はじまりの映像が暗い。海か川かわからない水の揺らぎが、冷たく暗い。街灯の灯に照らし出されている枯れ木(枯れた枝)さえも暗い。さらに、その映像がアップすぎて何かわからない。水の揺らぎが海か川かわからないと書いたが、街灯に照らされる枯れ木にしても、それがどのような場所にある街灯なのか、全体が見えない。ガラスの容器にともすロウソクらしきものも、それが何かわからないし、トイレで倒れている女の姿も、なぜなのかわからない。
これは映画の構造を象徴している。登場人物はそれぞれ対象に密着しすぎている。目の前にある「アップ」の現実だけを見ていて、「全体」を見ていない。一種の謎解きものなのだがストーリーを顔のアップ(登場人物の感情)で壊して行く。悲しみと怒りはときとして似た表情になるが、それがこの映画の謎を深めていく。謎解きのストーリー(事件の解決)ではなく、事件のなかにある人間の感情だけを取り出して、その動きのなかに観客を引っぱっていく。なかなかの力業である。(主役のニコライ・コスター=ワルドウの住んでいる家が北欧なのにガラス張りというかガラスの窓が大きく、外から内部が見えるようになっているのは、まるで顔の表情をとおして人間の内部が見えるという映画のつくり方と重なるようで、とてもおもしろい。)
こうした映画のつくり方にあわせて役者を選んだのか、ニコライ・コスター=ワルドウをはじめ、役者はみな目も鼻も口も大きくて、それがさらにアップされて、そこに感情が激しく動くので、なんだかすさまじい。子供を亡くした女、子供を奪われた女、刑事、ドラッグ依存者の元犯罪者が、それぞれ「対構造」で苦悩するのだけれど、見どころはその4人というよりも主人公の相棒のウルリッヒ・トムセンの方。
離婚し、子供は妻の側に引き取られ、妻は再婚している。子供はウルリッヒ・トムセンよりも新しい父の方になついているらしい。アルコール依存症になり、彼は彼で苦悩しているのだが、ニコライ・コスター=ワルドウの異変に気がついて、アルコール依存症から立ち直り、若い相棒を支えるようになる。それまではニコライ・コスター=ワルドウがウルリッヒ・トムセンを支えているのだから立場が逆転する。ニコライ・コスター=ワルドウが友情からそうしているのに対し、ウルリッヒ・トムセンは父親のようにふるまう。これがこの映画を深みのあるものにしている。若い色男というのもいいものだが、うだつのあがらない初老の男がじっくりと人生を立て直し、他人を支えるという姿はなかなかすばらしくて、よかった。
そして、この映画の最後の方、事件が解決したあとの海の色がすばらしく美しい。北欧の冷たい海なのだが、青の輝きが透明感があって(油彩の透明絵の具のような色)、それが静かに輝く。あ、世界はこんなに美しいのだと思う。(+★の理由)
犯罪映画なのだけれど、罪を犯し、そこから立ち直っていく姿、それを支える人間をていねいに描いているから、最後が美しく輝くのだ。
(2015年05月31日、天神東宝2)
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