィスはその細部を覚えている。思い出して、それを書いている。
 その終わりの方。


窓のわきに置いた寝台、
午後の太陽はいつもその半分を照した。


 この二行が非常におもしろい。
 なぜ「半分」を照らしたのか。半分の影は何によるものだろうか。
 「半分」は上半分(下半分)か、右半分(左半分)か。左右の半分の場合、カヴァフィスは、どちらに横たわったのか。カヴァフィスはそれを覚えているはずだ。でも、書かない。隠す。とてもエロチックだ。
 先に引用した三連目には「二個」の花瓶が出てくる。そして洋服箪笥は「右手」と書かれたあと「いや、逆だ」と言いなおされる。
 ここにすでに「半分」が用意されている。「別れ」の伏線が引かれている。「半分」を書いたあとの、最終蓮。


……午後の四時、わたしたちは別れた
ほんの一週間のつもりで……それなのに
その一週間が永遠になってしまった。


 池澤の註釈。


午後とは(略)、ギリシャでは一般にシエスタのあと、つまり四時ないし五時をさす場合が多い。ここにいう「午後の太陽」も四時の日ざしである。夏ならばまだまだ熱い時刻で、街路には人通りはない。





 


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