「お母さんはえらかったね」
唐突に次女が言った。
「何で?」
「だって仕事をしながら、長い間家事も完璧だったから」
「そう?」
「くたくたに疲れて帰って来て、家事までは普通できないよ。だからすごいなぁって。
いつ帰って来ても家の中はきれいだったし」
「そう?それが普通だと思っていたから。そんな大層な事じゃないよ」
過ぎてしまえばそれくらいの苦労は、苦労のうちには入らなかった。
ただ、労ってくれたことが無性に嬉しかった。
些細なことだけど、必ずありがとうとお礼を言う娘たちに、わたしの方が感謝だ。
振り返ってみると様々な波が押し寄せて来た。
当時は、不幸のどん底だと思えたことが、すり抜けてしまえばみんな過去だ。
過去になってしまうと、痛みがない。
思い起こしてほろりとすることはあっても、何度か薬を塗ったら治るくらいの痛手に変わる。
それが人生の肥やしだと、人は言う。
そうかもしれない。
きっとそうだ。
だから、台所で最後に布巾をゴシゴシと揉み洗いしながら、義母のことを思った。
彼女もきれい好きで、洗い物の最後はすべて水滴を拭い、ゴシゴシと布巾を石鹸で洗った。
お蔭でいつも台所はピカピカだったし、水垢ひとつ付いてなかった。
知らないうちにそれらが身についたのだろう。
台所作業の最後には、わたしも必ずゴシゴシと布巾を手で揉み洗いする。
義母は少しも優しくなかったから、時折優しさに触れた時は天にも昇る気持ちになった。
信じられないくらいの仕打ちにも遭ったけれど、家事についてはしっかりとわたしの身についた。
今や恨みもつらみもない。生きているうちにもっと甘えれば良かったのかもしれない。
そんなことが脈絡もなく浮かぶ。
脱線してしまったけれど、娘の労いに義母が浮かんだ。
義母はきっと、こんな気持ちは知らないで終わったのかもしれないと。
閑話休題
郷里の友達から桃が届いた。
今年は不作だったらしい。
心していただこう。
💛千種白鳳(チクサハクホウ)

