主人公カーンがイザベルとダンスをしている。別の若者があらわれ、パートナーを交換する。今は、カーンは若い娘と踊っている。踊りながらカーンはふと思う。
音楽家の一人が白い口ひげをつけたのだが、カーンにはなぜだかそれが恥ずかしく思えた。
この唐突な一行が「詩」である。
カーンは若い娘と踊りながら若い娘のことを考えていない。イザベルのことを考えているのだが、そのことをそのまま書いてしまっては「詩」にはならない。単なる未練に、情緒にまみれたつまらないものになってしまう。
イザベルの欠如――それを埋めようとするカーンの精神、肉体の彷徨いが、ダンス音楽を演奏しているミュージシャンに向けられる。そこにどんな迷路があるのかわからない。わからないけれど、その迷路を通り抜けたこころが唐突に口ひげをつける行為を恥ずかしいと感じる。
この距離の遠さ、あるいは濃密な密着感――矛盾したどちらのことばでも受け入れる何物か。そこに「詩」がある。
「詩」は気まぐれである。私たちの意図とは関係なしにやってくる。やってきて、立ち去っていく。その瞬間にだけ「詩」は浮かび上がる。