医者ギライ・クスリギライのための1日10分!医食同源・自然食実践ブログ

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自然食業界歴15年の管理人が1日10分で医者にもクスリにも依存しない自然食実践術を公開。衣食住、生活環境、医を含めた医者ギライ・クスリギライのあなたに贈る!実践術をブログで毎日公開中!

「親身になってもらう」

親切、丁寧に扱ってもらう。

そんな風に接してもらえたら、誰だって嬉しいものですよね。

ぞんざいで乱雑、そんな風には扱われたくはない。

それが人の自然な気持ちであろうと思います。

とりわけ心が沈んでいるとき。不安と心配とで心が覆われてしまっているとき。

そんな時に人から親切にしてもらうと、苦しい思いだっていくらかは和らいでいく。それどころか、

「前向き!」

な気持ちになれたりもする。あなたにもそんな経験があるのではないでしょうか?

でも親身になってもらったがあまりに、思わぬ結果を招いてしまう・・・。親切が招く

“最悪の事態・・・”

このことを明らかにした調査結果があるのです。

なぜ親切が仇となってしまうのか?

取り返しのつかない事態を招く、その原因が親切親身にあるだなんて、果たして一体

「どういうことなのか?」

こうした疑問が湧き上がって来るのですが・・・。


そこで今回は、「親身」について考えることで、

医者を遠ざけ、クスリを拒む。

そんな生き方のヒントについて考えてみます。



 

■満足がアダに?

2012年にアメリカ医師会発行の専門誌に

『満足の代償』

というタイトルの記事が掲載されました。

医療保険に加入しているアメリカ人5万人以上を対象に、調査期間は「5年以上」

長期にわたったリサーチで、規模も期間もいずれも信頼度が高い。こうした調査が行われた次第です。

 

1年間に受けた医療サービスへの患者側の

“満足度”

について調べたもの。親切で丁寧な医療機関とそうでない医療機関・・・。その差が健康にどのような影響をもたらすのか?

 

この点について調べたものだったのです。

質問項目は以下の通り。

1、話を注意深く聞いてくれるか?
2、理解しやすい言葉で説明してくれるか?
3、患者が話したことを尊重してくれるか?
4、充分な時間がかけられているか?
5、医療スタッフから受けたサービスは満足か?


満足度が高いという結果が出たグループの特徴は、低い満足度のグループよりも、

「9%」

のお金を多く使っている。

さらに入院日数はといえば、不満足のグループよりも

“9%”

長くなっていた。このような結果だったと述べられているのです。

医師を信頼して、何か心配ごとがあればスグに相談する。指示通りにクスリを飲み、医師のいう通りに早めに入院。


それが満足度の高いグループに共通する特徴だったと報告されているのです。
 

でも最大の関心事はといえば、「死亡率」。死亡率がどうだったか?この点を比べてみたところ・・・、

満足度の高いグループは低いグループに比べて、

『26%』

も高かったことが明らかになりました。

医療を信頼し、医者のいうことをよく聞き、お金だってより多く使った。そうであるにも関わらず、逆に死亡率が高まってしまうといった結果になった。

医療への過剰な期待と信頼は、身を滅ぼしてしまう直接の原因にもなり得る。調査結果はこのことを白日の下に晒してしまった。

まさに衝撃の結果になったというわけです。

 

 

■健康に生きるには?

医者はヤクザや強盗よりもタチが悪い。

 

『医者に殺されない47の心得』(アスコム)の中で、近藤誠医師はこのように述べています。

 

「ヤクザはしろうと衆を殺したり、指を詰めさせたりすることはありません。強盗だって大抵はお金をとるだけです。でも医者は、患者を脅かしてお金を払ってもらった上に、しょっちゅう体を不自由にさせたり、死なせたりする」

 

こう述べて、無条件の医療信仰に対して警告を促しているのです。

 

そして近藤医師は、健康で元気に人生を歩みたいなら、“健康診断・人間ドック・ガン検診”などの検診を

 

“受けないように!”

 

と注意を促しているのです。

 

データは少々古いのですが、職場などで毎年実施されている「定期健康診断」において、全項目異常なしとなる人の割合は、たったの9.6%(2009年統計)。

実に90%以上の人が何らかの異常者にされてしまっている。


1984年の統計においては、異常なしの人の割合は29.8%だったものが、四半世紀の間で3倍以上にも異常を持つ人が増えているのです。

人間ドッグに至っては、「全項目異常なし」となった人の割合は全体のわずか5.6%(2015年統計)。

95%の人は健康異常者の烙印を押されてしまっているのです。

痛みもないし、不具合もない。そんな人々が次々に病人に変えられてしまっている。

 

どうしてこんな事態を招いているのか?その理由を探ってみると・・・、

 

「飽和した医者」

 

このことが関係しているのです。

 

 

 

■食うために?

1970年の日本の人口は約1億人。

 

医者の数はとえいば、約12万人だったといわれています。

 

それが2019年には、人口約1億2千万に対し、医者の数はといえば

 

「32万人」

 

と過去最大にまで膨れ上がり続けている。40年の間に実に2.7倍にも医者の数は増えているのです。

 

医師不足が叫ばれていますが、それは地域差や診療科目の偏りによるもので、都市において医者の数は飽和状態となっている。

 

医者といえば社会的地位が高く、何といっても収入が高い。そんな職業の代表格。

 

病人が少なくなって、国民の多くが健康になってしまえば、医者は儲からなくなってしまう。そもそも医療は不要なものになってしまう。

 

だからこそ、「早期発見!」だなんてメディアを使って頻りに騒いで、健康診断や人間ドッグを受けるように!と煽り立てていく。

 

そして無症状で元気。健康面で何ら問題のない人たちを次々に

 

“病人!”

 

へと認定していく。

 

医師の増加と検診の異常なしの割合はキレイな反比例の関係になっている。

 

実に分かりやすい構造といわねばならないのです。

ドクター個々に高い給料を捻出するためには、健康な人に病気になってもらう

 

「必要がある」

 

ムダな検査を受けさせ、無意味かつキケンな手術を受けることで、売り上げに

 

“貢献してもらう”

こういうことになるのです。

 

検診で患者を創造し、臓器をいじったり、取り出したりを繰り返し、いろんなクスリを飲ませていく。

 

こうして医療の未来永劫にわたる利益を確かなモノにしようとするのです。

 

実際に、健康診断・人間ドック・ガン健診を止めてしまえば、日本の医療は食い扶持を失って、

 

「崩壊する」

 

ことが言われています。

 

現行の医療報酬制度においては、クスリを出せば出すほど、検査をすればするほど、手術をすればするほど、医療機関の収入は増える仕組みになっているからです。

医者の食い扶持を養うがために、私たちの健康が犠牲にされ続けてしまっている。

何とも愚かな行為が無反省・無批判のまま行われ続けているのです。

 

 

■自然界の一員として

もちろん中には、現代医療の体系を信じて、患者のために

 

「最善を尽くそう!」

 

そう思って、懸命に医療行為に従事する医者もいることでしょう。

 

現代医療は正しい、医療に間違いはなく完全無謬なもの。そう医学の定説や教科書を額面通りに信じ込む。

 

そして自分こそが苦しむ患者を救うのだ!

 

こんな感じで患者に全力を尽くそうとする。こうした医者もいることでしょう。

 

でも、その医療そのものが間違った体系であるのなら、彼こそが

 

“地獄への案内人”

 

になってしまう。

 

そう、『患者よ、医者から逃げろ』(光文社新書)の中で夏井睦医師は述べています。そして、

 

『善意より怖いのは、疑うことを知らない無批判な善意だ』

 

こう述べて現代医療の問題点を痛烈に批判しているのです。

 

医療従事者もそうですが、医療を受ける側の私たちも決して無批判であってはなりません。

 

病気は医者やクスリが治すもの。一般にこう信じられているのですが、私たちだって自然界の一員です。

 

自然の野山に虫食いだらけで丸ハゲになったような山も、病原菌に侵され悪臭を放ちながらドロドロに溶けているような野原も、

 

自然界のどこにも

 

“存在しない”

 

クスリ漬けや寝たきりの野生動物などもいないのだから、まずは自らに備わった体の力を信じること。そしてその力をどこまでも高めていく努力を継続すること。

 

このことが大切ではないかと思っているのです。

 

治す主体はあくまで患者自身の治癒力であって、医療はどこまでも行っても

 

『従の位置』

 

に過ぎないものなのです。
 

今回の新コロ騒動が患者と医者との主従関係を変えていく。

 

その大きなきっかけになればと思っているのですが、あなたはどのように思われるでしょうか?

 

 

■参考文献

 

 

 

無肥料無農薬米・自然栽培と天然菌の味噌・発酵食品の通販&店舗リスト

 

 

自然食業界キャリア15年のOBが綴る

無投薬・無医療の生き方マガジン!

 

 

 

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「現代栄養学」は

“欧米人のため”

の学問体系。

このように言えるのではないかと思います。


アジアに生きる私たち日本人とは本来、無縁であるはずのもの。このブログで何度か指摘している事がらです。

タンパク質・脂質中心の栄養摂取のあり方は、雨が少なく河川が短い。食用植物資源に乏しい

「乾燥地帯」

に生きる人々の食のあり方。

温暖湿潤で、旧石器時代から食用植物資源に恵まれ続けてきた。そんな私たち日本人の体質には正直いって

“合わない”

そんな食の体系ではないかと思っているのです。

諸説はあれども有史以来、私たち日本人は糖質と食物繊維の多い食事を中心に食べてきた歩みがあります。

西洋人のモノ真似に終始するのではなく、日本人には日本人のための栄養学を!

このような内容をお伝えしてきたのです。

でもそれは、何も『食』だけに限ったことではありません。

医療や美容、この面においても西洋人のモノマネばかりが横行している。

こうした現状があるのではないか?と思っているのです。

日本という温暖湿潤な気候、さらには湿気の多いエリア。この地において現代に生きる私たちは医や美について、どのように考えておけば

「良いのでしょうか?」

どこにムリがあり、どのような問題を生じやすくさせてしまうのか?

 

この点について理解を深めておく必要を思うのです。

 


そこで今回は、「風土と体」について考えることで、

医者を遠ざけ、クスリを拒む。

そんな生き方のヒントについて述べてみます。

 

 

 

■医療においては?

日本人は心臓病で亡くなる人の割合が、極端に

「少ない」

そんな国のひとつといわれています。

でも心臓病は、欧米人にとっては“宿痾”とでも呼ぶべき忌まわしき病い。実に多くの欧米人が心臓を患い、実際に亡くなっているのです。

心臓に流れ込む冠動脈の石灰化。この症状が進むほどに「心筋梗塞」などの危険性が高まるといわれています。

なぜ日本人に心臓病が少なく、欧米の白人には多いのか?とかく私たちは体質などの遺伝的要因が理由と考えがちですが、調べてみるとそうではない。

このことを明らかにした研究報告があるのです。

3パターンの40歳男性の冠動脈の石灰化を調べた調査があるのですが、3パターンとは、

・日本に暮らす日本人

・アメリカに暮らす白人
・ハワイに移住した日系移民


それぞれの石灰化の進行状況を調べたところ、

日本人は9.3%、日系米国人は31.4%、米国白人は26.1%

日系移民の石灰化が最も進んでいる。その割合は、日本に暮らす日本人の3倍以上。進行度合いは心臓病を宿痾とする白人男性よりも著しい。

 

調査からこのことが判明したのです。

この現象は、ブラジルに移住した日系人も同じで、日本に暮らす日本人と心臓病の発症率を比べてみると2倍以上。日系移民は心臓病を

 

「発症しやすい」

 

このことが分かっているのです。

遺伝要素という説明だけでは解読不能。日本人だからといって心臓病になりにくいとは言い難い。

 

他に何らかの原因があることが推察されるのです。


■遺伝か?環境か?

その理由は遺伝子に

「変異」

が生じるため。『欧米人とはこんなに違った日本人の体質』(講談社)の中で、奥田昌子医師は指摘しています。

 

変異が起きる原因を辿ってみると、

 

“食習慣の変化”

 

による面が大きいと指摘しているのです。

慣れ親しんだ食習慣を捨て、現地の新たなスタイルに切り変わることで、遺伝情報が変異しやすくなる。

 

個人的には、食の変更によって『腸内細菌』が変化してしまうことも、理由の1つであろうと思っているのです。

確かに日本人の遺伝的体質は心臓病を発症しにくい特徴があるのでしょう。

でも遺伝よりも何よりも、食を含めた生活環境。これをムリなく、自然に整えない限り、望まない方向へと変化していってしまう。

 

私たちは私たちに適した暮らしのあり方を模索する。この必要を調査結果は物語っているのです。

 

また、日本を含めた東アジアからアメリカに移住したアジア系米国人は、本国に居る時よりも

 

「糖尿病」

 

を発症しやすくなることが言われます。

 

その理由は食生活の変化によるものと言われるのですが、それが本当なのかどうなのか?この点を確かめた研究報告があるのです。

 

アジア系米国人と米国白人、両方にアジアの伝統食とアメリカの一般的な食事を食べ続けてもらう。

 

アジアの伝統食とは、穀物食・野菜といった炭水化物と食物繊維の豊富な食事。

アメリカの一般食とは、食物繊維が少なく、炭水化物も少ない、脂質とタンパク質の多い食事。

 

これをそれぞれ8週間食べ続けてもらい、それにより糖尿病の数値がどのように

 

“変化するか?”

 

こうした内容の実験結果が2014年に公表されているのです。

 

 

 

■その結果は?

膵臓から分泌されるインスリンは、血糖値の

 

「番人」

 

このように呼ばれています。

 

お米などの食べものを通して摂取した糖質が、小腸から血液に送られ、そこから各臓器・各器官の細胞に供給されていく。

 

血液中の糖分と各器官・各臓器の細胞への橋渡し役を担うのがインスリンというわけです。

 

通販で商品を購入し、それを各家庭にまで届けてくれるのが宅配業者。インスリンは宅配サービスのようなイメージで説明できるのではないかと思います。

 

インスリンが疲れ、分泌が弱まってしまうと、血液中の糖分を臓器などに渡すことが困難になってしまう。その結果、血液中に糖分が充満した状態が続いてしまう。

 

この状態を『糖尿病』と呼ぶわけです。

 

だからインスリンに健全に働いてもらうことが大切であると説明されるのです。

 

8週間それぞれの食事を食べ続けてもらったところ、アジアの伝統食を食べ続けた東アジア系米国人のインスリンの効き目は

 

「上昇」

 

しました。アジアの伝統食を食べ続けた米国白人のインスリンの効き目も

 

‟上昇”

 

したそうです。

 

反対に、米国の一般食を食べ続けたアジア系米国人のインスリンの効き目は

 

「悪化」

 

していった。

 

前出の奥田氏は、同著の中でこうした実験結果を紹介しているのです。

 

欧米型の食生活は高脂質・高タンパク食といわれますが、これは日本人の体には少々ハードな食べ方といわねばなりません。
 

“フードは風土”、そんな言い方がありますが、先祖代々何世代にもわたって遺伝的チェックを受け続けてきた伝統食を見直すことが大切。

 

ただ見直すだけに留まらず、農薬や添加物が使われていない安全な食材を選ぶこと。それは、私たちの体を自然でムリのない健康な状態に導いてくれる原動力になっていくもの。

糖質を多く含んだ主食のお米、そして食物繊維の豊富な野菜を中心に据えた

 

“和食の力”

 

を再認識し、より一層積極的に食卓に取り入れる。

 

この重要性を実験結果は示しているのです。

 

 

■香水と化粧水

以上は食べものと体質、風土の関係についてでしたが、

 

これは

 

「美容面」

 

においても、同様のことがいえるのではないかと思います。特に、

 

“水”

 

の違いに注目してみると、風土と美容との関係が見えてくるのです。

 

日本の水は軟水、ヨーロッパ・アメリカの水は硬水。このように分けて語られています。

 

豆腐は日本の伝統食になりますが、ヨーロッパの硬水で豆腐を作ると、固くなってしまう。豆腐はミネラル成分の少ない軟水で作らないと、ウマイ豆腐にはならない。

 

欧米の洗濯機はお湯が出るのが普通である理由は、硬水であるため洗剤が溶けにくいからと説明されます。水の違いが背景にあるのです。

 

ミネラル成分をたっぷり含んだヨーロッパの硬水で体や頭を洗うと、肌はゴワゴワ。髪はギシギシ。石鹸などもなかなか泡立たないわけなのです。

 

このため入浴がなかなか難しい。そこでかつてのヨーロッパの貴族の婦人たちは、

 

「香水と軟水」

 

とをそれぞれボトルに入れて使っていたそうなのです。

 

入浴が困難なことで生じる体臭に対しては、香水を使うことでカバーをする。

 

軟水の方はといえば、ワインよりもずっと高価なものであったため、オイル洗顔の際に使ったり、時々顔や体を拭く際の貴重な水として、重宝されていた。

 

この軟水の正体こそが“化粧水”

 

化粧水は硬水のヨーロッパでは必要なものかもしれませんが、軟水をふんだんに使える日本においては一切不要。

 

『肌の悩みがすべて消えるたった1つの方法』(青春出版社)の中で、宇津木龍一氏は、

 

「化粧水を使う習慣はヨーロッパの単なる猿真似」

 

と述べて、乾燥肌と肌荒れの原因になるばかりだから、使わないように!と著書の中で繰り返し警告しているのです。

 

硬水で髪や体を洗うのなら、シャンプーや石鹸の類いなども必要になることがいわれています。でも私たち日本人は軟水を豊富に使えるといった、実に恵まれた環境下にあります。

 

確かに塗装業や自動車整備業などに従事する方にとっては、シャンプーや石鹸なども必要なのかもしれません。でも、そうでないのならイラナイ。

 

人の体から出る汚れはすべて『水溶性』なので、お湯に浸かるだけでも充分に落とすことができてしまうものなのです。

 

シャンプーや石鹸、そして化粧水などに貴重なお金を使うくらいなら、その分を無農薬のお米や安全な野菜に回した方が賢明と言えてしまう。

 

肌を荒らし、洗剤メーカーや化粧品会社を儲けさせるだけのこれらの商材は日本においては不要なもの。

 

これが日本と欧米の違いであるともいえるのです。

 

イラナイものばかりが溢れ返る世の中ですが、

 

「体質や風土」

 

をヒントに、本当に必要なものだけを残し、イラナイものは全部排除していく。

 

こうした必要を思うのですが、あなたはいかが思われるでしょうか?

 

 

■参考文献

 

 

無肥料無農薬米・自然栽培と天然菌の味噌・発酵食品の通販&店舗リスト

 

 

自然食業界キャリア15年のOBが綴る

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人の寿命を

 

「占ってはならない」


これが易者の間の流儀なのだそうです。

易とは人の人生に生きる力を与えるためのもの。未来への

“希望”

をもたらすために行うもの。

治療行為を行わない。そんな易者が余命を告げたところで、どうなるものでもない。

それどころか、相談者の残りの人生を自暴自棄にさせてしまうリスクだってつきまとう。

こうした理由から、たとえ相談者の死期が分かったとしても、余命診断を行ってはならない。

こうした戒めがあるそうです。

分を弁えた、実に賢明なる措置ではないか?

自分などはこのような自主規制を素晴らしいなと感じる次第です。

でもこの余命診断を乱発する業種と輩が、一方には存在しています。それが

『医者』
 

“手術しないと残り3ヶ月の命です”、“抗ガン剤治療をしないとあと半年です”

こんな感じで、家族や本人に余命を積極的に宣告しようとする。

もちろん全てではないのでしょうが、余命宣告が実際に行われていることも事実なのです。

医者から余命を告げられたところで、全く動じない。 

そうした人は極めて稀れなことでしょう。

多くの人は、慌てふためき、思いは千々に乱れ、浮足だってしまう。

“これからという時に・・・”
“妻は1人でやっていけるのか・・・”
“子供らの将来はどうなってしまうのか・・・”


恐怖と不安とでたちまち心の中が埋め尽くされてしまう。

そうなると後は、先生、

「助けて下さい!」

このような流れに陥りやすいわけなのです。

でも、その診断は本当に正しいものなのかどうか。間違った診断、その可能性は全くないと言い切れるものなのでしょうか?

もし間違っているのなら、どうして医者は命宣告を頻りに行いたがるのでしょうか?

コトバの裏にある思惑や背景を知っておくことは、将来、起こり得る事態への

“備え”

になるのではないかと思っているのです。


そこで今回は、「医療」について考えることで、

医者を遠ざけ、クスリを拒む。

そんな生き方のヒントについて述べてみます。

 

 

 

■どういう病気なの?

余命宣告といえば、『ガン』。

 

ガンは余命を最も告げられやすい症状になります。

 

「短くて3ヶ月、通常なら半年、長くて1年」

 

こんな感じで告げられてしまいやすい。そんな症状でもあるのです。

 

ガンは不治の病として広く認識されていることから、余命宣告を受ければ思考が停止してしまいがち。

 

コワイ、恐ろしい、そして治らないのがガンという症状。ガンを防ぐには早期発見・早期治療。

 

それ以外に手がないと現代医療は頻りに宣伝しているわけなのです。

 

でもその一方で、ガンは痛みを生じない。ガン細胞自身は毒素を出さない。

 

こうしたこともいわれています。

 

ガンが人の命を奪うのは、

“肝臓、肺、脳、食道”

などでシコリが大きくなって、これらの器官の活動を止めてしまうとき。このように解説されるのです。

肝臓ガンでいえば、肝臓全体の8割にまでガンが育った時に、人の命を止めてしまうことが言われています。

中には、9割に達するまでは生きられる。このように個体差が出るのは、自然で当たり前と説明されるのです。

乳ガンの場合、皮膚を突き破り、直径20センチ越えても、転移がなければ、元気に動ける。

乳ガンが命を奪うケースの100%は、肺などへの

「転移」

によるもの。このように説明されるのです。


■退居せよ!
体内で生まれたガン細胞が、1センチ前後にまで育つには、

“5年~20年”

くらいの時間がかかるといわれています。

潜伏期間は10年が相場だなんて言われたりもしますが、人によって成長スピードは異なるものと説明されるのです。

その人自身の免疫力にも違いはあるし、衣食住の生活習慣の違いだって顕著に表れやすい。


こうした命に関わるさまざまな要素。これらを詳細に調べることもせずに、ガンが見つかった!余命は3ヶ月!

このようにいきなり騒ぐ医者は

「ウソつきである」

そう解説する声だってあるのです。

余命を診断するには、それ相応の時間を要するものなので、医者が言うことを鵜呑みにしないことが大切。
 

そしていきなり余命を言うような医者からは

“逃げよ!”

と、『医者が教えるがんにならない30の習慣』(宝島社)の中で、近藤誠医師は説明しているのです。

 

 

 

■背景の事情は?

・ガンは育つのに時間がかかる

・ガンの成長スピードは人それぞれマチマチ

・生活習慣を正すことで進行速度を遅らせることができる

 

もしこのことが正しいのだとすれば、どうして医者は軽々しく患者に対して余命を

 

「告げたがるのか?」

 

こうした疑問が生じます。

 

これについては諸説あり、読者の方の中にも一家言ある方もいらっしゃることでしょうが、私からしてみればズバリ!

 

それはスグさま治療を

 

“受けさせたい”

 

余命宣告はコレがためのものではなかろうか?私はそのように疑っているのです。


もしあなたが余命は、“あと5年から10年くらい”と言われたなら、どうでしょう?辛くて厳しい、

『手術・放射線・抗ガン剤』

などの治療を今スグ受けようとするのかどうか?

短くても、5年は持つのか。それなら今スグ手術などをする必要はないな。こんな感じで先送りを選択する人だって、おそらく増えてくるのではないでしょうか。

 

それはとても自然なことであろうと思います。
 

でも多くの人がこのように判断してしまえば、医療機関としては困ってしまう

 

利益をもたらす商品の購入を先送り、または中止されてしまえば、儲けを生み出すことができなくなってしまう。病院経営に深刻なダメージとなってしまう・・・。

 

だからこそ、“3ヶ月だ!半年だ!”と騒ぎに騒ぐことで、患者を脅かし、一種のパニック状態を作り出そうとする。そして、意のままに患者を

「コントロール」

しやすい、そんな心の状態を作り出そうとしている。

そしてどんなに苦しくとも、可能性がわずかでもあるのなら!と、手術・放射線・抗がん剤。いわゆる“三大治療”を受けるといった、尋常ならざる決意を固めさせようとする。

余命宣告乱発の背景には、こうした医療機関のお財布事情だってあることも充分に考慮に入れておく必要があるのではないでしょうか。

あなたを意のままに操ろうとする、そのためのツールとして余命宣告は使われている。余命を告げられて、

“平静でいろ!”

それはなかなか難しいことなのでしょうが、少なくとも医者のいうことを鵜呑みにしない。

この姿勢は本当に大切で、不可欠なものではないかと思っているのです。
 

 

■こんなリスクも!
「ガンは切ると暴れる」

このようにいわれています。

ガンの進行速度は、通常はかなりスローなものと説明されますが、そこに手術などの介入行為を行ってしまうと、進行速度が一気に

“加速化する”

こうしたことも指摘されているのです。

以前もこのブログでお伝えしましたが、私たちの体の中の臓器群は、切られて空気に晒される。

 

こうした事態を一切想定していません。

※参考:『手術で犠牲にならないための確認事項・思わぬリスクと回避法を簡単チェック!

手術で臓器を酸素などに晒してしまえば、細菌などが憑りつきやすくなってしまうのです。

特に病院の手術室や集中治療室は、抗生物質耐性菌(MRSA)の宝庫ともいえる場所なので、手術によって感染し、術後の


『合併症』

を起こしやすくなる。こうしたことが言われているのです。

また胃や腸などは、ヌルヌルとした臓器のため上手に縫い合わせることが難しい。

「縫合不全」

などのトラブルが起きやすいことも指摘されています。

なかなかつかみにくいものを最適な強度と狂いのない最適な位置に縫い合わせる必要があるのですが、どうしたって狂いが生じやすい。

 

こうした事実も厳然としてあるのです。

 

縫い物の達人であったって、ヌルヌルのイカやウナギを上手に縫い合わせることは難しい。どうしたって、手元が狂ってしまいやすい。

このことからも、たとえどんな名医であっても、縫合不全をゼロにすることは

“不可能”

そういわれるほど、臓器の縫合は難しいものでもあるのです。

糸の結び方が弱ければ、スグにほころびてしまいます。反対に強く結んでしまえば、血流障害を起こして細胞壊死などが起こりやすくなります。

繋ぐ位置がほんの少しズレただけで、その後に深刻な合併症を起こしやすくなる。

手術にはこうしたリスクが付きまとうものなので、手術を受けるなら受けるで、術後の事態も覚悟した上で決断を行う必要がある。

 

そうでないと思わぬ事態を

“招き寄せてしまう“

こうしたリスクだってあるのです。


親からもらった大切な体をカンタンに切り刻まれないためにも、これらを忘れてはならない。

 

このように思うのですが、どうでしょうか?




■精緻かつ神妙!
私たちの体は、絶妙にして、精緻、そして複雑なバランスの上に作り上げられています。

例えば、『胃酸』

胃酸はPH1.0といったような強酸性の液体で、食べたもの、それに付着する菌やウイルスもドロドロに溶かしてしまうことが知られています。

これだけ強力な胃酸があるにも関わらず、なぜ胃そのものは

“溶けないのか?”

こうした疑問だってあるわけです。
 

それは、胃の粘液が胃酸に溶かされないように胃袋全体を覆っているから。このように解説されています。

粘液が正常に分泌され続けることで、キケンな強塩酸を中和し続けてくれている。だから問題なく過ごすことができている。
 

日に1.5~1.8リットルも分泌されている胃酸から胃を守るには、粘液が適正に過不足なく、分泌され続けている必要があります。

 

私たちの体は意識なんかしなくても、健康に生きるために必要な活動。これを黙って行い続けているのです。

でも手術で胃を切り取るなどをしてしまえば、粘膜にもダメージが及んでしまう。粘液が出過ぎてしまったり、分泌されにくくなったり。


こうしたリスクだって存在するのです。

また、膵臓から分泌される各種の「消化酵素」は、食べものの栄養分を小腸から血液に送り出すために

「不可欠」

な働きをしてくれています。

 

でも、どうして膵臓自身は消化酵素によって溶かされないのか?胃酸と同じで、こうした疑問だってあるわけです。

このメカニズムは実に素晴らしいもので、消化酵素が膵臓の中に入っている間は、その力は

“不活性の状態”

になっている。

この状態では何も溶かすことができない。電源をオフにした状態のまま出番を待ち続けているのです。

でも膵液が小腸に向かってリリースされると、小腸の中の物質と化合して、不活性の状態にスイッチが入る。

 

この作業を経て、膵液は初めて

「活性化」
 

していく。

オンとオフとを巧みに使い分けている。そのことで食べたものを初めて血液に送ることができるようになる。そしてそれが体の力・命の力へと変えられていくことになる。

私たちの体とは、このような仕組みになっているのです。

膵液が活性化すれば、小腸自身も溶かされてしまいそうなものですが、これまた小腸の壁から分泌される“粘液”によって守られているのです。

食べものだけを都合よく、分解できるようにと私たちの体はきちんと

“デザインされている!”

実に素晴らしい機能が備えられているのです。

でも膵臓ガンなどで、膵臓の一部を切り取ってしまえば、この精緻かつ巧妙なシステムに狂いが生じやすくなっていきます。

ましてや縫合不全などで、膵臓と小腸との縫い合わせに問題が生じれば、膵液は肉も魚も、小腸の壁も手当たり次第に溶かしてしまう。

こうしたリスクが指摘されているのです。

手術などは決してカンタンに承諾するようなものでは

“ない!”

私自身はそう思っているのですが、あなたはどのように思われるでしょうか?

 




■暴れるのはなぜ?
ガン自身も成長するためには、臓器の中の

「毛細血管」

ココから栄養をもらう必要があります。

でも手術などで臓器を切り取ってしまうと、私たちの体はダメージを受けた臓器を元の状態に戻そう!

 

再生に向けた力が働くことが分かっているのです。

 

具体的には、これまで以上に無数の毛細血管を張り巡らせようとする。

 

私たちの体は太い血管を新たに作り出すことはできないけれども、毛細血管ならばいくらでも伸ばせるし、状況に応じて伸ばすことができてしまう。

 

多くの血液を送り込むことで治癒を図ろうとするのが、体の自然な治癒力。こういうことになるのです。

でもそこにガン細胞が残っていたり、新たに生まれたりしてしまえば、たくさんの栄養源を毛細血管から容易に頂戴できてしまう。

それによりガンが

“急成長”

し、瞬く間に臓器を覆い始めていく。こうしたまさかの事態を起こしやすくしてしまう。

手術で切ると、ガンが「暴れる」といわれる由縁は、このようにも説明されるのです。

前出の近藤医師は、切るか切らないかで迷う患者を前に、以下のように話しかけるそうです。

「半年くらいで亡くなる方もいますが、5年、10年と生きる方も少なくないので、そちらを目指しましょう」
「治療を拒否して、その後何年も元気な人をたくさん知っています。あなたもぜひ長寿記録を作ってください」


と。

 

カンタンに余命宣告を行う医者の言うことなどを

“真に受けない”
“鵜呑みにしない”


このことが自分や家族を守るための大切な術になる。

 

ましてや遺伝子組み換え人間を創造してしまうような、『遺伝子ワクチン』などは決して接種するべきではない。

 

私はこのように思っているのですが、あなたはいかが思われるでしょうか?

 

 

■参考文献

 

 

 

無肥料無農薬米・自然栽培と天然菌の味噌・発酵食品の通販&店舗リスト

 

 

自然食業界キャリア15年のOBが綴る

無投薬・無医療の生き方マガジン!

 

 

 

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業界の常識は世間の

「非常識」

そんな言葉があります。

その業界にはその業界でしか通用しない慣例というものがある。

ヨソからみれば、明らかに

“オカシイ!”

そう思われるようなことであっても、なぜだか堂々まかり通ってしまっている

程度の差こそあれ、どんな業界においても、こうした面はあるわけです。

それは自然食業界においてもまったく同じ。 

一般では全く通用しないことが、当たり前のように行われてしまっている。

本来、それに対して声を上げるべき立場の私たちまでもが、なぜだかそのルールを暗黙裡の内に

「了承」

してしまっている。

こうしたことだって実際にあるのです。

健康面で特に問題がなければ目をつぶることもアリ!なのかもしれません。

でも、私たちの健康にとって明らかにマイナスになってしまう・・・。

そんな悪しき慣習がいつまでもそのまま

“放置”

され続けてしまっている。

こうした面も少なからずあるのです。


そこで今回は、「健康な野菜」について考えることで、

医者を遠ざけ、クスリを拒む。

そんな生き方のヒントについて述べてみたいと思います。

 




■不買の理由は?
有機野菜や自然食の宅配を取り始めると、

かなりの割合で目にするのが

「泥つき野菜」

スーパーや八百屋などでは、まず見かけることがない、そんなドロのついた野菜が当然のように送られてくるのです。

泥つきこそが安全な野菜の証!そうであるかのように説得されてしまう。

買う側である私たちの側も、業界人の口車に乗ってしまい、思考が停止してしまう。

それどころか、中には泥つきをありがたがる

こうした傾向だって見られるわけなのです。

都市に住む多くの方は、マンション住まい。泥つき野菜をこれでもか!と送られてしまえば、正直迷惑。

マジでやめて欲しい・・・、そう思っている人だって少なからずいるわけです。

中には泥がイヤだから、自然食などの宅配を頼まない。

そう態度を決め込んでしまう人だっているのです。

一般では決して売られることがない泥つき野菜が、どういうワケだか自然食という括りになると当然のように送られてきてしまう。

安全で自然な食材を選びたい私たちは、泥つき野菜をどのように考えれば

“良いのでしょうか?”


■労を惜しまず・・・
なぜ泥つき野菜がいつまで経っても、幅を利かせ続けているのか?

1つにはそれが、

“有機野菜の象徴”

になっている面があるからです。

1960年代ごろに産声を上げた日本の有機農業運動は、70年代から次第に認知され始め、その後、大きな盛り上がりを見せるに至りました。

経済成長実現のためには、ある程度の環境汚染も、健康被害も仕方がない。

こうした国や産業界の姿勢に対して、公然と異を唱えるに至った。有機農業運動にはこうした面もあったのです。

 

水俣病やイタイタイ病、四日市ゼンソクなどの産業由来の大きな被害。これらが明らかになり始める。

 

有機農業運動は

『反農薬・反公害』

このことを旗印に、人々の共感を集めるようになっていきました。

 

こうした中、ドロつき野菜こそが本物である。

泥は価値が高い、時代の精神を象徴するものとして祭り上げられていったのです。

泥つき野菜を買い続ける自分たちは、地球環境や健康に対する意識の高を周囲に示す。一種のシンボルのようになっていた面だってあるのです。

一般では売られていないものを自分たちは不自由をしつつも、あえて買っている。

農薬は本当にキケンだから、不便でも面倒でも、進んで

“泥まみれの野菜”

を選び続けている。

このように運動の正当性を社会に訴えかける!そんな意味がドロつき野菜には含まれていたことも事実ではないかと思うのです。

農家の側も苦労して、化学肥料を使わずに栽培しているのだから、自分たちの側だって労を惜しんではならない。それに率先して、

「協力しなくては!」

こうした運動への参加意識の醸成にも、ドロつき野菜は一役買った面があったのです。

それがいつしか業界の慣習であるかのように固定化されていき、世は変わり令和となった今日に至るまで、継続されてしまっている。

状況は変わってきてはいるものの、いまだこうした面が根強くあることも事実ではないかと思うのです。

 




■通用しない!?
泥がついたままでも、出荷できてしまう。

農家からしてみれば、こんなに

「ありがたい」

ことはありません。

畑で獲れた野菜をそのままコンテナやダンボールに詰めて、送ることができてしまう。

引っこ抜いてただ送るだけだから、手間ひま、労力を大幅に削減できる。 

実にカンタンで楽チン!、こういうことになるのです。

ラクであるのに留まらず、ドロつきは有機や自然食の象徴に祭り上げられている面がある。

よって泥つき野菜を出荷する農家は、本物志向の篤農家。こんな称賛までもが贈られるケースだって少なくない。

こんなに良いことはない・・・、自然食業界には、こうした面があるのです。

でも一般の飲食店に対して、化学肥料漬けの野菜をドロがついたまま出荷してしまえば、

“イラナイ!”

と怒鳴られ、送り返されてしまうのがオチではないでしょうか。そしてもうお宅とは“取引しない”と言われて、それでオシマイ。

世間とは隔絶した非常識がいまだにまかり通ってしまっていることも事実ではないでしょうか。。

泥つき野菜は単に面倒で迷惑というレベルだけに留まりません。それは

『健康面』

においても、さまざまな心配がつきまとうものだからです。

自然食の宅配などでは、使われた肥料の中身が明らかにされることはありません。

化学肥料を使っていない、それ以上の情報を買う側はほとんど把握できない。実際は大手宅配で化学肥料を使っても良い。

こういうところだって人気になっている。

どんな肥料をどのくらい使ったのか?よく分からないものが洗われることもなく、そのまま送り付けられてくるのです。

 

 

■良い有機・悪い有機
有機肥料には、

“家畜の糞尿”

が主に使われるのですが、それはどこまで行っても汚物に過ぎません。

汚物まみれの中で育った野菜を、ドロがついたまま送りつけるだなんて、不衛生の極みではないのか?

そんな行いを許してしまって、本当に良いのか?

考えなくてはならないと思う次第です。

有機肥料とは、化学的に合成されたものを使っていない肥料。

こういうことになるのでしょうが、そこでの良し悪しを語る際のポイントは

「時間」

になります。 

糞尿などの汚物をどのくらいの時間をかけて熟成させたのか?

この点が最大限、問われなくてはならないはずなのです。

どのくらい寝かせておけば良いのかについての明確な基準はありません。

化学肥料などの合成物を使っていない。タダそれだけで、あとはすべて農家任せに終始している。

 

こうした現状だって実際にあるのです。

有機肥料は化学肥料よりも

“気持ち悪い!” 

そういう声が後を絶たないのは、肥料管理の甘さにこそ理由がある。

しっかりと管理されていないのが現状といわねばならないことも事実なのです。

汚物を肥料として利用するのなら、

「最低3年」

くらいの熟成期間が必要になることがいわれています。

大金を投資し機械設備などを導入すれば、この時間は短縮されるのかもしれません。

でも、風雨に当て、切り返しなどを行う程度の措置ならば、完全に無害化されるまでには、

“5年~10年”

かかると指摘する声もあります。

清流には清流にふさわしい菌がいる
ドブ川にはドブ川にふさわしい菌がいる


汚物肥料には、私たちの体にとって好ましくない、さまざまな病原菌や寄生虫などが含まれている。

 

こうした心配だって付きまとってしまうのです。

汚物を完全に無害化するためには、長い年月をかけて熟成させる必要がある。

実際の農業の現場においては、肥料の害に配慮し、長い熟成期間をきちんと取る農家がいる一方、

有機なんだから

“良いだろう!”

そう言わんばかりに、ほとんど生に近いような糞尿肥料を土に撒き散らす。こうした農家だって存在している。

健康に良い有機野菜もあれば、悪い有機野菜だってある。買う側の私たちは、どれが良い有機で、どれが悪い有機なのか?

よく分からない状態で、高いお金を払わなくてはならない現状があるのです。

有機野菜だからといって、すべて健康で全部自然。こういうことには決してならない。

 

マイナス面にもしっかりと目を向ける。この必要を思っているのです。


■食べるのなら・・・
こうした有機肥料の現状を問題視して、有機野菜は

「サラダで食べるな!」

そう警告する研究者だっているのです。

何が付着しているか?よく分からないから、とにかくよく洗って必ず火を通すように!

そう注意喚起を促す声だって実際にあるのです。

まして泥つきならば、そのリスクは 

“何倍”

にもなることだって充分に予想されます。

泥つき野菜はとにかく火を通せ!それは未熟な肥料の害から身を守る大切な対策ではないかと思っているのです。
 

今の畜産業界は、

「薬剤まみれ」

であるのが偽らざる現状といえるでしょう。

家畜のエサに混ぜられる抗生物質や殺菌剤、さらにエサとして与えられているはずの

“遺伝子組み換え作物”

こられが糞や尿に混ざってしまっている。

残留抗生物質が含まれるような質の悪い有機肥料を使ってしまえば、どんなに長い時間をかけても、その害が取り除かれることはない。

私たちはもっと冷静に使われる肥料についての認識を改める。この必要があるのではないでしょうか。

 

ましてや

「自然・安全・健康!」

を標榜する有機野菜や自然食の宅配業者には、どんな肥料をどのくらい使って、どのくらいの期間、熟成させたのか?

肥料の中身についての詳しい情報を詳細な農薬情報と共に公開する。

これらを買う側にきちんと伝えた上で、買う・買わないの判断をしてもらう。こうした措置を切に望みたい。

安かろう、悪かろうで野菜を売るのなら別なのかも知れませんが、自然・安全・健康を標榜しつつ高い値段で農産物を販売する。

自然食業者にとってそれは必要最低限の

“義務”

ではないかと思っているのです。

一般品よりも高い価格の商品を売っているわけだから、良いイメージばかりを振りまくのではなく、具体的な内容を明らかにすること。

その必要があるのではないかと思うのですが、あなたはどのように思われるでしょうか?





■アピールのため?
このブログで再三お伝えしているのですが・・・、

自然の土に対して、異物である肥料を使ってしまうと、

「虫や病原菌」

の温床になっていきます。

それは決して虫や病原菌が悪いのではなく、反自然物を土から除去する。

この目的のもと、彼らは働いてくれていると考えるのが自然です。

熟成が未熟な有機肥料などを大量に土に投入してしまえば、虫や病原菌の襲来は避けられなくなります。

特に大根などの根もの野菜に顕著なのですが、

“線虫”

といわれる極小の虫が大根の表面を這い回ってしまう。

そうなると野菜の表面は、皮がめくれてしまったり、凸凹になったりしてしまい、実に見栄えの悪いものになってしまう。

こうした線虫の這った跡を覆い隠す目的で、あえて泥をつけて出荷している。

泥つき野菜は肌を見せたくないことの証。こういう面があることもいわれているのです。

肥料も農薬も一切使わない自然栽培で、何年もかけて丁寧に

“土づくり”

を行った畑。

そこから獲れる大根の表面は、実に美しく、実に見事な姿になっていきます。

農家としては、長年かけてきた土づくりの成果を強調するために、泥をしっかり洗い落とす。

そのことでキメ細やかな野菜の素肌を買う人に

「アピールしたい!」

その思いもあってキレイに泥を落とそうとするのです。

有機だから安全と思考を停止させるのではなく、厳しい視点で安全な食材選びを行う必要を感じています。

肥料の害が心配なら、以下のお店や通販で、無肥料無農薬の自然栽培の野菜などを購入できるので、参考になればと思います。

もちろん自然栽培だからといって安心するのではなく、厳しい視線で試してもらえればと思います。

 

 

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「胸部レントゲン検査」

肺ガンを見つける。

 

この目的で行われている検査なのですが・・・。

この検査を受ける60歳以上の日本人の中で、実際に肺ガンが発見される確率は、

2500人中わずか

“1人”

1万人が受けて、見つかるのはたった4人程度・・・。

そんな効率の悪い検査がいまだ堂々と行われ続けているのです。

とはいえ、発見確率がたとえ低くとも、見つかるならそれで

「イイじゃないか!」

こんな風に思われるかもしれません。

でも海外の人々から見れば、これはあまりに非常識。レントゲン検査なんて気軽に受けるようなものではない。

線量の違いは当然あれども、受ければ広島・長崎の被爆者と同じになってしまう。

胸の写真を一枚撮るだけで危ない。これが世界の常識といわれているのです。

この間、5月の健康診断月間を前に、健診に対する注意点について書かせて頂きました。

キケン性について重々理解しつつも、実際に健診を受けざるを得ない。

そんな立場の会社員の方々も少なくないと思われます。

なるべく自然でムリなく毎日を送っていきたい私たちは健診の現場において、どのように振舞えば

“良いのか?”

こうした疑問点もあるかと思います。


そこで今回は、「健診」についての問題点と対処法について考えることで、

医者を遠ざけ、クスリを拒む。

そんな生き方のヒントについて述べてみます。

 



■誰のための検査?
肺結核が猛威を奮った時代ならまだしも。

小中高、大学と若い世代に対しても、バシバシャと胸部レントゲン検査が行われ続けている。

小中学生に肺ガンなんて

“ほぼ皆無”

であるはずなのに、一向に中止される気配がない。

未来ある子供の健康を思えば、こんな検査は即刻中止するべきではないのか?

日本は世界で最もCTスキャンもMRIも、PETも保有している国で、国・企業・学校を挙げて検査が徹底されているのです。

これだけ入念に検査が行われているのだから、発ガン率は減少し続けて当たり前。そうでなくては理屈に合いません。

高性能な医療機器を揃えて“予防!予防!”と叫んでいるのだから、ガンによる死亡件数も年々減っていて当然。

ガンなどは遠の昔に駆逐されてなくてはならないはずなのです。

でも実際は減少傾向はまったく見られない。それどころガン患者の数は年々

“増えていくばかり”

自らの体を痛めつけ、医療機関をただひたすら儲けさせる。

このためだけに行われているのが健康診断や各種検診の実態・・・。

私たちはそろそろ、このおかしさに気づくべきではないでしょうか。

『医者に殺されない47の心得』の中で、近藤誠医師は、

「ガン検診は何の役にも立っていない」

と述べています。

イギリスの医学誌によると、医療被曝が原因でガンで死亡する日本人の割合は、アメリカ人の3倍以上。そして発ガンへの影響はイギリス人の約5倍

散々な結果になっていると指摘しているのです。

少し前にも指摘しましたが、ガン検査は病院の中で行われる「直接撮影法」と、検診車両で行われる「間接撮影法」の2種類があります。

病院の中で行う直接撮影法に比べて、検診車両の被ばく量は“3~10倍”も多くなると解説されています。

アメリカでは被曝リスクの高さからすでに中止になっている間接撮影法がいまだ日本においては行われ続けている。

どうしてもレントゲン検査を受けるのなら、車両健診ではなく、病院の中での検査を

「選ぶこと」

近藤医師はこのようにアドバイスしているのです。


■被曝線量は?
福島原発事故の際、放射線量は、

「CT検査に比べれば微々たるもの」

このような解説がありました。

 

あの日本中を震撼させた原発事故よりも、CT検査による被曝線量は高いものでもあるのです。

“念のため”
“とりあえず”


で行われる検査において、大量の放射線を浴びてしまう。

日々検査が行われていることを思えば、原発事故とは比べ物にならないくらいの被爆者が生み出され続けている。

胸部レントゲン検査に比べてCTスキャンの被曝線量は、

「200~400倍」

特に子供が受ける放射線の影響は、大人の2~3倍に及ぶと解説されるのです。

レントゲン検査で怪しい箇所が見つかると、次は精密検査に回されて、CTスキャンで大量被曝が待っています。

そしてCTでも分からなければ次は

『PET(ポジトロン断層法)』

でさらに全身の検査を行うことになります。

PET検査とは、放射能を含ませたブドウ糖、“放射性薬剤”を血液に注射することで、問題個所をクリアに見るといった検査方法になります。

悪性腫瘍はこの放射性薬剤を貪欲に細胞内に摂り込む性質があるため、正常な部位よりも色が濃く、クッキリと写真に写る。

それにより小さなガンも精度よく発見できると解説されるのです。

放射能を含んだブドウ糖を血液に打ち込むだなんて、医者ギライの私からしてみれば、実に

 

“オゾマシイ”

 何も知らされないまま、医者の言うがままにこんな放射性薬剤を注射され、その後に大量被曝をしてしまう。

たかが検査でどうしてココまでのリスクを負わなくてはならないのか?

疑問が尽きないわけなのです。

そのPET検査で、ガンを発見できる確率は15%程度と指摘する声もあります。85%のガンは見過ごされてしまう、こうした報告もあるのです。

科学的根拠がないとして、海外ではPET検査は行われていないことがいわれています。

検査大国・被曝大国ニッポンならではの検査方法と言えそうです。

いずれにしろ、こんなに気軽に放射線を浴びせかける国は日本以外に世界に

“存在しない!”

こんな手段を使う検査が体にダメージを与えないはずがない。

医者ギライ・クスリギライの私からすれば、あまりに異常な方法にしか思えないのです。

前出の近藤医師は、

「健康な人がまず避けるべきは放射線検査。放射線はDNAを必ず傷つけます。浴びた量によって、一歩か百歩かの違いはあるものの、発ガンに向かって必ず歩を進めます」

と述べているのです。

 




■入り口を作らない!
大麻は安全な麻薬。

このように言われることがよくあります。

タバコよりも害は少ないとして、大麻解禁を求める声は昔から根強くあるわけです。

確かに毒性はそうなのかも知れませんが、問題は大麻でコトが

「終わらないこと」

刺激はさらに強い刺激を求めていく傾向があるので、大麻を入り口に、ヘロインやコカインなどの合成ドラッグ。

弱い刺激からより強い刺激へと事態が進んでしまうことになる。

入り口を作らない、コレが最良の麻薬対策になるのではないかと思うのです。

これと同じで、職場などのレントゲン検査を受ければ、医療側は問題個所を検出しようと躍起になる。

こうして、

“再検査”

を受けさせようとする力学が働き始めてしまうのです。そうなると、CTやPETなどで大量被曝のキケン性が高まってしまうことになる。

私たちが採るべき対策は、入り口部分のレントゲン検査を

「拒否する」

このことが大切になるのではないかと思っているのです。

糖尿病は主食の米をきちんと食べる。そして体をしっかり動かしていく。こうすることで、長年苦しまれてきた自らの糖尿病を見事克服された方がいます。

東郷さんという方なのですが、彼のブログには、糖尿病を克服してきた体験と素晴らしいアドバイスとが随所に満ち溢れています。

そんな東郷さんがこの度、職場のレントゲン検査を拒否するための方法を

 

『3つのパターン』

 

に分けて解説してくれています。

必読の内容になっているので、ぜひお読み頂いて、自分や家族を医療被曝から守るための材料にしてもらえればと思っています。


※参考

 


■生きるとは?
私たちの体は死の寸前に至っても、元の自然な状態に戻すための努力を決して

「止めることがない」

と言われています。

体の反応にはすべて意味があり、私たちの体は常に最善の道を選ぼうと懸命に頑張り続けてくれている。

発熱や高血圧、下痢なども不快な症状なのかもしれませんが、体がすることは全て目的があって行われているのです。

安易に医者などに命を委ねるのではなく、体の声にもっと真剣に耳を傾ける。

このことを大切にしたいものです。

そして、普段から生命力の強い無農薬のお米を食べて、本物の発酵食、特に味噌はしっかり選ぶこと。

野菜はできる範囲で投資して、いつも頑張ってくれている体に対して、強い生命の力を食事から注入しようではありませんか!

 
■参考文献

 

 

無肥料無農薬米・自然栽培と天然菌の味噌・発酵食品の通販&店舗リスト

 

 

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