誰も書かなかった西脇順三郎(130 ) | 詩はどこにあるか

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 『失われた時』。「Ⅰ」の書き出し。

夏の路は終つた
あの暗い岩と黒苺の間を
ただひとり歩くことも終つた
魚の腹は光つている
現実の眼の世界へ再び
楡の実の方へ歩き出す

 抽象と具象の交錯する感じがおもしろい。夏の間、西脇はひとりで歩き回った。路傍には暗い岩があり黒苺もあったのだろう。そういう過去の描写(?)に、ふいに、時制を破ってことばが闖入する。

魚の腹は光つている

 この現在形。強烈な印象は「過去形」にならずに、「現在形」のまま、未来へと時間を破っていく。
 そのあと……。

秋の日の夜明けに
杏色の火炎があがる
ポプラの樹の白いささやきも
欲情のつきた野いばらの実も
宿命の人間をかざる
復讐の女神にたたられた
秋の日の小路を歩きだして
どうしてももとへかえれない

 「宿命」「女神」というような、「過去」が誘われてでてくる。「時間」がまったく無秩序になる。そういう印象が私にはする。そして、この無秩序、時間の「枠」が外れてしまうのが、西脇の詩であると思う。
 詩に「時間」は存在しない。「時間」を突き破るとき、その時間を突き破るという運動が詩なのだ。



西脇順三郎と小千谷―折口信夫への序章
太田 昌孝
風媒社

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