神谷美恵子著作集7(みすず書房)の「現代精神医学における二つの主要動向について」のなかに、こういう文がある。
精神科医たちは(略)目の前にいる具体的な、生きた人間を、その一回性とその人自身の「世界」において理解しようと努める。
つまり「感情移入」によって、そのひとの症状と「世界」を「内側から」理解しようとする。
このとき、神谷は「一回性」ということばをつかっている。これは、とてもおもしろい。だれにとっても、すべては「一回性」である。しかし、この「一回性」を排斥し、「繰りかえしうるもの」を優先し、それに「意味」を与えるのが、私たちが生きている「世界」かもしれない。
これは、危険なことかもしれない。
先の文章のあとに、こういう文がある。
精神療法の目標は患者に自己を発見せしめ、彼の責任において自分の可能性を真に実現しうる生き方を選ばせようとするところにある。
「一回性」は「責任」「可能性」「選ぶ」ということばで言いなおされているかもしれない。そして、この「一回性」は、もしかしたら、私が(あるいは「世界」が)見落としていたものを新しく生み出すかもしれない。
こんな例でいいかどうかわからないが、私は、たとえば大好きなピカソを思い出す。ピカソの作品は、それまでの「美術世界」の常識を否定する。それまでの「写実」とか「リアリティー」とか、「意味の統一」を踏み外している。
ただ「一回性」にかけて、その瞬間を生きている。
そして、ピカソは実際に新しい「世界」を開いた。ピカソという「個性」(一回性)は、「世界」に拮抗して、存在している。
こういうことを、「ことば」でやると、どうなるのだろうか。
やったひとは、いないのか。
たぶん、「意味」の問題が、絵画(彫刻)よりも複雑に関係してくるのかもしれない。でも、多くの著作家(文筆家)が、そうしたことをやっている、と私は信じている。
いままでの「文章読解方法」ではとらえきれない何かを確立しようとして、さまざまなことをこころみているひとがいると思う。
神谷美恵子自身も、そのひとりだろう。非常に、正確に、非常にていねいに「事実」をつみかさねてことばを動かすが、その動かし方にゆるぎがない。細い細い生糸でおられた絹のような密度。しかも麻の強さを秘めている。神谷の文章には、やはり「一回性」としか呼べないものが、どこかにある。
私は「こころは存在しない」という。しかし、「ことば」の織り方の「一回性」はたしかにある。それは「意味」ではない。それは「共有」はできない。ただ、その「織り方」のなかに入り込み、織られることで、「私」を捨てるとき、「こころ」ではない何かが生まれる。「人間」が生まれる、と私は、言ってみたい。
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