日付を少しだけ戻して・・・

今年を振り返ります。

 

「激動」まさにその一言に尽きます。

圧倒的成長を求めて転職したコンサル業界は、相当に厳しいものでした。

前職でもそれなりに頑張ってたつもりでしたが、

現職に比べたら「お遊び」だったのかも、という程の違い。

改めて、高い給料をもらうことの大変さを実感しました。

その中で何を得られたのか・・・

ざっくりまとめると、

 

①仕事のスピード感だったり、質

ほんこれ。まさにこれ。

何か課題やイシューが発生した際の、NEXT ACTIONへのスピード感。

「明日やろうは馬鹿野郎」を地で行く感じ。とにかく「明日までに何とかしましょう」が多い。

そしてそこに質も求められる。結果、常に走り続けることになる。

「ふー、ひと段落」はない。次から次へとイシューは発生し、その対応に奔走する。

これはコンサルならではなのかな。だから忙しい。

 

②巻き込み力

これは自分が一番できなかったこと。

圧倒的な知識や技術が求められる仕事ではありますが、当然全てを自分で完遂はできない。

となると、他者を利用せざるを得ない。しかしその他者もみんな走り続けてる。超忙しい。

ではどうするか。

「強引に巻き込む」これしかない。

入社仕立てで、文化もわからず、人間関係もゼロな私が一番できなかったこと。

どうしても気を遣ってしまい、「これはお願いするのやめとくか・・」と下がってしまう。

これは完全にNGみたい。

「忙しいところすまんけど明日までにやってください」

「超急ぎなので今から会話させてくだせぇ at 22:00」

これが言えるか、言えないか。

気を遣って頼めないと、結局自分の仕事に跳ねる。結果、自分の責任で遅れる。

この図々しさというか、ガメツサ。コンサルには重要なスタンス。

 

③技術や業務のキャッチアップ力・スピード

同じ仕事を続ける職人とは真逆に位置するコンサル。

未経験だろうが、知らない分野だろうが、放り込まれたら全力で食らいつく。

当然クライアントはそんなこと考慮してくれない。

「shinyaさんは、当然このあたりの仕組みやアーキテクチャを全部理解してるんですよね?」

実際にクライアントから打合せで言われた一言だ。

「はい」としか言えない。

キャッチアップするには、結局それだけの時間を費やすしかない。

効率的に、なんていう近道はない。

 

細かいところを挙げたらキリがないので、特に重要な点に絞って3つにしてみた。

 

ポジティブに考えると、得られたものは非常に多い。

しかし、失ったものも結構多い。

とにかく、プライベートの時間は激減する。

結局、どれだけ仕事に時間を費やすか、という世界。

時間外や、土日にどれだけ意欲的にワークできるか。

「このくらいでいいかな」という気持ちでは、乗り遅れるし、取り残される。

それだけ厳しい世界。

正直、プレッシャーやタスクに追い詰められて精神的に滅入ることも多々あった。

若い時とは違って、弱音は吐けない。

家族もいる。自分が仕事一辺倒になる分、妻の家庭負担も多い。

ので気軽に飲みにもいけない。

苦しい時、つらい時、それを自分なりに消化するしかない。

稼ぎはかなり増えた。そのおかげで家計はラクになった。

が、一度水準が上がった分、簡単には戻せない。

前職の稼ぎでは、子供2人を満足に育てることもできない。

引き下がれない・・・それもまたプレッシャーとなり、自分に返ってくる。

 

まさに、ソルジャー。

企業戦士。

 

とはいえ、自分の人生は1回キリ。

家族、仕事、お金・・・様々な要素に翻弄されるが、自分の人生は自分だけのもの。

Life and times

 

2025年は、これを糧に、もっといい年にしたい。それも自分次第。

 

では、総括はこの辺で。

 

bye

今年ももう少しで終わりですね。

一年前、転職を決めたとき、「来年の今頃はどう生きているかな・・・」と

想いを馳せてました。

結果、何とか生きていますw

厳しいとわかって飛び込んだこの世界、大方は想像通りではありましたが、

秋ごろからは想像を超える労働時間でした。。。

とにかくタスクの量が多い。

いかにして睡眠時間を削るか

いかにして土日のプライベートを削るか

皆がそういうスタイルで働いているので、合わせざるを得ない

幸い、在宅メインではありましたが、これ出社だったら毎日終電コースでしたね。

ホワイト企業で緩々と働いていた自分にとっては、「浅間の鉄球」レベルでの衝撃でした。

 

一旦、その案件は離れることになったので、年始からは気持ちを切り替えて頑張ります。

とにかく色々と苦労が多すぎて、頭の中の整理が追い付いていないですが、

また今年の総括でじっくり振り返ろうと思います。

 

最近、戸〇ヨットスクールの校長がテレビでコメントしている動画を
よくネットで見かけます。

体罰指導で問題になった人ですよね。亡くなった方もいました。

長い時を経て、今なぜか校長の教育方針が支持されている
コメントを見かけます。

「体罰は必要」という考えです。

そうなんでしょうか?

ヨットスクールの件は、亡くなった方がいる時点で
支持の余地はないのですが、そもそも「体罰は必要か?」という点。

私は、必要ない・・・
というか必要ないようにしていかなければならない、と思っています。

この手の話を支持する人の根拠ってたいてい

「昔はみんなそうだった」⇒「それがあって今の自分がある」

「今はそうではない」⇒「結果引きこもりや犯罪者が増えた」

という飛躍した論理で成り立っています。

まず、「昔はみんなそうだった」という論拠。

これは間違い、と言い切ることは難しいですが、
ぜひ「本当にそうだろうか?」という疑問を持つべきです。

時代は変わっているんです。
環境も変われば、文化も社会の成り立ちも、テクノロジーも
変わります。

常に変化していく世の中で、数十年前のやり方をそのまま
右倣えすることが、文明社会として正しいのか?と。

教育の考え方も変わっています。
これは子育てしていても実感します。
自分が子供だった時の親の教育スタイルと、
今自分が親になった時の教育スタイルは全く違います。

次に「体罰をなくした結果今は・・・」という論拠。

これも一緒です。体罰以前に、やはり子供を取り巻く環境は
大きく変わっています。
ので、体罰の有無だけが結果につながっていることはなく、
逆説的に体罰の是非を判断することなどできないのです。

 

よって、私自身は「体罰が必要」だとは全く思いません。

ある程度の叱責は必要です。が、それだけで十分です。
家畜じゃないので、物理的な接触はなくとも、相手にしっかり
伝える術はいくらでもあります。

では、「何が必要か?」ということ。
ここが一番大事なのですが、

とにかく「コミュニケーション」これに尽きます。

親と子、先生と生徒、上司と部下。異なるレイヤーの人間同士が

どれだけコミュニケーションできているか。

コミュニケーションの形は問いません。今はオンラインも多いです。
「対面じゃないと意味ない」という説は支持しません。

相手に投げかけた言葉の数、そして受け取る言葉の数

どれだけ相手のこと考えるか、また考えてもらえるか

その積み重ねで人間関係は構築されます。

親身になってくれた先生のことは今でもよく覚えてますし
衝突もしたけどたくさん接した上司との関係は長続きします。

子育てもそうです。

どれだけ子供が小さいうちに、親が長い時間を過ごしたか。

語りかけたか。

一緒にいろんなものをみて、経験したか。

思い出を作っているか。

 

ヨットスクールの校長は

「体罰がなくなったことで80-50問題を生み出した」

と熱弁していましたが、違います。

人は弱いものです。

心を閉ざしてひきこもることに、体罰は関係ありません。

社会的責任・自覚がない、とかそういう次元の話ではないのです。

 

問題は、そうなったときに誰も救いの手を差し伸べられないこと。

親が子供と膝を突き合わせて向き合えないこと、だと。

 

なぜ向き合えないのか。

親が、子供とのコミュニケーションの仕方がわからないからです。

道を踏み外した子供に、かけてあげる言葉がわらかないのです。

 

だから、大事なんです。

子供のうちからのコミュニケーションが。

 

私は、そう思って息子と接してきました。

二人だけでいろんなところに出かけ、同じものを見て、

経験して、たくさん語り合ってきました。

たぶん、私が親父と生涯でしてきたコミュニケーションの

倍以上、既にいっているかと思いますw

 

おかげで生意気な息子になりました。

親父に何でも言ってくる、ナメたガキになりましたw

 

でも、それが大事なんだと思って、

グッと耐えてます(ほとんど耐えられていない)

 

将来、何か困った時があったときにも、同じように言い合える、

そんな関係を目指して。

 

bye

最近物騒な事件多いですね。

闇バイトなんてのが流行ってます。

これ、けっこう危険な兆候だと思うんですよね。

金欲しさに何でもやるやつって昔からいたと思うんですけど、

そういう連中をブレーンが統率して操る時代

依頼される側は手っ取り早く金入るし

依頼する側は自分たちの手を汚さずに悪事を働ける

win-winな関係が出来上がってしまう。

これは早いとこ対策していかないと、どんどん進行していく気がします。

 

日常のどこに危険が潜んでいるかわからない世の中ですからね。

子供を育てる身としても、非常に不安です。

そう考えると、在宅ワークの普及って、地域の子供たちの安全に一役買ったと思います。

だって、日中に大人がウロウロしているんですからね。

父親が月から金曜、深夜しか帰宅しなかった昔と比べると、ずいぶん安心できるように

なったんじゃないですかね。

そういう意識もあってか(たぶんないですけど)、私は1日に2回くらいはマンションの向かいの

スーパーに行きますからね。

万が一、かわいいわが子の帰宅時間を狙う悪党がいたとしても、

「あー、あの家のオヤジいつも家にいるな・・・」ってちょっと考えそうなものですよね。

そういう意識もあってか、わざわざ目立つ派手なアンダーアーマーの上下ウェアを着て

ウロウロしています。周りを威嚇していくスタイルです。

(単純にかっこいいと思っているだけです、アンダーアーマー)

 

地域の安全を守る、自宅治安警備隊!

オス!

 

bye

どうしようもなく、この上なく最悪な状況が発生して、

もう意味わからん、なんでやねん!!!!

ってなってたら実は夢だった、というオチありませんか?

たとえば、

友達との旅行の日なのに、気づいたら全然違う場所にいる・・・とか

車で出かけてるのに酒飲みまくっちゃって、飲酒不可避?!とか

冷静に考えてみたら起きうるはずもなく、夢だったってオチ

 

それに近いことが現実に起きた話w

 

さかのぼること、先週の土曜日。
私は日々のストレスや苦労から解放されたいと願い、ソロキャンプに出掛ける予定でした。
自然の中で、デジタルから解放されて、無になってリセットする、という目的です。

キャンプはここ4年間ほどで何回もやっていきていて、しかもファミキャンという難易度高め
(子供の面倒みながらなので大変)の経験がほとんどなので、ソロなんて余裕じゃん、と。

土曜の朝は長男が合宿に出掛ける日だったので、お見送りもしてからの出発、
なんだけど午前中は高速が大渋滞するので、午後に出発すればいいかなー、と。

雨が降りそうな予報だったけど、タープの下にテントはって、荷物も最小限にして、
まぁ一人だし設営も何とかなるだろう、と。

この辺からすでに暗雲立ち込めていました。

さて、子供も無事見送って、家の掃除したり洗濯したり、呑気に過ごしていた私。
気づけば14時を回っており、「そろそろやばいかな・・」と出発。
ちょっと忘れ物をしたり、昼飯用にパンを買ったりして、何だかんだ14時半。

だいたい2hくらいかかる想定だったので、まぁ16:30くらいにつけばいいか、と。
ゆるゆると簡易設営をして、暗くなるころに焚火でもしようかな、なんて。

車を走らすこと15分。

・・・・進まない。

河川敷がいつもより混んでる。

ランニングで30分くらいで行けるところまで、車で30分かかる。

そして地獄はその先にあった・・・

 

絶望ポイント①

環八大渋滞

 

そうだ、この環八があるから、日中は車で埼玉・練馬方面には行けないんだった。

高速渋滞を回避する算段はしていたのに、首都圏最凶のボトルネック、環八を忘れていた

 

環八を北上していった先の練馬ICから関越に乗るのだが、
環八が全く進まず、時刻はもう16:30を回っていた

そう、到着予定時刻である。
そして関越には一向にたどり着かない

このあたりから絶望のムードが漂う

ようやく練馬ICについたころには、もう17時を過ぎていた。
あたりは暗くなり始めていた

キャンプ場につくのは何時だろう・・買い出し何もしていない・・
よくよく調べたら、受付18時までになっている・・・

キャンプ場ついても入れないんじゃね?

という不安を胸に、到着したのは18:30。

当然クローズしている受付には「緊急連絡先」があり、そこに電話してみると、
なんと快く受付をしてくれた。無事チェックイン。

周りは焚火を囲んでご飯を食べながら談笑している中、
真っ暗闇での設営が始まるw

まずは簡易テントを立てる。これはものの5分で完了。

その上にタープを張る。

タープを・・・・・

あれ、ポールを固定するためのロープが・・・・ない・・・・

 

絶望ポイント②:

タープを立てられない

 

ポールを固定できないとタープは自立しない。
いつも一緒にしまっていたはずのタープセットの中になぜか固定用のロープがない

おそらく、前回のキャンプの撤収時にバタバタしていて、別のところにしまったのか・・・

タープが立てられないと、野ざらしで丸見え、椅子もテーブルも出せない

終わった・・・

これじゃキャンプにならない・・・

 

わかった、もうチルなキャンプはあきらめよう。
この小さいテントの中で、ミニテーブルでお酒でも飲んで、マットに布団にひいて
超簡易キャンプ(野宿?)でいいじゃない

今回はただ独りで自然に溶け込みたかった、そういう意味では目的は半分達成しているようなもの。

そう自分に言い聞かせて、ご飯とお酒を買いに近所のコンビニへ。

買い物を済ませてコンビニから出ると、雨がパラパラ・・・

タープもないし、もうこりゃテントから出られないな、とため息をつきながら
キャンプ場へ戻る。

雨が少し強くなってきている

そそくさと狭いテントに入っていき、コンビニ弁当を食べ始める。

なんかひもじいな・・・という気持ちを抑え、これはこれでありかな、なんて無理やり言い聞かせ。

 

あれ、何か冷たいな・・・

 

げ、雨漏りしてる・・・?!

 

絶望ポイント③

突然の豪雨

 

簡易テントは軽い雨ならしのげるものの、ちゃんとしたキャンプ用テントではないため
豪雨には耐えられない。

おまけに風も強くなってきて、テントごと飛ばされそうに・・

びしょびしょになりながらペグダウンして、何とかテントに戻り
冷静になる。

あれ、これもう帰ったほうがいいんじゃないか・・・・

テントでは寝られないし、キャンプもできない。外は豪雨。

俺ここにいる必要ある?

 

あ、酒飲んじゃった

 

絶望ポイント④

帰れない

 

コンビニ行ったときはまだよかった
テントに戻った時もまだよかった
その時にもうビールは飲み始めていた

そもそも今回、天気予報では降水確率50%、降水量は2mm程度だった

なんとかなるはずだった

しかし現実は豪雨。降水量は6mmを超えている

テントは雨漏り、車は出せない

 

どうする?!

 

どうするの俺!!!

 

仕方なくテントは放置して、布団と枕をもって車に避難。

なんと、家から4hもかけてきた山奥のキャンプ場で、なぜか車中泊をすることに

 

何してんだろう・・・

 

もう死にたい・・・・

 

夢であってくれ、と願った

こんな不幸が重なるのって、夢くらいでしょ

 

でもそれは現実だった

実際に起きた出来事だった

 

結局、車の中でビールを無理やり飲み、少し酒も回った状態で21時半に就寝。
予想以上に気温も下がり、夜中に寒くて何度も目が覚めたが、チェックアウトの08:30まで
ひたすら二度寝をして耐え凌いだのだった・・・・

 

教訓。

まず、日中に環八は通らない。

そして、ソロキャンであっても午後出発はNG。

さらに、大事なギアは出発前に必ずチェックする。ロープ1本でも見落としてはならない。

最後に・・・

 

無理に決行しない

 

引き返せるうちに、引き返そう

 

 

bye