記憶をたどっていくと
意外とワタシって
おかあさんが好きだったんだなぁ
って、気づいて。(今さらだけど)
と、いうのも。
いわゆる「思春期時代」は
おかあさんのことが嫌で嫌で( ´艸`)。
あまりにも一緒にいたくなくって
生まれ育った富山から
早く出たい!
と、思うほどだったので。
わたしを産んだ時のことを聞いて
自分がおかあさんを苦しめた
と、思いこんで
その後の話が また衝撃的で。
赤ちゃんだった私のお世話は
ほとんど祖母がしてくれていたらしくって。
だから、一緒にいる時間が
物理的に 少なかったんだろうね。
おかあさんだって
出産後すぐに仕事に復帰したから
本当は わたしと
もっと触れ合いたかったんじゃないかな。
家に帰ってきて
ワタシを抱いたら
泣き出してしまったらしい。
泣いて、泣き止まなくって
祖母に抱かれて
ようやく、泣き止んだんだって。
今となっては
そうだよね。そうなるよね。
って思えるけど。
母は、ショックだったと思う。
抱いたわが子に泣かれるって
ツラいよなぁ、と思う。
この時にね
「お風呂も何もかも
おばあちゃんがしてくれて。
だから、私(母)は
あなたのお世話をしてないからね」
という母の言葉に衝撃を受けたの。
なぜか、その時
「私は、おかあさんに
育ててもらったんじゃないんだ」
っていう風に
脳内で変換したんだと思う。
私のお世話をするより
仕事の方が大事だったんだ・・・って。
なんか、こじらせてる未練たらしいオンナみたいだ( ´艸`)
今の私には
母は、自分の思想をもとに
男女平等で平和な社会を目指して
信念をもって行動していたんだとわかる。
そして、
子どもの時から
ワタシって
自分中心で世界を見ていて
めっちゃ自分を
愛してほしかったんだなぁと思う。
これは、私の中で
ちょっとしたしこりとなって残った。
のちに、母を下に見て
「子どものお世話が出来ない人」認定
をするんだけど
その、きっかけだったのかもしれない。
【わたしのあゆみ6】ナチュラルにいじめられる へ つづく・・・
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幸せトレジャーハンター♡塩入和代
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