『旅人かへらず』のつづき。
八〇
秋の日ひとり
むさし野に立つ
ぬるでの下に
八一
昔の日の悲しき
埃(ほこり)のかかる虎杖(いたどり)
木の橋の上でふかすバット
茶屋に残るリリー
「ぬるで」「虎杖」。植物の名前の中に隠れている音は美しい。この美しさは、西脇はここでは書いていないが、やはり「淋しい」美しさだ。それは、そのことばのなかで完結する美しさと言い換えることができるかもしれない。
虎杖は埃を被っていて、完結していない、孤独ではないという見方もあるけれど、逆に埃をかぶることでより一層完結したものになるともいえる。完結することで「昔の日」に「なる」。だから「悲しき」。このことばも「淋しき」につながる。
八二
鬼百合の咲く
古庭の
忘らるる
こはれた如露のころがる
「こわれた如露」。こわれなくても完結するかもしれない(いまの時代にあっては)。だが、「こわれた」ということばによってさらに如露が完結する。そこに「淋しい」美しさがある。
「こわれた」「ころがる」、「じょろ」「ころがる」。その音の響きあいも、私はとても気に入っている。音の繰り返しが人工的に(作為的に)なる寸前で踏みとどまっている。素朴である。西脇の音楽は、とても素朴で、それゆえに力強い。
西脇順三郎全詩引喩集成 (1982年) 新倉 俊一 筑摩書房 このアイテムの詳細を見る |