感情/異聞 | 詩はどこにあるか

詩はどこにあるか

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感情/異聞

 「迷う」ということばは、やっとその坂道にやってきた。作者が見つからないので、花屋の前で時間をつぶしていることばに道をたずねた。答えることばのとなりでは、別なことばが無関係な方向を向いていた。それは「迷う」ということばがおぼえている風景に似ていた。記憶を重ね合わせてみると、「顔色をうかがった」「女におぼれる」という複雑だけれどはっきりとわかる路地があらわれてくる。店の奥では耳に聞こえない囁きが口の形をしたまま小さく動いた。どれも経験した「感情」のように思え、「迷う」ということばは、そのことを悟られないようにゆっくりと、ていねいにお礼を言って、角を曲がった。
 やっと坂を上り詰めると、日が暮れていた。近くのビルの窓は離ればなれに孤立していたが、遠くの明かりが密集してしだいに濃くなるのがわかった。窓にガラスをはめるように、内と外を分け、わかる人にだけはわかるわかるような「動詞」として書き直してほしいという思いがあふれ、「迷う」ということばは悲しくなった。



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