ここ最近の私の記事は、
母が、
心臓の手術をし、
無事に終わったものの
その後、
私が右手首を骨折してしまったことを
続けて書いています。
すると、
「白川さんが、
骨接したのは、
お母さんの身代わりに
なったのですか」とか
「お母さんの業を
葵さんが背負ったのですね」といった
ご質問をいただきましたので、
今回は、
人の病気平癒を願うと、
自分が身代わりになって
業を受けてしまうのかに、
ついてです
人の
幸せを願うのは、
素晴らしいことですよね。
家族や、
恋人、
友人知人が
豊かになること、
良縁に恵まれること
入学試験に合格することなどを
願うと、
自身の念力も強まりますし、
功徳にもなります。
ただ、
お願い事と言っても
身の丈に応じた願いもあれは、
その人の
器をはるかに超えた
大きな願いもありますよね
それで、
人のことを願う場合は、
その人にとって、
大きなことを
願うのであれば、
自分自身が
無欲のときに、
願った方が良いのです
願うとは、
エネルギーを差し出すことなので、
自分にも
大欲があるときに、
人のことでも
大きなことを願っても、
エネルギーが足りなかったり
するのです
人助けは、
素晴らしいことですが、
本当に助けるには、
覚悟も必要なのですよね
もちろん、
差し出したエネルギーは、
見返りを求めないで
出したのであれば、
その人の
宇宙銀行にプールされます
人の
病気平癒の祈願も
同様で、
命に関わることを
願うのであれば、
自分の命を差し出す
覚悟が要るという
霊界の厳しい掟があるのです
どんなことでも、
人のことを願う場合は、
自分のエネルギーを
無理なく
差し出し、
循環させるという
お気持ちになられると
良いですし
天から与えられている
寿命が
来ている人に、
延命を願うのは
エゴでもあるので、
自分の命を削る覚悟が
いります。
私は、
少しずつですが、
回復しています。
今回は、
沢山の方に
エネルギーをいただきました
改めて、
感謝致します
それでは、
本日もありがとうございました。