61 橋本 正秀
そのとき
娑婆が蠢いて
汚い声が
汗の匂いが
淫らな声が
噂話が
オフィーリアの呟く涙とともに
転生をはじめる
その苦しみの声
その苦汁の匂い
その苦難の嬌声
その苦別の噂らが
娑婆に充満する
62 金子忠政
群れ群れに
凍土のような手のひらを
そっと差し出す
オフィーリアの指先は
いかづちの雫、
脣の暗黒を断裂し
声をひかりにする
63 市堀玉宗
冬の雷いくたび母を犯せしか
64 山下晴代
白鳥を捕へてみればゼウス神
65 小田千代子
レダの眼に翼に降れる霧ふかし
66 谷内修三
駐車場におきざりにされたアルファロメオの
赤い塗料が水銀灯の光にぬれる。
真昼に飛翔したハイウェイの興奮を眠らせて。
でも
私がほしいのはメカニックな涙ではないのよ、
ましてや後部座席ですねている子犬の縫いぐるみでもないわ。
67 金子忠政
アルファロメオも、その赤い塗料も
子犬の縫いぐるみも
線量に占拠され
途方もない時間が
忌避へと溶解していく
犬たちの
牛たちの
馬たちの
野花たちの
身もだえに哀しく歯軋りする
オフィーリアが言う
「あなた方は決して大地をじかになぞらない」
雹に打たれたわけでもないのに
水蜜桃が畑のすみで腐爛する
刺すような酸い香りを発しながら
地におちた鳥のむくろのように
捨てられる哀しみが崩れ熟れる
「うずくまるかぐわしさに寄れ」
68 市堀玉宗
狼の嗅ぎゆく処女の血の滴山河やぶれし月の寒さよ
69 小田千代子
蒼き森ふいに魔物が眼をさまし眠れぬ女は胸抱くばかり
70 山下晴代@ロンドン
魔物はロンドン塔に収め、
スイートテムズ、スイート、スイートテムズ、
オフィーリアはどこかへ消えてしまった
71 谷内修三
ことばは流れてぶつかり音を立てる
オフィーリアよ それはテムズの流れよりも複雑にこだまする たとえば
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と言ったとしても
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と同情した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と拒絶した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と侮蔑した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と笑った
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」とウィンクした
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」とほざいた
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と批評した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と戯れた
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と信じた
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と抗議した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と講義した
「この愛が唯一の答えと誓ったときでさえ裏切りははじまっている」と涙した
ねんねじゃあるまいし、オフィーリアよ
あんた、あの子のなんなのさ、じゃなかった、
オフィーリアよ、あんた、いったい何を教わってきたの
72 市堀玉宗
なきがらに寄り添ふ愛のかたちして白鳥は死のしづけさにあり
73 金子忠政
鉞をなきがらの胸に置き
震える舌を
刃先に匍わせ
息を吐きかける
そのひとそよぎが
言葉によって隠されると
凍りつくブナの皮膚のように
オフィーリア、
君は剥き出しになる
オフィーリア、
星を編み込む
清潔な私の庇護者
やがて
君の身のまわりには
霰が降る
74 市堀玉宗
愛は今剥き出しになり永遠の空はゆたかにかなしかりけり
75. 小田千代子
永遠の愛をさがして深き森霧ふかくしてああ狂ひける
76 山下晴代
「霧ふかし闇ふかしマッチ一本掌に擦るのみ。寺山です。オフィーリア役の役者を探しています。条件は、体重が100キロ以上の処女。誰かいたら、教えてください。『オフィーリアの犯罪』という芝居をお茶の水のアテネフランセで上演します」
77 金子忠政
「私はデブ子ではなく
新人のデブコです。
仮面剥がしゲームの果てに
たどり着きました。
どうぞお見知りおきを」
78橋本正秀
仮面剥がし貸し剥がし
おのれ恥ずかしこの縁(よすが)
身の置き所はここよ
とばかりの罪と科
引っ提げぶうらり
舞台の
袖の
リングの
まぶしさの
あやかし仮面の
テフコはここよ
79 市堀玉宗
枯野ゆくいのちがそこにあるやうに主役不在の愛憎劇の
80.小田千代子
ここにもいるわ リング脇
仮面剥がし貸し剥がし
今も剥がせぬこの縁
私もテフコ 贅肉を
重ねる今の罪と科
増えるばかりの哀しさを
持て余しつつ温めて
雲ひとつない青空を
見上げて渡る大川の
流れに溶かす罪深さ
夢にみたひと やっといま
逢える歓び胸抱き
あたしあの人逢いにいくのよ