安部公房生誕100年記念『オマージュ「棒のエチュード」』再録 | 空想俳人日記

安部公房生誕100年記念『オマージュ「棒のエチュード」』再録

 かつてHPに「笑月流公房倶楽部」というサイトを立ち上げていて、今は閉鎖してるんですが、安部公房生誕100年を記念して、その中の『安部公房のポスタリゼーション』を、ここに再録します。以前UPした「生誕100年記念『安部ッ句「棒」考』再録」「生誕100年記念『安部公房作品体系図』再録」「生誕100年記念『安部公房のポスタリゼーション』再録」「生誕100年記念『安部公房と私』再録」「生誕100年記念『私は安部公房スタジオ会員だった』再録」の第6弾。

シナリオ「棒のエチュード」

1 まな板
 まな板の上にすりこぎが乗っている。
 文字『これは棒である』。
 船の汽笛の音が聞こえる。

2 水面
 水面にすりこぎが浮かんでいる。
 文字『これは棒ではない』。
 その水面に花束が投げこまれる。
 あほうどりの鳴き声のような電子音。

3 青空
 澄みきった青空。
 右から左へ情景移ると、ぽっかりと白い雲。
 波の音が聞こえてくる。

4 巻き貝

5 まな板
 まな板の上に巻き貝が乗っている。
 すりこぎ登場。
 すりこぎがその巻き貝を潰し始める。

6 まな板
 まな板の上に古いおもちゃが乗っている。
 すりこぎ登場。
 すりこぎがそのおもちゃを潰す。

7 まな板
 まな板の上に一枚の写真が乗っている。
 すりこぎ登場。
 すりこぎがその写真を叩き潰し始める。でも、写真はなかなか手ごわい。
 ナイフ(あるいは包丁)が登場。
 すりこぎが写真を押さえつけ、ナイフが写真を切り刻み始める。
 その作業の間、あほうどりの鳴き声のような電子音。
 仕事を終えると、ナイフ立ち去る。すりこぎはまな板の上に鎮座する。
 文字『これは棒ではない』。
 切り刻まれた写真のアップ。少年の笑顔。
 波の音が聞こえてくる。
少年の声「おーい、おーい、おーい」
大人の声「おい、おい、おい」
 少年の声が薄れていき、大人の声にすり変わる。

8 机に向かう男
大人の声「おい、できたか」
 椅子に座っている男の後ろ姿。
 机に向かってもくもくと何かをしている。
大人の声「おい、できたか」
 男、声に対し無言のまま、振り返りもせず、手を横に振って答える。

9 野原
 野原の真ん中で机に向かって男は何かをしている。
 離れたところから一人の女が彼を眺めている。
 男は、彼女に気がつかず、もくもくと机に向かって何かをしている。

10 公園(モノトーン)
 男の手。そこへ女の手、登場。
 しばらく隣どうし離れて、公園の散歩道を歩いている。
 やがて二つの手はつながれる。
11 机に向かう男
 椅子に座っている男の後ろ姿。
 机に向かってもくもくと何かをしている。
大人の声「おい、できたか」
 男、声に対し無言のまま、振り返りもせず、手を横に振って答える。

12 野原
 野原の真ん中で机に向かって男は何かをしている。
 離れたところから一人の女が彼を眺めている。
 少し、風が出てきた。
 男は、あいかわらず彼女に気がつかず、もくもくと机に向かって何かをしている。

13 公園(モノトーン)
 男の手。そこへ女の手、登場。
 しばらく隣どうし離れて、公園の散歩道を歩いている。
 やがて二つの手はつながれるが、手と手の間に一個のトマト。
 トマトは潰れ、中身が滴り落ちる。

14 まな板
 まな板の上の潰れたトマト。

15 机に向かう男
 頭を横に振る男。

16 公園(モノトーン)
 男の手。そこへ女の手、登場。
 しばらく隣どうし離れて、公園の散歩道を歩いている。
 やがて二つの手はつながれるが、手と手の間に一本のニンジン。
 ニンジンの端と端をつかんでる互いの手。

17 まな板
 まな板の上のざくぎりのニンジン。
 (ついでにタマネギが添えられていてもよい。)

18 机に向かう男
 頭を横に振る男。

19 公園(モノトーン)
 男の手。そこへ女の手、登場。
 しばらく隣どうし離れて、公園の散歩道を歩いている。
 やがて二つの手はつながれるが、手と手の間に一きれの肉。
 二つの手はひとつの肉を引っ張りあっている。

20 まな板
 まな板の上に、血が滴っている肉の固まり。

21 シチュー鍋
 鍋の中はことことと煮立っているビーフシチュー。
大人の声「おい、できたか」
女の声「まだよ」
 シチューの中に、すりこぎが放り投げられる。
 グツグツいう音。
 あほうどりの泣き声のような電子音がかすかながら聞こえる。

22 机に向かう男
 頭をかかえる男。

23 野原
 野原の真ん中で机に向かって男は何かをしている。
 離れたところから一人の女が彼を眺めている。
 少し、風が強くなる。
 男は、あいかわらず彼女に気がつかず、もくもくと机に向かって何かをしている。

24 机の上
 男が向かっている机の上の原稿が風で舞い上がる。

25 舞い上がる原稿

26 野原
 地面に落ちた一枚の原稿を女が拾う。
 原稿を眺める。そこには「へのへのもへじ」の絵が書かれている。

27 まな板  まな板の上に「へのへのもへじ」が書かれた原稿。
 原稿、折りたたまれていく。
 そして、紙飛行機は完成する。

28 青空
 紙飛行機が飛ぶ。大空を背景にして軽やかに。

29 水面
 紙飛行機が水面に落ちる。
 その水面に花束が投げこまれる。

30 野原
 野原の真ん中で机に向かって男は何かをしている。
 離れたところから一人の女が彼を眺めている。
 やがて彼女は頭を垂れ、回れ右をして、立ち去っていく。

31 机の上
 男が向かっている机の上には何も乗っていない。
 だが、男は右手にペンの代わりにすりこぎを持ち、机にじかに何かを書いている様子。

32 机に向かう男
 椅子に座っている男の後ろ姿。
 机に向かってもくもくと書いている。
 しだいにカメラは引き、周囲の背景が見えてくる。
 都会の街の風景。
 街の中で机に向かっている男。
 文字『これが棒である』。
男の呟く声「もういいかい」
少年少女の声「まあだだよ」
 女がカメラ前を横切る。
 波の音が聞こえてくる。

33 水面
 水面に一枚の写真が浮かぶ。
 少年の笑顔が写っている写真。
 波の音が高まる。

               (了)


脚本 shisyun
監督 森田辰巳
制作 モコホジャリ工房

 以上、2003年8月


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