テキストは筑摩書房「定本 西脇順三郎全集」(1993年12月10日第1巻発行のもの)。引用にあたっては、「正字」「踊り文字」はとらなかった。表記の方法があるのかもしれないが、私はネット上でのその表記方法を知らないので。
天気
(覆された宝石)のやうな朝
何人か戸口にて誰かとささやく
それは髪の生誕の日。
1行目の「(覆された宝石)のやうな朝」の音が私はとても好きである。私は宝石など見たことがないので、「覆された宝石」というものをイメージできない。一度も目に浮かんだことがない。「くつがえされたほうせき」の音を分析して、何が出てくのかわからないが、「が」の濁音がこの行では私には(私の耳には)とても美しく聞こえる。新鮮にきこえる。宝石--たぶん、きらきらと透明なもの。それを裏切るような濁音。そのまわりの「う・う・あ・え・あ・え・あ」という母音の動き。喉の動きも、不思議な快感がある。
「やうな朝」の「やうな」という旧かなづかいと、それを裏切るような口語の「音」の違いも、その前の「あ」の揺らぎを感じさせて、とても惹かれる。
その新鮮な音楽とは向き合う2行目の「ささやく」。この弱音のイメージによって、1行目の音楽が不思議に変化する。
賑やかな音なのに、耳をすますと、とてもシンプルな、静かな音に変わっていくような、そういう変化を感じる。1行目の「音楽」が2行目の「ささやく」によって、それこそ覆されたような印象になる。
そこが、私は、この詩では一番気に入っている。
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