旅の詩集である。その詩は「観光案内」とは違って、きちんと現実を描いている。「タージ・マハルの風」は、タージ・マハルの成立を描いたあと、豪華な墓とは対照的な人間の暮らしを描いている。
豪華絢爛なタージ・マハルを前にすると
ゆがんだ富と力ばかりが浮かんで来た
カタコトの英語をしゃべる男が
写真を撮ってやると付き纏って来て
千円ではなくてもう千円くれと言った
ぼくのサンダルにカバーを被せた老人は
皺くちゃの十ルピー札をすばやくしまった
亡き妻への深い皇帝の愛のおかげで
そうして世界遺産の回りでは
三百五十三年後のひとびとが
いろいろなおこぼれに与っている
たぶん 350年後のいまだけではなく、 350年前の時代にも、同じように富の周りに貧しいひとびとがいて、「おこぼれ」を与っていたことだろう。時代がかわっても、かわらなくても、かわらないものがある。
そういうことを感じさせることばは、それ自体として、過不足もなく、きちんとしている。
「旧王宮広場の朝」はネパールの「ダルバール広場」を描いている。そこに次の行がある。
ふつうにみんなが極端な話
何百年も変わらずに暮らしていた
あるいは、
そんなふうにして
いのちは続いて来たのである
「そんなふうに」とは「何百年も変わらずに」ということである。
それはそれでいいのだろう。
ただ、私は、読み進むにしたがって、だんだん気が遠くなってきた。いくつもの有名な場所が描かれるのだが、だんだん区別がつかなくなってくる。おなじに見えてくる。どこの場所でも「何百年も変わらずに」暮らしが続いているのだから、それはあたりまえのことなのかもしれない。
しかし、そうなのかなあ。
少しずつでもいいから、人間は変わっていくものなのではないのかなあ。せっかく旅をしているのだから、旅をすることで変わってほしいなあ、と思う。
「何百年も変わらずに」ある暮らしであっても、それを見る方の山本自身が変わってほしいと思うのだ。
「夕暮れの車窓」には、一瞬だけ、その変化のようなものがあった。
ホテルにはセーフティボックスも
ミニバーもリンゴもなく
バスタブの湯はガンジス川のように
茶色く濁っていたけれど
朝は窓辺で小鳥たちが鳴いて
熱々のオムレツはいける味だった
「朝は窓辺で小鳥たちが鳴いて」がいい。それこそ「何百年も変わらずに」鳴いているのかもしれないが、人間の暮らしにではなく、自然そのものにその「永遠」を感じ、その美しさに触れ、その結果として、オムレツをうまく感じる。この変化が、あ、いいなあ。インドへ行ってみたいなあ、という気持ちにさせる。
観光案内ではないから、惹かれる。
鳥の声を聞き、できたてのオムレツを食べる瞬間、山本は生まれ変わっている。「何百年もかわらずに」つづいている「旅人」の感覚のなかに生まれ変わっている。安易な(つまり、つい最近できたばかりの批評で人間を切り取っていない。
でも、つづかない。--それが、とても残念だ。
*
「旅のおまけ」は、それこそ「おまけ」のように、本編から少しはみだしている。乗るはずの飛行機が飛ばなくなって、足止めを喰う。そのときのようす。そこは「観光名所」ではないので、現実が動いている。「歴史」(「何百年も変わらずに」にある歴史)とは違ったものが動いている。
ネパール語も中国語もわからない。中国語は鳥の声のように聞こえる。その音。
中国人ツアー客に、チュチュッと声を掛けられ、彼らとともに空港からかなり離れたホテルへ行く。
この「チュチュッ」がいい。とても、いい。あとのほうには「チュンチュンチュチュッ、チュン」という音も出てくる。
ここには、頭ではなく(近代的批評精神ではなく)、「肉体」で動いている山本がいる。あ、こっちのほうを本編にして、「観光ガイド」は「おまけ」にしてほしかったなあ、と思う。
死をゆく旅―詩集 山本 博道 花神社 このアイテムの詳細を見る |