山田一子『龍の還る日』 | 詩はどこにあるか

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山田一子『龍の還る日』(七月堂、2018年09月01日発行)

 山田一子『龍の還る日』に「夏の洗濯」という詩がある。


暑さの限りを鳴き切って果てる蝉
と 同じように過ごした季節の終わりに
成果と少しの後悔を
渦巻く水に放り込んだのだった
右巻きに試行 左巻きに錯誤
現時点の解釈と鑑賞
これからの傾向と対策
進路選択の面談室に西日は容赦なく射して
ホコリ舞う控室で順番を待つとき
名残の夏はまだ迷っていた


 「洗濯」と「選択」。音が同じだが意味が違う。その「違い」を利用して、「選択」を「洗濯」という比喩の中で動かしている。
 詩のひとつの「定型」である。
 私は、こういう詩は苦手である。「意味」が強すぎる。詩は「意味」ではなく、そこにある「もの」そのものだと思う。ことばが「意味」を剥がして「もの(無意味/意味以前)」になるとき、そこに詩が動いていると感じる。
 もし「意味」を詩にするのなら、「洗濯」と「選択」だけではなく、「試行」や「錯誤」の同音異議のことばも探してきてほしい。それができないなら「選択」を「洗濯」などと言い換えたりせずに、「選択」そのものをもっときちんと書いてもらいたい。

 私が好きなのは、「新しい友だち Ⅰ」の次の部分。


向うからくる
「やぁ」と手を挙げるでもなく
満面の笑みでもなく
ただ柔らかな表情で近づき
ある距離でぴたり 止まる
この日はそれくらいの距離で話す
それがここちよいと
私も思っていた


 「ある距離」「それくらいの距離」が具体的には何メートルかわからない。けれどそれを「ある」「それくらい」と言いなおす。あいまいだけれど、その「あいまいさ」がおもしろい。読者にまかされている。このとき、具体的な距離はもちろんわからないのだけれど、山田には「ある距離」「これくらいの距離」とわかっている、ということがわかる。それが気持ちがいい。


この前の続きから
というわけでなく話し始めても
この前まで話してきたことは覚えているから
初めて会った前の時間まで
もしも話題がとんだとしても
だいじょうぶ ついていけるし
まるでその頃から知り合いだったように
相槌も打てる


 この連もいいなあ。「この前」「その頃」は、話している二人にしかわからない。けれど、二人がそれを「わかる」ということが、わかる。
 どうしてだろう。
 誰でもそれぞれが「この前」と「その頃」を「肉体」のなかに持っているからだ。
 具体的には「この前」「その頃」は、「いつ」かはわからない。状況次第で(話している内容次第で)、それは変わってしまう。変わっても「この前」「その頃」は変わらない。「この」「その」と呼ぶしかない何か。それを私たちは、いつでも持っている。そういうことを、「無意味」の強さで教えてくれる。
 好きだなあ。








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