廿楽順治「叢日叢行抄」(2)、大橋政人「水仙」 | 詩はどこにあるか

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廿楽順治「叢日叢行抄」(2)、大橋政人「水仙」(「ガーネット」63、2011年03月01日)

 廿楽順治「叢日叢行抄」の「わたしたちは/やがて【地平】として売り飛ばされるだろう」は、臨終のことを描いているのだと思う。ひとは死ぬ。そのとき、そのひとのまわりにひとは集まってくる。死んで行く行くひとと、そのまわりに集まっているひと。
 その、「間」。
 そこに何がある? 何が動く。
 廿楽は、「声」を中心にして「間」をとらえる。「声」は「音」。「音」は聞くもの。「耳」と「声」が「間」をつくっている。
 (引用は今回も行頭をそろえる形にした。)

この世には耳がさいごまでのこる
だから
集まったみなさん
かたりかけるこちら側の声をきたえるひつようがある

 臨終のとき、というか、臨終寸前のとき、集まってきたひとたちは死んで行くひとに語りかける。死ぬな、と呼び掛けもする。まるで、「この世には耳がさいごまでのこる」ということを知っているかのように。それは、ほんとう? たしかに目は見えていないようでも、呼び掛けると手を握り返してきたりするから、目よりも耳の方が「いきのこっている」のかも知れない。けれど、その耳よりも、手を握り返してきた手の方がもっと生きているかもしれない。ことばを発しないのでわからないだけかもしれない--と考えはじめると面倒だから、そこまでは考えない。
 そうか、最後の声をとどけるのには、生きている側が声を鍛えなければならないのか。うそか、ほんとうかわからないけれど、まあ、納得してしまうなあ。

いつも
こちら側(あちら側?)の
声の準備はまにあったためしがない

 おかしいねえ。「真理」というのは、いつだっておかしいものを含んでいる。それは、簡単に言うと「はみ出してくる力」である、「真理」とは。そして、「はみ出す力」で、「はみ出すものを押さえようとするのも」を破り、破った勢いで、「押さえようとする力」を洗い流す。
 そういうことを知っているから、廿楽は、「はみ出したもの」(はみ出す力をもったことば)に耳を傾け、それをていねいに定着させる。

げんきになって
ラーメンたべようね
声のラーメンのさいごだ
とんこつ
しお
どっちにしようか
きかされても耳だからこたえられない

 おかしいけれど、笑いながら悲しくなるねえ。「だれにでも想像できてしまう他人事」が、はみ出しているねえ。
 --これが、廿楽の「構図」だ。



 大橋政人「水仙」。

外白中黄
外白中橙
外黄中橙
外黄中黄
外白中白

水仙の
花弁と
中のラッパの色には
いろいろな組み合わせがあって
楽しいことだが

どの水仙も
首のところで
ほぼ九十度
ガクっと曲がっているのには
驚いた
裏から見て気づいた

 書き出しの5行が、私は好きである。この5行を書かなければ、大橋のことばは動かなかった。そこにあることを、まず正確に全部ことばにしてみる。そうすると、ことばが正直になる。自分で動いていく。その動きは、まあ、色のいろいろな組み合わせであるという事実をとおり、もうそのことについて書かなくてよくなったので、それではほかのことを言ってみようくらいの動きなのだが、その「軽い」飛躍が、むりがなくていい。
 水仙は、首のところで九十度に折れている。っ、そんなことも知らなかったの、と驚いてしまうようなことだが、これはほんとうに大橋が知らなかったのか、とりあえずそこへことばを動かしてみただけのことなのかよくわからないが、ともかく、ことばを動くがままにまかせる。
 そうすると、

花が重たいので
自然に曲がったのだろうか

 ここも、まあ、ありきたり。想像がつくね。書いていることがすぐにりかいできる。
 ところが、ふいにことばが加速する。「事実」から、ことばが離陸したがっている。そして、

擬人法を使うと
小学生みたいになるが

ヒョットコみたいで
ごめんなさい

初めから
反省のカタチで
咲き出したみたいだ

 「擬人法」。比喩。それはいずれも、そこにないものを、そこに出現させる。ひとではないものをひととして表現するのが「擬人法」。大橋は、正直なので、離陸する瞬間に「離陸します」と言ってしまうのだ。
 いいなあ、この正直さ。
 廿楽のことばが「構図」でみせるとすれば、大橋のことばは「軌跡」で読ませる。
 「ヒョットコみたいで/ごめんなさい」は「水仙」のことばというよりも、そんなことばにたどりついてしまって「ごめんなさい」と大橋が言っているようにも聞こえる。正確に、正直に、水仙を描写しているうちに、大橋は「水仙」を描写しているという事実から離脱して、「水仙」そのものになって、そこに咲き出したのである。


十秒間の友だち―大橋政人詩集 (詩を読もう!)
大橋 政人
大日本図書


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