年末に親しらずを抜きました。

かかりつけにCTを撮られ、これはしびれが残るかもしれないと、神経と重なっている写真をみせられて、そう言う先生のところでは抜きたくないと思いそのクリニックでは抜きませんでした。

かかりつけからは、自分で探すように言われていたので、少しは人に聞いたり、ネット検索しました。大学病院は予約がすぐ入らないとか、ちゃんとした人向けの紹介状がないと学生に練習台にされるとか聞いたり、叔母の入院やら忙しいことが重なり、自分の体のメンテナンスを落ち着いて見直す暇なく、以前探した口腔外科の開業医で抜歯してしまいました。

 

抜いたこと自体はそう時間もかからず、曲がって生えていたわけでもなく、抜いた後もロキソニンを飲むことなくそう腫れることなく経過、その代わり、ピリピリする感じや痺れた感覚のない麻痺した感じが頤(おとがい)神経に移行してきて、あごの半分、左側の唇とあごがわからなくなりました。随分唇の感覚なく噛み、傷ができ、歯茎も感覚なく食べ物がたまってわからなかったりしました。

この日から、障害が始まりました。

 

なかなかこのことを書く気持ちになれず、自分の中で星状神経節ブロック注射という、のどに注射をするのとレーザー治療を大学病院でやり、注射の1クールが10回をクリアしました。

感覚も(はんぺんをくっつけた感覚から豚の耳のようなぺらぺらから)あごの指で触る感覚がだいたい同じ厚さになりまし。

痺れは、ピリピリからチリチリになり、シュワーになり、なんとか気持ちの区切りがつきました。

 

だいぶ良くなったと思いますが、このほかこの治療に鍼灸にも通います。

大学病院の医者は「この症例は抜歯の際、医師の腕の良しあしではなく、抜かないのがよかった、でも、虫歯だったんだよね」と言われているので、あとは治療に専念するべきです。

 

年末年始、本当に今までにない思いをしました。

実は、このほかに、もう1か所虫歯で、同じ左の上の歯の根幹治療に時間がかかり、ロキソニンが切れると痛くて、痛み止めが欠かせない状態が1週間以上続きそうになっていましたから、神経のしびれの症状と痛みと噛めないストレスとで、本当に大変でした。耳や鼻の脇まで痛かったです。

 

でも、最近はようやく落ち着き、気持ちも吹っ切れて、私は不治の病ではないし、家族もこうして皆揃い、毎日ワイワイにぎやかに暮らせている。

これだけで、私は幸せではないかと思えるのです。

 

家族がいてよかった。

そう思える日々になりました。

 

 

最近、朝日新聞のデジタル有料版で、「痛みに涙笑い泣き」という彼の病気のインタビュー記事で詳細を知りました。

 

なんとなく、ガンと公表したことを頭の片隅で覚えていただけでしたので、普通にお元気なこととも思ったりして、最近役者さんも樹木希林、市原悦子さんが逝き、声を失った歌手など、いろいろな話を目や耳にして自分がどう生きていったらよいか、余計に考えてしまうこの頃でしたえー?

 

ガンになるなんて、少しも思わなかったそうです。

 

私の父が肺がん、叔母は肝臓がんで亡くなっているので、全くかけ離れているわけではなく、脳梗塞で亡くなった母も肝硬変からいつ肝臓がんになるかおびえて生きていた人なので、私はやはりあんまり、ひとごととは思えないのです。(「教授」(坂本龍一)もガンのひとがおられると、他人とは思えず、本を送ってあげたりするそうですドキドキ

 

 

それで、前より気になっていた職場の図書館に特別な場所に置かれていた、彼の「スコラ」という音楽百科事典のようなハードカバーの単行本のような全集の、17巻「Romantic music」を借りてきましたラブ

 

それが、2枚CDが付いていて、彼がロマンティック音楽と思っているクラシック音楽が抜粋して録音されています。

もちろん、世の中で発売されているクラシック演奏家の演奏の録音になります。

 

本の中身の対談を読むより、聞き始めたCDの方が気になり、ずっとご無沙汰していたブログも書かねばならない内容より、こちらの話題に筆が進んでしまいましたニヤニヤ

 

一言でいえば、

琴線に触れる、選曲、順番であり、彼の感覚の鋭さ、感性の豊かさに圧倒された。彼の感性の凄さを改めて実感。

私は、彼についてほとんど知らない。恥ずかしながら彼の「戦場のメリークリスマス」を若いころに同年代と愉しんだ記憶くらいしかない人間滝汗

 

我々と同じクラシックの世界の人間ではない人です。

でも、その彼の今までの業績は素晴らしいもので、世界に認められた人、日本のミュージックの中でもかなりの有名人です。

その芸大出身の彼が、ここまでクラシックを熟知されていたポーン

 

そして、CⅮの曲の入っている順番がなんとも面白いびっくり

曲間の雰囲気がつながっているところもあり、また、その演奏者、彼の好みが反映されているのだろうけれど、「へえ、この人の演奏を!」といちいち興奮しながら聴いてしまうちゅー

 

こういう人と家族の→矢野顕子さんたちは、どんな生活をしているのか。

こう、感覚的な人と一緒に居るというのはどんなことか。

 

私も若かりし頃は、そんな人と一緒に居たい(もちろん自分と合う人)と思ったことはありますが、所詮人間夫婦といえども阿伽の他人と思っているので音楽人間と一緒の生活が想像つかない。

 

それから、彼の耳はこのCDを聞いてもよくぞここまで知っているなあと思う演奏者の録音をカップリングしている。

1枚目を聞き終わり、印象に残った録音は、私が楽しんでしまったのは、1枚目最後ののチャイコフスキーのバイオリン協奏曲の1楽章だラブ

 

全然知らないバイオリニスト。(私だけかもしれないがウインク

パトリツィア・コバチンスカヤ

悲しい第2テーマが心に染み入り、最後のアッチェレランドが凄くて私は鳥肌が立ってしまった。

 

まあ、興味のある方は是非聞いてみてほしいですね照れ

 

https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%80%80%E5%9D%82%E6%9C%AC%E9%BE%8D%E4%B8%80

 

シューベルトを最初に持ってくるのもすごい笑い泣き

さすがに、ショパン好きの私には、ショパンは違う演奏者がよかったけれど。

 

 

高校時代、私の親友(現在、ジャズピアニストでバンドで活躍中のがっちゃんウシシ

https://www.fujipacific.co.jp/artists/artists/the_notes_of_museum.html

彼女が、「教授が教授が・・・ドキドキ」と言って騒いでいたのも思い出した。

 

 

とにかく、今朝は音楽でいっぱいの朝を過ごせましたビックリマーク

坂本龍一に感謝です目

 

 

 

 

最高気温が10度という日。今朝は冷え込みましたね。


床暖の上に炬燵をいれ、足を突っ込み、玄関先で子どもたちに「行ってらっしゃい」をするも上着を着ないと寒くて出られない💦その後も室内で上着を着たまま炬燵に入る私😅


寒がりです😆


12月に入りやっぱり今年最後になるかものブログを書き残しておきたくなりました。


よくもここまで、生かしてもらい、家族も元気でいられる。このことに、まず感謝!


一年一年歳を取り、師走になると毎年、「私は果たして今年を越せるのだろうか」と心配になる性分。

理由は、主に精神的な、「ぼんやりとした不安」とか、年内にしておかないとならなかった大事なことをこぼしてないか、何故か閻魔様に年の変わり目、境に「お前は戻れ!」って言われてしまうのではないかと思ってしまう😰

ただただ、私の妄想のようなものです。


毎年なので姉にも、この話を真面目に聞いてもらった時、「普通に時間が来れば元旦になるじゃん」って言われて💦そりゃそうだけどさ。みたいな😢


近況とにかく、先月にお教室の発表会前に、同じ建物の下階に住む一人暮らしの叔母が重体で緊急入院して、身寄りがない叔母なので私の気持ちは、ヒートアップ、万が一のことも浮かびハラハラドキドキ、83歳の病人の気持ちにも自己投影してしまいそうで、本当に神経的に参りそうでした。

だって既に4人の両親を送り終え、安堵していたからビックリしたのです。


その1週間後には保育園コンサートがあり、一人で出演ではないため、それは気楽に臨めたのですがね。


でも、大穴あいたのは、PTAの学年でする保護者のパトロール分担表を作成して配布後に、幾つものミスが見つかりました😵

再連絡も8時頃に「うちは載ってないんですけど!」なんて電話がかかってきたり、対応がバタバタで大変でした💧

やはり叔母が緊急状態を脱してからも、私の体調が悪かったこともあり、生活全体がおかしかったです。


レッスンは発表会後通常1週間後休みのところ、声が出なくなりもう1週間休みましたから。


また、昨日は主人が地域の活動の朝早くからお手伝いで、「餅つき」に小学校へ。なんと寒かったことでしょう🍂

もち米が蒸されて、潰して、餅をつくのを娘にも見せられ、その後皆で食すのはいいけれど、寒い校庭で待たされ、地べたにブルーシート敷いた上で食べるのも、2時間以上の待ち時間に昔遊びを教員が手伝っていても、何だか非常事態の避難所的なのを味わったような「天候の成す災い?」とでも言いましょうか。次回は校舎内で待たせて下さーい🔥


叔母の方は現代医療のお陰で助かり、今は転院してリハビリに励み一日も早く退院して家に帰りたいとラインを繋げてあげたら電話をかけてくるようにまでなりました。


私は自分の体調を立て直すべく、西洋医学の他に随分と散財して、鍼灸やアロマに通いました。だいぶ回復しましたが、最後に、歯にきました。親知らず❗️😱


年をとると、こんなに体調立て直すのにかかるのね😆体調不良の原因はもしや長年抜かずに来た親知らずかもなのです💦




今月思いつくことを挙げると、


121日は井口愛子先生の命日、そして2日は我が大尊敬するピアニスト、ディヌ・リパッティの命日。

そして、14日は四十七士の討ち入りと平成8年に肺がんで亡くなった父がベッドが2ヶ月くらい空かずに待たされやっと入院した日。父に「頑張れ!」と留学してたドイツから急ぎ帰国して側に居たなあ。翌2月に亡くなりましたが。

25日は母が脳梗塞で外階段で倒れているのが見つかり、救急車で運ばれて1カ月後に亡くなったこと。

あと、ベートーヴェンの誕生日が17日かな?

勿論平成天皇の誕生日もある。


お歳暮、大掃除、年賀状印刷、お節の用意、の前にクリスマス。年の瀬ですね。


なんか、書いただけで、悲しいことや凄いことがありすぎ!でもこれを過ぎ越して、やり抜いた後に正月が来るんだと目に見えない力を感じます。



結局、12月に予定だったブラームスの相手方の事情により室内楽レッスン受講は中止。叔母入院翌日にあった20年ぶりのドイツ人のチェロ弾きには、精神的にも語学的にもダメで殆ど話しかけられず、悪かったなあという思い、残念な思いが重なりました。


ただ、その件とは無関係で兼ねてから用意していたドイツ語の公文の通信講座は、順調に滑り出しました。

他にラジオ講座や『busuu』というアプリが、今の私には良さそうです。

継続を目標に一年後、どのくらいになっているか楽しみに取り組みます。


振り返ると、今年の後半、特に大変だったから「大殺界」を疑ったけれど、来年も新しいことは派手に始めず、種まきをしながら、二つある仏壇(私の実家と主人の実家)の埃はらいをして、無理をしない師走を越して、新年を健康で迎えられるようにと思ってます。


だらだら書きましたが、二度と来ない平成の師走を一日一日大事に過ごしていきます、来年もどうぞよろしくお願いします。