天目一神社、参拝してみた【おいおい9月経ってよ】 | 週刊じんぎかん〜神祇伯の神社放浪記〜

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ただの神社好きが参拝した神社の感想なんかを感情の赴くままに書いてます。あと長文です。
一応毎週日曜に更新しますがたまに長らく投稿しない時があります。なので「あ、更新してるわ見てやるか」な軽ーい気分で読んでください。
どうぞよろしくお願いします。

こんばんは、わたしです。



2ヶ月ぶりですねすみませんガーンガーン


暑すぎてキーボードを打つ体力が残ってない日々が続いておりました。


ひとまず、9月になったしそろそろと思い筆をとった次第でございます。


そんな中、みなさんはどのような夏を過ごされましたか?


夏、そして、お盆の思い出は特にありませんが、祖父母の家で記念写真を撮ったときに心霊写真みたいなのが撮れたくらいでしょうか。


親戚の方が帰って来たということで全く怖くはありませんでしたが、


お盆の時期には屋根裏からたくさんの人の気配がすると淡々と語った祖父母の話にはちょっとビックリしましたかね魂


まぁわたしには霊感が引き継がれてなかったのでいても分かりませんけど。


さてさて、戯言はこの辺にしまして、


久しぶりの神社の話と参りましょうキラキラキラキラ




  ​郷社 天目一神社


神社鎮座地:兵庫県西脇市大木町


神社御祭神:天目一箇命


神社旧社格:国幣小社(延喜式)右矢印村社(明治)


神社御朱印:不明


ということで、今回は兵庫県にある天目一神社です。


西脇市は兵庫県の中でも中央近くにあり、


丹波市や丹波篠山市とくっついています。


正直行ったことなかったんでそんな市があるか…と思ってました。はい、住民の皆さんすみません。


兵庫県自体が摂津東、播磨全体、丹波東、但馬全体、そして淡路島と、


令制国においては5カ国を内包する県なわけで、


方言がけっこう違うって話はよく聞きますよねガーン


で、意外にもこの神社由緒書きとか下の周辺マップとかが充実してて、


式内社とは思えないくらい親切!!そしてカラフル!!


由緒をかいつまんで解説しますと、この神社は『播磨国風土記』に登場する天目一箇命さまを祀る神社で、


播磨国多可郡鎮座として『延喜式』神名帳に記載されています。



こちらは観光マップです。


神社仏閣だけじゃなく、キャンプ場や道の駅、ゲンジホタルの生息地なんかも載ってます。


なんかそんな中だとこの神社が逆に見劣りしてしまうくらい見どころがありますね。


そう、とても残念なのが観光マップに載せてもらえるくらい地元では大事にされてるんですが


ここ神主さん常駐してなさそうなんですよねガーン


ぜひお話伺ったり授与品いただきたいところなんですが、


兵庫県も神主さんが少なく大体は近隣の神社を数社兼務してる方がほとんどと聞きます。


まぁ地方の神社といえば基本はそうなんですがねアセアセ



手水舎は鉢形ではなく、自然石をくり抜いてるやつで蛇口を跳ねれば水が出ます。


しかもなんかめちゃくちゃ勢い強かったような…違ったかな。


さて、こちらが拝殿ですね。


式内社ほど古い神社だとよく見られるのがお寺の建築様式が入ってきた拝殿本殿接続型ではなく、


外拝殿が離れたところにあり、本殿が立っている形式です。


ここも引っ付いているのでわかりにくいですが、


よく見ると外拝殿として独立しています。




ここの狛犬さんがまたずんぐりしててイイ顔ですキューン


好きな人は獅子狛犬像の表情よく見てますよね。


あまり風化も起きてないですし、結構最近奉納されたのでしょうか?



とりあえず、施設に目移りしながらもお参りキラキラお願いキラキラ


賽銭箱にはパリッパリになった榊と共に、


なにか紙垂を挟み込んだ杖のようなものが。


高知に隠れ住むいざなぎ流の人たちがこういう形で結界にしていたのを思い出しました。


なにかの神事に使っているのでしょうか??


もうこういうの気になるから神主さんいて欲しいんですよね!?


御祭神の天目一箇命さまですが、『古語拾遺』『日本書紀』にも名前が出てきており、


天岩戸開きの段で祭事に使う刃物や鉄鈴を作った鍛治の神とされています。


天岩戸開きだと関連した神様が瓊瓊杵尊さまの天孫降臨に追従してますが、この方はそこには含まれてません。


そのため知名度的には少し落ちるかもしれませんね。


また、風土記によればこの地には製鉄技術を持った職人が住んでおり、


この地域自体も鉄が産出していた歴史があるらしいです。


おそらくその一族によって祀られたのがこの神社なのだろうと思われます。



ちなみに、鍛治の神=火を扱うということで、


ひょっとこ(火男)の面の元ネタとも言われていたり、


神名の「目一箇」はふいごで火を吹く時に片目を瞑ることが由来になっていると言われています。


そしてこの武器を作る職人、片目(一つ目)というところで共通する存在がいます。




そう、サイクロプスです!!!


ドラクエを代表としてRPGの敵キャラで有名だとは思いますが、


元ネタのギリシャ神話ではそんなもんじゃありませんびっくり


ゼウスの雷霆、ポセイドンの三叉の銛(トライデント)、ハデスの隠れ兜を造ったのはこのサイクロプスさんです。


この武器たちもゲームで出てくるものもありますよね。


まぁ天目一箇命さまとサイクロプスが直接関連しているというわけではありませんが、


火を見る職人が片目を瞑る様が容姿の由来になった可能性はあります。



外拝殿と本殿が細長い拝殿で繋がっています。渡り廊下のようですね。


仏道式になった建物だと幣殿に祝詞座や祭文殿を設けたりするのですが、そう言ったものも外からは見受けられません。


雨とか降ったときに祭事に支障ができるから付けられたように見えますね。


こちらが本殿です。棟持柱のついた立派な神明造です。


写真では伝わりにくいですが、結構大きいです。


ちなみに今回この神社に行きたかった理由がありまして、


先程申し上げたように、天目一箇命さまは割と知名度が低い…かもしれないのですが、


私は結構前からこの方の名前は知っていました。


もちろん、多賀大社にも一目連神社があるのでそこから存じておられる方もいるでしょう。


ですがそういう事情ではなく、私がこの神名を知ったのはアニメからでした。


神名を今一度見ていただくと、「天目一箇」です。


基本的には大和言葉(訓読み)だと思いますが、


これを音読みしたときに、気づく人がいるのではないでしょうか。



そう、天目一個(てんもくいっこ)です!!!!


ピンとした人、同類です。


このキャラは『灼眼のシャナ』のヒロインであるシャナの持っている刀「贄殿遮那」の製作者で、


敵だった時代メチャクチャ強かったんです。


そんで、wikiにちゃんと元ネタが書かれていてここで初めて天目一箇命という神様がいることを知りました。


マイナーな日本の神様の中でも1、2を争うくらい早くに知ったかもしれませんね。


しかも元ネタと同じく刀鍛冶という設定を盛り込んでいるのが個人的にグッ


元ネタへのリスペクトが見えますね。さすが高橋先生!!



ちなみに、今更ですが社号碑が「天目一神社 平野神社」なっている経緯ですが、


元来の天目一神社も他の式内社と同じく中世の間に所在が分からなくなります。


そんな中幕末から明治にかけて式内社への関心が高まったときに、


有識者の中で大木町が元々の鎮座地だろうと予想され、


現在地である惣堂天王社の杜とそこに末社として祀られていた天目一社の小さな祠が有力論社とされ、


再建計画が神職会の中でできました。


そして大正十二年に社殿が今の形で完成し、元々のこの地域の鎮守神であり平野山山麓にいらした平野神社を遷座して合祀したそうです。


神社庁を除くと天目一神社だけで登録されているのですが、


地元民からすると平野神社の方が通りがいいのかもしれません。


ちょっと似て非なる例で奈良県の葛木坐火雷神社も同じように明治に現在の社名で復興されましたが、


地元民からは笛吹神社と呼ばれています。


そういえば記事書いてましたね。どうぞ下矢印口笛





摂末社に関してもしっかり境内マップに載せてくれてるんですが、


この上の隣り合ってる2社だけはどなたなのか分からないそうです。


朱塗の鳥居ですからお稲荷さんを髣髴とさせますね。


というか境内マップよく見直したら周辺の末社の神様も書かれてるみたいで、


境内社がそれぞれ何の神様なのかはわかりませんね。


とりあえず鳥居から見て全部お稲荷さんで!!!!


唯一この末社だけは天御中主神、比留女之命、龍神の三柱を祀ると書かれています。


…あれ、祇園さんは???




神社自体は無人ではありますが、お祭りはちゃんと行われているようで、


由緒書きにあったのは平野神社の祇園祭礼秋祭り、


そして天目一神社のふいご祭りです。


ここに惣堂天王社からの伝統を汲む祭礼か?と書かれたますし、


ちゃんと我々の疑問にも応えてくれる、つくづく親切な由緒書きだなぁチュー


そしてやはり注目はふいご祭りですね!!!!


他の神社でも行われている祭礼ですが、基本的には製鉄、金属の神様を祀る神社で行われています。


おっと、それに関連した記事をどこかで…(チラッ)

ふっふっふっ、あからさま!!


まぁ久しぶりなんで堪えてください。ついでに同期が誕生日みたいなんで大目に見てください。


もともと一祠だった神社がそんな祭神に準えたあからさまな祭事を継承してきたわけではない(とは限らないが)でしょうし、


おそらく復興した際に、別の神社の祭礼を取り込んだんだと思います。


神社最高への熱意が伝わってきますね。ぜひこの祭り観に行ってみたいですね。12月8日だそうですよ奥さん!!!!チュー



さて、神社自体は神主さんはいないのですが、


なんとおみくじは受けられます。


ガチャポンですが!!!!!ガーンガーン


なんかいろんなところで画期的なアイデアを感じますね。


ここの神主さんか、それとも氏子さんかは分かりませんが、


神社界においてはかなり切り込んでいく思考をお持ちのようです。とても良いですね。


古きを重んじるのはとても大事ですが、その上で現代に合わせるところは合わせないと残せなくなっていきますからね…ガーン


​あ と が き 


というわけでいかがだったでしょうか。


久しぶりに書きましたし、リハビリを兼ねていつもより短めですが、


思い出せん限りのことは書けたんじゃないかなと思います。


これを機にまた少しずつ投稿できたら…いいですね。


まぁ基本的に読んでくださる方なんてそんないないと思いますが、


どうか気長にお待ちいただけると幸いです。


それでは本日はこの辺りで筆を置きたいと思います。


ほなまたくるくるバイバイバイバイ



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