ぼくらの戦争なんだぜ | 空想俳人日記

ぼくらの戦争なんだぜ

 高橋源ちゃん(高橋源一郎)の本である。若い時にいくつかの小説を読んだ記憶があるが、中身は覚えていない。最近決定的なのは、「NHK100分de名著パンデミックを超えて」で、彼のアドバイスを受け、『ジョゼ・サラマーゴ「白の闇」』を読んで、今回のパンデミックが起こるべくして起こったことを理解したし。
 あと、この本の推薦文に、あの15年戦争(日中戦争からでなく、満州事変から敗戦まで)を教えてくれた、栄光学園の生徒さんと特別講義をされた『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』や、15年戦争のスタンス(日中戦争からでなく満州事変から)で書かれた同じ加藤陽子さんの『とめられなかった戦争』の著者さんが、この本に対し「もう始まっているかもしれない『戦争』への手だて」って書いてるよ。

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 そうなのだ、この本を読むと、むか~しむかし、国民は何も知らないうちに戦争が起きていました、と。昔もそうですが、今もそうじゃないのか、それが書かれてます。
 源ちゃんは、小さな言葉で最後に「ぼくらの戦争なんだぜ」と言うがために、分厚い本を書きました。今の子どもたちに、戦争の話をしても、殆どの人は戦争を知らない子供たちです。かくいう、私も、戦争を知らなき子供です。
 なので、皆が初めて出会う言葉、小学校の教科書から始まります。

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第1章 戦争の教科書
 教科書の話です。もう、この時から、うまいなあ、思います。戦争に興味があってもなくても、誰もが最初に言葉に出会うのは小学校1年の教科書です。
 面白いことが書かれてます。教科書は本屋さんに並んでいる本と全然違う。本屋さんに並んでいる本は読者を想定するけど、教科書は、読まれようが読まれまいが著書さんたちは意識していない。逆に、これを読む子どもたちが、日本国民として不自由に感じない程度に拘束、国民としての動きをさせねばならない。
 この教科書から入るのは正解です。ぼくたちは小さい頃学んだ教科書に対し、もう少し前の、鶴見俊介さんの尋常小学校の学びが登場します。
「うええ~」です。みんな、「天皇様、万歳~」なんですねえ。気持ち悪い。
 あと、ここで登場する教科書は、ドイツの高校生向けの教科書とフランスの高校向け教科書。
 ドイツの教科書では、あのナチスの時代を深く反省せねばならないことが書かれている。フランスの教科書などには、ナチスから占領された被害者の立場だけではなく、その頃、南フランスでナチスに加担するような時代があって、当時を反省するだけでなく、今日まで暗い影を落としている。
 驚いた。ボクは、高校の時に日本史(B)で学んだが、こんなようなことは書かれていなかった。ただ、日本国民として飼育するための言葉しか並んでいなかったと思う。
 現在の日本史(B)の前文が書かれている。全然面白くない。もし、この教科書が本屋に並んでいて立ち読みしたら、まず買わないだろう。これは読者を意識していない。意識しているのは検定だ。検定に引っ掛からないように、日本国民として束縛しやすい言葉で書かれていることが想像できる。日本人が日本人として誇りを持って生きる(うしろめたさを持たないように)、国民意識から食み出てしまう言葉は削がれたものであることが分る。
 このあとに来るのが、韓国の教科書だ。古代の三国の時代の時からの日本との関係が書かれている。当時の良い関係。そして、豊臣秀吉の朝鮮出兵。そして、日清・日露戦争での侵略や韓国併合。これを読めば、いかに韓国に反日感情があるかよく分かる。そして、それを知らず日本史(B)だけで学んだ日本人は、何も分かっていないに等しい。
 この韓国との関係から見ると、ボクは、日本の戦争の歴史の観点からすれば、15年戦争(盧溝橋事件からはじまる日中戦争からポツダム宣言受諾まででなく、柳条湖事件勃発による満州事変からポツダム宣言受諾まで。鶴見俊輔氏が1956年に「知識人の戦争責任」のなかで使用したのが最初とされる)という表現が最近多く使われるが、もっと前の、日清戦争から太平洋戦争までを一体のものとする本多勝一氏の「50年戦争」という見解が妥当かもしれない。
 というのも、日本は、明治維新以降、良くも悪くも文明開化ということで西洋からいろいろなものを学んだ。その一つに、他国への侵略・領土拡大があると思う。そして、その侵略の歴史は日清戦争から始まり、太平洋戦争まで続いていると考えた方が分かりやすい。つまり、帝国主義は軍国主義であり、戦争の時代である。
 日本史の教科書で日本史を学ぶと、大いに欠如している大事な観点がある。ボクは、高校での歴史の授業に、栄光学園の生徒さんと特別講義をされた加藤陽子さんの『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』をぜひ採り入れるべきだと思う。
 以上、第1章。

第2章 「おおきなことば」と「小さなことば」
 今度は、「大きな声」と「小さな声」、「大きな言葉」と「小さな言葉」の話。確かに、教科書も言葉で書かれてるよ。なんか、源ちゃん、持ってきかたが上手いなあ。
さて、小さな声・小さな言葉は個人的な声であり言葉です。大きな声・大きな言葉は、ボク流にいえば、広報や広告みたいなもんかな。PR、プロパガンダ。新聞記事の見出しやキャッチフレーズ。
 大きな声は、小さな声を聞こえなくする。大きな声の前に小さな声は委縮して沈黙してしまう。小さな声は耳を済ませなければ聞こえない。耳を澄ませていては大きな声は張り上げられない。
 源ちゃんは、身近な人から戦争の話を聴かされたそうだ。いつも同じ話、だんだん飽き飽きしてきたそうな。個人の言葉、小さな声だと思う。
 ボクも経験あります。ばあちゃんから戦争の話を聞いた。空から焼夷弾が落ちてくる中、子どもを背中におぶったり手をひいたりして逃げまどった話。いつも、それ。個人的な話。でも、ボクは思った。ボクは一度もそんな経験をしたことがない。焼夷弾が落ちてくる中子どもと逃げ惑った経験はない。戦争を知らない子どもたちだからだ。東条英機は、焼夷弾が落ちてくる中を子どもと逃げ回るような話をしてただろうか。彼は、大きな声の人だと思う。
 大きな言葉を使う人は、大抵、大きな人。大きなヒットは有名な人、名前をみんなが知ってる人、偉い人。小さな人は、無名の人。庶民の人、その他大勢。大衆と呼ばれるだろうが、衆を成しているわけじゃない。大衆の大きいは、大きな言葉を使う人が作った言葉だ。
 この章で、そんな言葉の一番繊細な表現である詩が登場する。一つ目は、戦時下の中、言論統制されながらも詩を書き続けたい、著名な詩人たちの詩集。『詩集 大東亜』というタイトルで「軍事保護院献納詩 日本文学報国会編」ともある。大スター高村光太郎が序文を書いている。気持ち悪い。
 あと、詩も幾つか紹介されている。引用はしません。この本、買って読んでください。高村光太郎はじめ、安藤一郎、小野忠孝、長田恒雄、北園克衛、超有名な堀口大學。どれも詩人としての技術を駆使しながらも、気持ち悪い。中には、大きな言葉が羅列されている詩もある。そこには、詩人の個人が存在しない、そう思われる。なんで、こんな詩を書いたんだろう。
 ただ、女流詩人は少し違う。鈴木初枝という人の詩。ほかの詩人たちが上ばかりを見ているのに対し、この方の詩は下を見ている。上には大きな言葉があるが、下には小さな言葉しかない。
《「上」ばかり見ている庶民(だいたい男)もいるけど、ほんとうの庶民は、もっぱら「下」を見て生きているのだ。》
 そんな中、瀧口修造の詩はちょいと違う。「こつこつと歩いて行く」詩だが、「帝国ホテル(アメリカ技師ライトの設計)」よりも国宝『黒門』よりも、花もつけていない「平凡な常緑樹」だ、そんな詩だ。なんの戦争も関係ない。いや、むしろ、アメリカでも日本でもない。大切なのは、平凡な生物たちだ、そう言いたいのだ。この詩が検閲に引っ掛からないのは、著名な軍人どもは大声しか叫べない、小さな言葉が理解できない、おタンチンばかりだからだろう。
 そして、これとは対照的な詩集が紹介されている。昭和17年に500部発刊された『野戦詩集』。幻の書とされながら、1984年に発見されたもの。
《有名な詩人たちの詩のことばがひどいのに、無名の詩人たちのことばがすばらしい。》
 詩は引用しません。この本を買って、読んでね。
《「担架 担架」と誰かが叫んでいる。
 「水を 水を」と呻いているのは、重症の兵士だろう。溜息をついているのは、次から次へと傷だらけの兵士がやってくるので休む暇もない軍医だろうか。
 加藤さんは、ただそれを見ている。ただそれを聞いている。
 「徐州 徐州」と叫んでいたのは、もう死んでしまった戦友だ。でも、「徐州 徐州」と叫び、ついには、そこにたどり着けなかった、ほんとうは自分かもしれなかったのだ。
 ずっと戦闘が続いていた。周りではどんどん兵士たちが死んでいった。
 加藤さんが書いていたのは事実だ。もう事実しか書くことはなかった。そげ落ちたのは、肉だけではなかった。感情も、詩人としての思いもなくして、でも「書く」ことだけはかろうじて残っていた。》
 加藤さんのことばの他にも、西村さんのことば、長島さんのことば、佐川さんのことば、風木さんのことば、山本さんのことば。
《そのことばはどれも、「戦争の詩」として優れているのではなく、ただ、詩のことばとして優れているように思えた。》
 最後に、この『野戦詩集』の編者であり、書き手でもある、山本和夫さんの、「あとがき」と幾つかの詩が紹介されている。これも、この本を買って読んでください。そして、
《ぼくたちは、山本さんたちの「戦争」、ニッポンの「戦争」のことを知らないのに、山本さんの詩を読むと、なんだか、少しわかるような気がしてくる。その頃書かれた、他のどんな文章、ことばよりも、山本さんの、あるいは、『野戦詩集』に集まった詩人たちのことばを読むと、その「戦争」のことがわかるような気がする。そして、その「戦争」は、遠い昔に起こったことなのに、なんだか、知っているような気もするのだ。》
 確かに、ボクも戦争を知らない子どもたちだ。でも、その戦争をボクは知っている。
 以上、第2章。

第3章 ほんとうの戦争の話をしよう
 そして、この第3章で、核心に迫る。紹介されているのは、源ちゃんが世界で一番感動した戦争小説だ。それは、大岡昇平氏の「野火」。残念ながら私は読んでいない。書評には、こう記されている。
「敗北が決定的となったフィリッピン戦線で結核に冒され、わずか数本の芋を渡されて本隊を追放された田村一等兵。野火の燃えひろがる原野を彷徨う田村は、極度の飢えに襲われ、自分の血を吸った蛭まで食べたあげく、友軍の屍体に目を向ける……。平凡な一人の中年男の異常な戦争体験をもとにして、彼がなぜ人肉嗜食に踏み切れなかったかをたどる戦争文学の代表的名作である。」
 戦争そのものの批判というよりも、戦争という非日常がもたらした限界生命の中、人をも食べて生き延びる人に対して、そこまでしようとするが・・・。そんな生々しい手記による小説だ。源ちゃんは絶賛するのだが、いつのまにか、何か遠い、そう言う。何が遠いのか。戦争は人を変える。本性が丸出しになる。なんせ、滅びたネアンデルタール人と違って、血も涙もないことも躊躇わないのがホモ・サピエンス。
 生きるためには人肉も食うだろう。戦争は、そんなことも明らかにしながら、この本は、それでも、人肉に手を付けられない人。源さんは、戦争小説の最高峰としながらも感動しながらも「遠い」と言う。確かに、ボクら戦争を知らない人間は人肉を食おうとしない。この小説を読んで、戦争は、そんなにまで人を変えるんだ、だから戦争はあかん、そうは言えるが、源ちゃんは、共感には「遠い」と言うのだ。
 ここには、類似している「遠い」相手として、統合失調症の人の話も出てくる。統合失調症であろう方が書いたユニークな小説のことも書かれている。
 でも、ボクらは、この章を読んで、「何が言いたいの」と思わざるを得ない。それは、これまでと違って、この第3章だけで「なるほど」は得られない。ここでの「野火」に書かれた主人公が、戦争によって人が変わるような戦争は嫌だよね、でもよいとは思う。概ね多くの戦争小説や戦争映画は、そうだと思う。ただ、それ以上に、共感できない遠い人であることに対し、第4章では、戦争を語る近い人のことが書かれてる。ようは、第3章は、第4章とセットなのだ、と思うので、第4章へ行こう。

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第4章 ぼくらの戦争なんだぜ
 ここで採り上げているのは、小説ではない、エッセーである。向田邦子さんの「ごはん」というエッセイだ。「ごはん」と「戦争」、何が繋がるの、思うでしょ。うまいんです、書き方が。
 東京空襲のことが書きたかったんだけど、最初から書いてない。最初は、歩行者天国の話。歩行者天国が彼女にしっくり馴染めなかったのは、日頃は車道で、信号がない限り歩けない場所を歩行者天国にする。「ホコ天だから車道を歩いていいよ」。はあ~ん、すぐに、こう結びつけてしまった。日頃は、殺人は犯罪だけど、戦争の時だけは敵国の人を殺しても犯罪にしないよ、「我が国を守るんだから相手の人を殺してもいいよ」と。何故かだぶる、だと思う。
 そして、東京大空襲の日に移る。空襲警報の中、殆どの人は逃げる。これまで一緒に暮らしてたお祖母ちゃんをリヤカーの上に乗せたまま逃げる、いままで家族同然だったワンちゃんも、置き去りにされて戦火の中で泣いている。
 そんな状況の中、風向きが変わって辛くも焼け残った向田家は、素晴らしいお昼の団らんをエンジョイする。二度とないかもしれないから。「ごはんなんか食べてる場合じゃない!」言われそうだ。
 これは、他の、大切な家族や犬も置き去りにして逃げる人たちとは異なる、これまでの平時にも大事にしていた思想だ。いや、哲学者が唱える思想みたいな大げさなものじゃない。日常の思想、ううん、これも、どうかな。簡単に言えば、信念、だと思う。
 ここに書かれてるのは、遠い人たちの狂気じゃない、近い人がちゃんと生きた、当時があるということじゃないかな。
 この後、林芙美子の日本軍と伴って書かれた従軍記『戦線』と、戦後に書かれた『ボルネオダイヤ』のことが語られている。古山高麗雄や後藤明生の作品も紹介されている。が、詳しくは語らない。買って読んでくださいね。こればっか。
 おそらく、大半の多くの戦争小説は、みんなが共有できる戦争の悲劇を真面目に描いたものが多い。しかし、向田さんや林さんの『ボルネオダイヤ』(『戦線』は置いといて。おそらく、大衆小説作家は大衆のために書かねばならないということで女だてらに兵士とともに従軍したのかな)も、古山氏や後藤氏も、多くの戦争小説に対して、「いや、ボクにとって戦争はそうじゃない」という気持ちで書かれている。つまり、戦争を「彼らの物語」としてではなく「ぼくらの物語」として書いた。
 しかも、そこには、戦争という非常時に皆が取るであろう行動ではないことが書かれている。言い換えれば、非常時のマジョリティとは違う、ある意味で、異常な行動。
 向田さんの非常時での一家団欒は、ある意味、異常である。それと同じことが、「ぼくらの物語」には見られる。
 第2章の詩集でも、そうだと思う。名も無き人たちの『野戦詩集』も、兵士になる前から自分は詩人なのだ、と。そして、兵士になっても詩人であることを止めなかった、だから、そこには、一人一人の魂があるのだ。一方、著名詩人たちの『大東亜』、これは、著名詩人たちはプロだ、つまり詩を書くことが仕事だ、となれば、上司から「何でもいいから黙って言うとおりにしろ」と言われれば、嫌でも「はいはい」ってやらねばならないときがある。仕事とはそういうものだから、仕事ばかりに依存してちゃいけないよ。
 ピンとくるように、平時と異常時について、ここには書かれていないが、最近のコロナ・パンデミックで説明しますね。それなら、ボク以上に若い戦争を知らない子どもたちにもピンと来るはずだ。
 コロナ・パンデミックで、多くの国が緊急事態を発令した。日本も同じだ。不要不急の外出は控えろ、そんな自粛要請が行われた。だいたい自粛を要請すること自体おかしな話なのだが。多くの人は国や県の要請に従う中、平時と変わらない活動をする人もいた。そういう人に向かって、「何やってんだ!緊急事態で自粛しろって国が言ってるじゃないか」という庶民による自粛警察も生まれた。そして、生贄を探してみんなで叩く同調圧力も。
 手前味噌な話になるが、平時と変わらない活動を続けた、ボクもその一人だ。平時から音楽によるボランティア活動をしていたが、パンデミックの中、ボランティア先のいくつかからお断りがあったものの、これまで通り受け入れてくれる先へは喜んで出向いた。中には、コロナによりボランティアをする団体が自粛したため、受け入れ先で困ってしまったところから逆に「来て欲しい」のお言葉に、喜んで出向いた。
 皆さんの中でも、平時に活動してたことを緊急事態になっても活動続けた方、びっくりしましたでしょう。こうも、人間って信念のないナショナリズムな奴らが多いんだ、と。でも、その多くの人が、正常であるとすれば、平時と同じように緊急事態の中で活動するボクたちみたいな人間が異常で、「何を道楽こいてるんだ!自粛しろって言っとるやないか」、です。そんなボクからすれば恐ろしいホモ・サピエンスの本性に直面したんですね。
 つまり、国の命令に従うことよりも、平時から音楽でヒトと繋がることが上位にあったのだ。つまり、ボクにとって、音楽は、大事な人と人とのコミュニケーションであり、喜怒哀楽の記憶を呼び起こすための共有のものなのだ。向田さんの平時から大切にしていた一家団欒を非常時にも大切にした話と同じなのだ。
 これは、ある意味では、平時から、大多数の人とは違うのかもしれない。多くの人は、平和の時に川の流れのように生きている。だから、非常時、川の流れが変わると、その川の流れに流される。でも、流されているようで平時から自分で泳いでいる人は、非常時、川の流れに逆らって泳ぐ。だから「何やってんだ!」のたくさんの声があがる。「何やってんだ!」がたくさん集まれば、大きな声・言葉になる。そんな人間が嫌いだ。いや、嫌いな奴がいてもいい、生き物はみんな多様だから。でも、そんな人間には決してなりたくない。
 最後に、この章に引用されている金子光晴の詩『おっとせい』がステキなので。ただし、「おっとせい」をワザと「ニンゲン」に置き換えてみます。許してね。
「だんだら縞のながい影を曳き、みわたすかぎり頭をそろへて、拝礼してゐる奴らの群衆のなかで、
 侮蔑しきったそぶりで、
 ただひとり、
 反対をむいてすましてるやつ。
 おいら。
 ニンゲンのきらひなニンゲン。
 だが、やっぱりニンゲンはニンゲンで
 ただ
 『むかうむきになってる
 ニンゲン。』」
 平時から、マイノリティに生きることが大事なような気がする。何故なら、マジョリティはみんなと一緒でおしまい。マイノリティは、皆とは違う、それは、ボクだけの大切なものがある。だから、戦争を考えるとき、遠い、彼らの戦争じゃなく、今戦争が起きたら、ボクはこうするだろう、そういう答えが用意されている。しかも、今、戦争がない平和な時代だとも思っていない。戦争は、終戦でなく、敗戦なんだけど、それ以降もずっと続いている。その証拠に、コロナパンデミックで露呈した戦前・戦中と何ら変わらない大衆の人々。
 ボクは、皆と徒党を組みたくない。ひとえに、金子光晴氏の「おっとせい」の詩だ。ボクはニンゲンのきらひなニンゲン。だが、やっぱりニンゲンはニンゲンで ただむかうむきになってるニンゲン。
 日々、マイノリティに生き、徒党を組まないこと、そこでは、自分一人が、絶えず平時もどう生きるかを考えている。多くの人が川の流れに流されている、その一員にならないためだ。皆と同じだ、とは絶対言わない。自分だけの意見を持つ。その考えは、非常時に大きな力となる。それを、この章で見た。
 知らない戦争を、そうやって、多くの人の戦争体験を糧にして、自分なりの戦争を想像する、創造する、それが「ぼくらの戦争」だ。そして、戦争とは何かを定義するよりも、戦争という非常事態でも、ボクたちはどう生きればいいか、これが一番大事である。だから、いかに、彼の戦争、他人事の戦争でなく、「ぼくらの戦争なんだ」」と思うことが大事か、なんだ思う。
 そして、たくさんの戦争小説はある。たくさんの戦争映画もある。みんな真面目に、大作を作ってられる。だが、確かに、それにより、戦争はあかん、分るよねえ。でも、戦争は個人が起こすものじゃない。いつのまにか、国が興してるのだ。
 国とはなにか。そして国同士が戦うのは何か。ボクたちは好きで、日本に生まれたわけではないから、そんなこと考えるの、面倒くさい。
 国を担っている人も小さい時から国を担うとは思っていないだろう。たまたま担うことになったのだ。でも、担うための度量は経験していない。なぜなら、東大に入れればいい、そんな親の教育に従ってただけだから。
「なんだ、今と変わらんじゃん」そうかもしれない。今も、何も変わっていないかもしれない。だから、この本は。今も、戦争の時代と変わらない、そう言ってるのかもしれない。
 確かに、日本国は、新たに生まれてくる子へ、洗脳する教科書を用意している。ただ、いかんせん、ボクなんかが、それじゃない、違う本を読んだ方がいい、そう言う。その本こそ、これだ。
 以上、第4章。

第5章 「戦争小説家」太宰治
 えっ? 太宰が戦争小説家? とりあえず、この驚愕は後回しにして、この章の流れを見ましょう。源ちゃんは、これを書いている最中に、ロシアがウクライナに侵攻した、というか戦争を起こした、それがきっかけで第5章は書かれている。
 どうしよう、他国だけど、他人事じゃない、そうだ、作家として、当事国の作家たちを知ろう、と。そしたら、今までロシア作家だと思っていた作家がウクライナ人だったりベラルーシ人だったり。でも、ロシア語で書いている。これは? ロシアは、これまで、多くの芸術家や文学者を弾圧してきた歴史がある。ボクがよく知っているのは、ソルジェニーツィンなどたち。おそらく、ウクライナ語やベラルーシ語で書いたら、それだけで反ロシアとして睨まれたかもしれない。
 ロシアが一時のソ連という大国になるまでの歴史は大変な歴史だ。個々には書かれていないが、もともとロシアの人々のもとを辿るとスラブ系民族だ。スラブ民族は、西洋の中で迫害を受けている。特に、美しい女性が多かったので、性奴隷にもなっている。そして、ある時期は、モンゴル、元の時代に、その支配下だった。ロシアは、西洋諸国とは異質の歩みをしている。
 つまり、自国が自立した時、相当なる統制をしないと時刻は成り立たないと思った国だ。帝政から共産主義になった時にマルクス主義をお手本だと嘯きながらレーニンが国家を作ったが後継者がトロッキーだと怖いのでスターリンにしたら、最悪のロシアが生まれた。ソ連だ。そうして、東欧諸国は、どんどん、ソ連になっていく。ベラルーシもウクライナも、かつてはソ連だ。ソビエト連邦とは、アメリカ共和国とは全く真逆の共産主義と言いながら、ほぼ独裁政治だ。だから、文学者や芸術家が自由を叫べば、迫害される、牢獄に入れられる。
 ただ、アメリカと真逆だ、そういったが、それでアメリカが素晴らしい国だとは言えない。アメリカは、ヨーロッパ諸国の侵略で建国された土地だ。そこには、間違って、インドと思った海洋時代のネーミングで、先住民族、インディアンがいた。先住民族には、国という概念がない。というか、いらない。そこへ西洋諸国が流れ込んできたし、インディアンは嘘つかないから、嘘ばっかりつく西洋の連中に大陸を取られた。これが、アメリカだ。
 ボクは、歴史を振り返るたびに、いつまでを歴史の事実と捉え、どこから、申し訳ない、「あの時、日本はそんなことをしなければ」と、夢にまで出てくる。そうすると、冒頭の加藤陽子さんの著書で学んだ『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』や、15年戦争のスタンス(日中戦争からでなく満州事変から)で書かれた同じ加藤陽子さんの『とめられなかった戦争』なんだが、「ちょっと待てよ」、尊王攘夷や王政復古の大号令もなければ明治維新もなかろう。なら、西洋諸国から文明開化の多くを学ぶ中で、西洋諸国がしていた民族がいただろうが未開の土地への侵略はしていないんではないか、何でも西洋諸国に学んだ明治維新が日本を狂わせた、そして、天皇主権の軍国主義が始まった、そう言えなくはないだろう。
 だから、ボクは、天皇制を早々に潰せる、承久の乱で、天皇制を廃止できなかったのか、残念だ、なんて思っちゃうわけよ。
 ただ、この本は、そんなことを言ってるんじゃない、戦争は間違いなく、「あかん」よ。ロシアがウクライナを攻めたばかりの時の、ロシアの作家の言葉、引用します。ドミートリ―・ブィコフという人が自分のラジオ番組で。
《そして戦争とは完全に悪だ。私たちはみんな、よくわかっている。ロシアは、破滅に向かい始めた。ただひとつ願えることがあるのなら、ロシアがこの破滅から脱するとき、長い夢から覚めて悔い改め、変わっていくことだ。そこだけに希望がある。そして私はそれを信じる。私は戦争に反対する。この恥ずべき戦争に反対する。兄弟であるウクライナの平和を願う。》
 この後、しばらくして、このラジオ局の放送は聴くことが出来なくなったそうだ。
 そして、もひとつ、源ちゃんは、これは他所の国の話じゃない。ボクらの国でも、静かにこういうことが起きている、と。
《では、ぼくなら、どうしただろう。
 この問題は、いまのぼくたちとはなんの関係もないだろうか。「戦争」は、ぼくたちとは遠いのだから。
 いや、わかりやすい「戦争」はなくとも、それに似たものは、いつだって、ぼくたちの周りに存在している。
「大きい」もの。みんなが正しいと思うもの。空気のように存在していていつの間にかそれに従っているもの。
 そんなものに従いたくはない。だが、そのことを直接書くのは難しい。そういうものは、たぶん、たくさんあるのだ。
 空気のように見えないけど、ぼくたちが前に進もうとすると、突然、透明な水の中にいるように、抵抗して、ぼくたちの前進を阻むもの。》
 じゃあ、そういうことが起きた時に、作家は何をすべきかが、太宰で語られる。作家として、そう言ったが、違う。それは源ちゃんだからだ。それは、ボクらもだ、いや、ボクもだ。
 太宰の作品は3つ語られる。もう、めちゃビックリしたよ。こんな源ちゃんの読み方をしてないから。
 一つは、日中戦争から太平洋戦争のとき、12月8日。あの真珠湾攻撃だ。これまでの日中戦争に対し、米英を相手にすることを「明るい」「素晴らしい」戦争と言ってる連中が多くいた中、太宰は、検閲に引っ掛からない書き方で、すげえ物語を作ってる。その引用もあるけど、この本買って読んでください。
 あと。『散華』も凄い。ごめん、先の『12月8日』も、これも読んだことないけど、ボクは太宰を、そういう観点で読んだ経験がない。引用あるけど、この本買ってね。
 最後は、『惜別』。中国の魯迅と仲の良い「私」のお話。これも、ここに書かれてるような読み方をしていない。源ちゃんの言う読み方をすればスゴイ。
 戦争を鼓舞する小説を依頼された彼が、このように、まさに戦火を免れて、上手い表現で発表した小説。
 ボクは、実は、高校2年の時に太宰に溺れた。だが、その後、安部公房や大江健三郎に溺れたことで、はしかのようなもののように感じ、卒業した。つもりでいた。でも、この本を読んでて、「太宰を卒業した」とした自分が恥ずかしくなった。もう一度、入学しようかな。

 この本に結論はない。なんせ、最後の第5章で、源さんは新たな旅に出るそうな。
 でも、ボクたちは、この本を読んで、何を学ぶ? 
 多くの人は緊急事態になると国に従うけど。その人たちは平時は何をやってたのだろうか。平和だから、のほほんとしていたのでしょうか。
 逆に平時から自分の思想や哲学を持って生きている人は、平時からある意味、戦場にいるようなものかもしれません。何故なら、日々ナニかと闘う、それがその人の生きるっていうことだから。その一生懸命に生きるって哲学を、平時に何も分かっていない人が、非日常になると体制側に就いて攻める。これは、戦時中も、日本国内で起こっていた事実です。けれども、何のために生きてるのか、攻められる側は返したくて仕方がない。伝えたくって仕方がない。太宰もそうでした。
 平時でもマイノリティであること。それは、大きな声、体制の意見に同調するのでなく、小さくても自分の声を持つこと。自分の信念を貫いて生きることこそ、非常時でも、間違った大衆の路線ではない、自らの線路を歩むことができるんだと思います。あれですよ、岡本太郎の言う「スジを通す」ですな。この本で、そう、学びました。
 その実感は、今回のコロナパンデミックで、ひしひし感じました。同調圧力側に回った人たちへ、是非、ヒトのことを責める(攻める)よりも、平時も非常時も、自分の思想や信念を貫く人であって欲しい、と。
 でないと、戦争になった時、オリンピックを観戦するように「日本、がんばれ」そういう人になってしまいます。
 ありがとうございました、高橋源一郎様。上野千鶴子さんが言うよう「遠い国の『彼らの戦争』を『ぼくらの戦争』に変えてしまう。こわい本だ」とボクも思いました。源ちゃんとか源さんなんて言って、失礼しました。


ぼくらの戦争なんだぜ posted by (C)shisyun
 

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