少し前ですが、8月5日に結婚30周年を迎えました。2人の時間が14年、息子が加わって16年。どちらのフェーズも楽しく幸せな思い出で溢れています(当然ですが、良いことばかりだった訳ではありません、念のため〜)。
私は留学でアメリカに来たので、留学、就職を含めて、結婚前にアメリカ生活がすでに4年ほどあったので、新生活への移行はスムーズでした。在米34年になり、日本で生きてきた年数よりアメリカ生活の方がすっかり長くなりましたが、私のアイデンティティは一度も揺るがず「日本人」。
じゃ、いつか日本に戻って暮らしたいかと言われると、今のところ「否」なのは矛盾してますかね?
私は日本に順応出来なかった人間でも無く、ルールに従うのも当然と受け止め、なんなら小学校から高校までカトリックの女子校でとても厳しい校則の中で疑問も感じずに生きてきました。とても居心地も良かったです。でもなんかアメリカに来て、もっと心が解放されたと言うか、説明のできない居心地の良さを感じ、それは今も同じです。
特に酷い差別を受けたと言う経験もない、と言うとそれは嘘だとか、自分で気がついてないだけ、と言われる事もあるけど、それなら鈍感大歓迎じゃないですか?もちろん、あなたの英語は分からない、と言われたり、この人アジア人嫌いなんだろうな、って感じるレベルのことはありましたよ。それを「差別」と受け取るかどうかは、個人の捉え方なんじゃないかなぁと思います。日本の中で日本人同士だって「この人苦手」ってあるし、同じ言語話してても何となく話しの通じない人もいる。私はそんな感覚で捉えていました。
アメリカの適当なところにウンザリする事も勿論あったけど、外国人、英語が第二か国語な私はその適当さに助けられたことの方が多いと思う。「分かりません」って言ったら、皆んな優しかった。アメリカ生活10年目位の時に、日本から来たばかりの方と話していて、アメリカに来て驚いた事をいっぱい聞いて、お腹が捩れるほど大笑い。だって私には既にそれが驚くことにならない程日常化していたから。すごく新鮮でした。順応力ってすごい。
最近は昔に比べると、アメリカでも格段にサービスも良くなってるし、美味しい果物も日本の物も結構手に入る。ま、これは住んでいる場所によるかもしれませんが、私は結婚のときの約束に「日本食の材料が手に入る場所」「日本への直行便がある場所」にしか住まないという条件を組み込んでおりました(強気💦。でも実際は結婚後9年間住んだボストンは当時直行便なかったですけど、文句言いませんでしたよ!)。
日本はずっと私のルーツであり、帰る場所である事は変わりありません。日本に帰ると、便利な生活、スムーズなサービス、清潔な環境にホッとしますが、同時に融通が効かない所、こうであるべきが強過ぎて、窮屈に感じている自分もいます。親切だけど優しくないって言うか、、、。こう言う事書くと、嫌な気分になる人いるのかな?じゃ、ずっとそっちに住んで帰ってくるなとか言われても困るけど😢。
私が言いたいのは、何処に住むのが自分に合っているかは、人それぞれで、でも自分のルーツを大事にしたいって気持ちは同じで、30年の結婚生活でも、息子が産まれてからは特に、日本の文化や価値観をきちんと伝えていきたいと思って、季節の行事もしっかりやってきたし、アメリカで良くても日本では通用しない常識なんかも教えてきました。そんな息子は「日本ラブ❤️」で、日本でも違和感なく家族や友達に馴染んでいます。
日本の文化を尊重してくれて、何ならお正月のお節とか節分とか私より楽しみにしてくれて、息子に日本語教育をする事、土曜日の補習校に通わせる事も快く了承してくれて、自分が行けない時も私や息子が日本に行くのを毎回快く送り出してくれる夫の支えもあり、幸せだと思える30年を過ごす事ができました。夫に心からありがとう。外国人の私を受け入れてくれたアメリカありがとう。何時も温かく迎えてくれる日本🇯🇵ありがとう。




























