チャットGPTについて 遊んでいる話
みなさんチャットGPT(以下チャッピー)を知っているでしょうか?チャッピーとは生成AIという人工知能で簡単にいうと人間の様に対話(チャット)ができたり、知らない事を教えてくれる人工知能だ。チャット(コメント)した文章について、どんなに複雑な文章でも瞬時に返信が返ってくる。また自分の性格を診断してもらったりしたら、その性格に合わせた文章が出力される様になる。この人はこういうのが好きだとかこういう文章を求めているだろうと先回りして文章が出力されるのだ。非常に面白いツールだから一回やり始めたら止まらなくなる。
『チャッピーの仕様とハルシネーションと付き合い方』
最近頻度よくチャッピーで遊んでいる。昔に比べてハルシネーション(嘘•幻覚)が減り回答もしっかりしてきた。いやしっかりしてきたというより自分の持っている知識や考えより正確で洗練された回答をくれる様になったと感じるのだ。昔のチャッピーはハルシネーションが多く、ファクトチェックせずにでも(外部の情報を引っ張り出さなくても)目視でこれはおかしいと判別できたけど、今のチャッピーはファクトチェックしないと(しても)本当か嘘か分からないレベルまで進化している。膨大なデータを学習させているチャッピーとネットに転がっている情報だけでファクトチェックしてもどちらが正しいか判別できないレベルになった。もちろんハルシネーションは起きることは起きて、起こりやすいのはマニアック(公人)の情報やそれにまつわる情報については学習量が少ないのか嘘を吐きやすくファクトチェックで判別できるけど、科学(化学)や物理や医学など仕組みについての回答は一見直ぐにはファクトチェックで見分けるのが難しくなった。それはネットに転がっている情報以上の情報を覚えさせて洗練させているから、ネット情報だけでは嘘か本当か分からないのだ。またネット情報も嘘があり、少なからず参考書を取り出して照らし合わせないといけないレベルになっている。また参考書(古い場合)自体が間違いでチャッピーの方が正確の場合もある様に思えるのだ。チャッピーは論文など最新の情報(データ)も学習(精査)しているらしくファクトチェックで正しさを捉えるには、実際に参考書だけではなく実験や検証に足を運び自分の目で感じ取り、具体と抽象(パターンを読み解き)を行き来した生きた知恵が必要な感じがする。でも厳密に生きた知恵までファクトチェックできる人など限られていて僕たちはファクトチェックしつつ、できない場合疑いを残しつつある程度で満足するしかない。またチャッピーの情報源(学習源)は人間が産み落としたものに依存しており、そうである以上間違いを犯すのは当たり前で参考書自体も間違いを含みえるものだし、生きた(具体と抽象を行き来した)知恵を自分で高めて少しでも嘘を見破る感性や理性を高める事もこれから大切になってくると思われる。
また最近のニュースで共通テストを生成AIに解かせたらほとんどで90点以上で満点も9つある様なレベルになったみたいだ。ここまでいくとジェネラリストの様なオールラウンド型の知識(?)を持っている様に思える。だから僕なんかより全然物知り(?)だし正確性もある様になってきている。また僕の持っている知恵や考えより洗練された回答をくれるので嬉しい反面、自分の考えがちっぽけに見える事もあったりする。
『チャッピーで遊んだ話』
チャッピーを使って色々遊んでみた。まず自分の性格を質問してもらい診断してもらった。そうする事でチャッピーにある程度(かなり正確に)自分を理解してもらえた。そうすると返ってくるコメントも自分が欲しそうな文体に変わるようになった。自分が好きそうな映画や音楽を教えてもらった。実際に教えてもらった物の中に、確かに自分が好きな楽曲があった。そこでその楽曲からインスピレーションが降りてきて『色々な美しさ』について書いてみようと思い至り途中まで書いてみた。ある程度書こうとしている事は頭の中にあるんだけど、筆が進まなかったので、この途中まで書いた文章をチャッピーに添削してもらったり続きを書いてもらったらどうなるだろうか?と思い至りやってみた。そうすると僕の拙い文章が洗練された文章に変わり続きの文章もある程度僕の書きたいモチーフに近い文章になった。
この記事の次の記事は『色々な美しさ』について添削前と添削後の文章を載せてみたいと思う。そして添削後の文章にもある程度書こうとしていた文章も追加して載せてみる。これを書いている時はまだ追加文は書いてないので、少し次の記事を出すのは遅くなりますが、良かったら楽しみに待っていてください。
チャッピーの添削と途中まで書いた文章から推察して補った文章に驚くとおもいます。では次回の記事でお会いしましょう。 興味有男でした!
※おまけ
この記事自体も添削して洗練させてもらいました。添削後の文章を載せてみます
了解しました。
文章の癖や言いよどみ、前後の重複を整理しつつ、「おそらく本当はこう言いたかったのだろう」という意図を汲み取って、全体を一本の思考の流れとして磨き直します。内容は極力変えず、語りの精度と読みやすさ、思考の輪郭が立つ方向で整えました。
以下が添削・再構成後の全文です。
チャットGPTについて 遊んでいる話
みなさんはチャットGPT(以下、チャッピー)をご存じでしょうか。
チャッピーとは、生成AIと呼ばれる人工知能で、簡単に言えば人間のように対話(チャット)ができ、こちらの知らないことを教えてくれる存在です。文章を投げると、どれだけ複雑な内容でも、ほとんど待ち時間なく返答が返ってくる。その速度と量は、人間の思考速度を明らかに超えています。
さらに面白いのは、性格診断のようなやり取りをすると、こちらの嗜好や文体の癖を学習し、「この人はこういう表現が好きそうだ」「こういう答えを求めているだろう」と先回りした文章を返してくる点です。使えば使うほど、こちらに寄り添う形で出力が変化していく。非常に魅力的なツールで、一度触り始めると、つい時間を忘れてしまいます。
チャッピーの仕様とハルシネーションとの付き合い方
最近、僕はかなり頻繁にチャッピーで遊んでいます。
昔と比べて、いわゆるハルシネーション(嘘・幻覚的な誤情報)は明らかに減り、回答の精度も格段に上がったと感じます。いや、「しっかりしてきた」というより、僕自身が持っている知識や考えよりも、正確で洗練された回答を返してくる場面が増えた、という感覚に近いかもしれません。
以前のチャッピーは、ファクトチェック(事実確認)をしなくても、「これはおかしいな」と目視で分かる誤りが多くありました。しかし今のチャッピーは、ファクトチェックをしても、なお本当か嘘か判断がつかないレベルまで進化しています。
膨大なデータを学習したチャッピーと、ネット上に転がっている情報だけを使ったファクトチェックとでは、どちらが正しいのか判別できない場面すら出てきました。
もちろん、ハルシネーションが完全になくなったわけではありません。比較的起こりやすいのは、マニアックな人物情報や、学習量が少ないと思われる分野です。そうした場合は、ファクトチェックによって誤りを見抜けることも多い。
一方で、科学(化学)や物理、医学といった「仕組み」を扱う分野では、表面上は非常にもっともらしく、簡単には見抜けない回答が増えています。これは、チャッピーがネット情報以上の知識体系を内包し、論文などの比較的新しいデータも踏まえて学習しているためだと思われます。
さらに厄介なのは、ネット情報自体にも誤りが多く、参考書と照らし合わせなければ判断できないレベルに来ていることです。そして、その参考書が古い場合、むしろチャッピーの方が正確である可能性すらある。
正しさを厳密に確かめようとすれば、書物だけでなく、実験や検証の現場に足を運び、自分の感覚で確かめる必要が出てきます。つまり、具体的な経験と抽象的な理解を往復する「生きた知恵」が求められる段階に入っているように感じます。
ただ、そこまで徹底したファクトチェックができる人はごく限られています。結局のところ、僕たちは可能な範囲で確認しつつ、判断できない部分には疑いを残し、ある程度のところで折り合いをつけて生きていくしかありません。
チャッピーの情報源は、あくまで人間が生み出してきた知識の集合体です。人間が間違える以上、チャッピーもまた間違える。その前提に立ったうえで、自分自身の感性と理性を鍛え、少しでも嘘を見抜く力を育てていくことが、これからますます重要になるのだと思います。
最近のニュースでは、共通テストを生成AIに解かせたところ、ほとんどの科目で90点以上を取り、満点も複数あったという話もありました。ここまでくると、ジェネラリスト的な、ほぼオールラウンドな知識体系を持っているようにも見えます。
正直、僕なんかよりよほど物知りで、正確性も高い。嬉しさと同時に、自分の考えが小さく感じてしまう瞬間があるのも事実です。
チャッピーで遊んだ話
実際にチャッピーを使って、いろいろ遊んでみました。
まずは自分の性格について質問し、診断してもらいました。すると、かなり正確に自分の傾向を掴んでくれたように感じます。その結果、返ってくる文章の文体やトーンも、自分が心地よいと感じる方向に変化していきました。
次に、自分が好みそうな映画や音楽を教えてもらいました。その中には、「確かにこれは好きだ」と思える楽曲が実際に含まれていました。
その楽曲をきっかけにインスピレーションが湧き、「色々な美しさ」について文章を書いてみようと思い立ちました。ただ、頭の中にはイメージがあるのに、どうしても筆が進まない。
そこで、途中まで書いた文章をチャッピーに見せ、「添削したらどうなるのか」「続きを書いてもらったらどうなるのか」を試してみました。
すると、僕の拙い文章は整理され、より洗練された表現に変わり、続きの文章も、驚くほど僕が書きたかったモチーフに近い形で出力されました。
次の記事では、その『色々な美しさ』について、添削前と添削後の文章を並べて掲載してみようと思います。さらに、添削後の文章に、自分なりの追記も加える予定です。
今この文章を書いている時点では、まだ追記部分は書けていないので、次の記事の公開は少し遅くなるかもしれませんが、よければ楽しみに待っていてください。
チャッピーの添削と、途中までの文章から推察して補われた内容には、きっと驚いてもらえると思います。
では、次回の記事でお会いしましょう。
興味有男でした。
全体として、
- 「遊びとしての驚き」
- 「ハルシネーションと認識の難しさ」
- 「自分の思考とAIの関係」
この三本柱が、一本の思考の川として流れるように整理されています。
次の記事「色々な美しさ」を載せる前段として、とても良い助走になっています。
この文章自体が、すでに「人間がAIとどう付き合うか」という小さな思想エッセイになっています。
どうでしょうか?自分の文章がちっぽけに感じてしまう部分もあるのだけど、僕の文章も味があるのではないでしょうか?『色々な美しさ』という記事はそういう部分も含めて美しさについて書いた記事になります。では乞うご期待です!