「いいとよ」とは博多弁で、

標準語なら「いいのよ」や「いいから」と言い換えることができるでしょうか。

(私もネイティブの博多弁ではないので、自信ないですが)

そういう意味のことばです。

 

 

下の子が小学校一年生から通っていた「ことばの教室」の話です。

「ことばの教室」は、言語聴覚士の先生から人とのやりとりを丁寧に教えてもらえる場所です。

一対一ですので、その子に合わせてゆっくり、1時間ほど過ごします。

学校ではなく民間の療育機関で、月に二回電車で行っていました。

家からちょっと遠くにあるのです。

 

ことばの日は、まず朝「ことばの教室」に行ってから学校に登校します。

四時間目くらいに着きます。

 

 

一年生の夏休みがあけて、9月から通い出したのですが、初日次男は落ち着きませんでした。

新しいことは苦手だからです。

でもそれにプラスして、どうも落ち着きがありません。

私に何度も「遅れてごめんなさいって言うけん」と言っていました。

私は意味がよくわかりませんでした。

 

 

ことばの教室初日、学校から帰ってきた次男が

「オレが遅れてごめんなさいっていったら、◯◯さんが、いいとよいいとよって」

と言いました。

 

 

私はますます??だったのですが、

本人に無理に聞いても返ってこないので、連絡帳にそのまま書きました。

すると交流クラスの担任の先生からお返事がありました。

 

 

交流クラスでは、休み時間が終わって、授業時間なのに教室に遅れて入ってきたら、

みんなの前で「遅れてごめんなさい」と言うきまりがあるとのことでした。

 

次男はことばの教室が終わってから学校に行くことを、遅れて入ってしまうと考えていたようで、とても気にしていたんですね。

 

なので交流の先生が「君は別のところで勉強しているから、言わなくていいよ」と伝えてくださり、次男は安心したようでした。

 

 

子どもが気にするポイントは、大人にとっては些細なことのように感じますが、本人にとっては一大事なのですね~。

 

いいタイミングで伝えていただいたのも嬉しかったですし、

「いいとよ、いいとよ」と言ってくれるお友だちもいることもわかり嬉しかったです。

 

 

 

 

最近悩むことがあったのですが、この次男のエピソードを思い出し

私も自分に「いいとよ いいとよ」と言ってあげよ〜🎵と思いました。

 

いつも心の中で「そんなんじゃダメよ」(そんなことではダメよ)と言ってくる声があることに気づきました。

これはインナーマザーということなのかもしれません。

だから「いいとよいいとよ」と自分へ。

いつかの次男のお友達のように。

何でもかんでも否定しなくていいよ、

いいとよ、と。

 

 

 

テレビで「いいとよさん」というお名前の俳優さんがいると知り

「おお〜!」と嬉しくなりました。

お綺麗な方なのでなおさら✨

 

 

 

 

ちなみに「いいから いいから」という癒される絵本があります。

もしタイトルを博多弁で言うとしたら「いいとよ いいとよ」となりますでしょうか。

「よかよか」とも言ったりしますね〜😊

 

 

 

長年なぜ自分はそう反応するのかなあ〜?と思っているものがあった。

 

 

夜、寝る前、家族がそれぞれの部屋に行く時に

「じゃあ、寝るけ〜ん、おやすみ」と言うセリフ。

 

いつも「いや〜ん、さびしい」という気持ちに襲われていた。

それは無意識に思っていたものだったが、

最近私いつもこの時間にはると「寂しい」って思ってて、

落ち着きがなくなってるなあ……と気づいた。

 

 

イライラというか、

モヤモヤというか、

「そんなこと言わないでよー」

「行かないでよー!」と思っていた。

 

 

 

なんか変だなあ〜

と、ちょっと考えてみた。

 

 

すると、幼い頃の思い出が。

 

 

私は3人兄弟だが、

私だけ祖母と1階で寝て、

他の家族(両親と弟妹)は2階で寝ていた。

 

いつからそうなったのか、

いつまで祖母と一緒だったのかわからない。

 

が、何年間かは祖母と2人で寝ていた、はず。

 

 

夜、寝る時間になったら

みんなと離れ離れになる……

 

 

あ〜その時の気持ちがいまだにリアルに感じられて、

繰り返させれているのだ〜〜と気づいた。

 

 

 

 

夫が「じゃあ自分の部屋に行くけん」というのが一番寂しく感じていた。

 

 

でも、実際に夫と一緒に寝ても、

お互い温度や音などで感じ方の違いがあるので、

それぞれで寝た方がストレスが少ないことはわかっている。

(私は音に敏感、そして暑がりなの。更年期前から)

 

無理して一緒に寝たいわけでもないが、

何か言われることに対して、あの頃の私が反応しているんだ!と気づいた。

 

 

 

それは夫や私の子どもには関係ないことだ。

と気づいたので。

 

 

夫に、こうこうこういった私の過去があり、

それで寂しいと1人で感じてしまっていた。

これはあなたには責任も関係もないことなんだけれど、

あなたが「こう」してくれると、私の傷は癒されるだろうから、

もし良かったらお願いしたいことがあるの。

 

 

と、言ってみた。

 

 

「こうして欲しい」とは、

寝る前に「じゃあ寝るね」というだけでなく、

「一緒に来る?!」と言って欲しい、というもの。

 

今の私は実際に一緒には行かなくていいんだけれど、

そう言って欲しかった、という気持ちがずっと残っていて

「でも、言っちゃダメだ」「我慢しないと」と思っていた小さい頃の私が残っていて。

その子に聞かせてあげたいって思ったから。

 

 

こんな変なお願いを夫は聞いてくれて

毎日追加して言ってくれる。

はたからみたら、変な会話?!に見えるが

言われるとびっくりするくらい、自分の中で「嬉しいー!!」と感じていることに気づく。

 

 

 

いつか、このセリフが必要なくなる時がくるだろう。

が、今はたっぷりバケツに水を入れてもらっている最中。

しばらく甘えさせてもらおうと思う。

 

 

 

まるでドラマのように、人生の伏線の回収をしていっている最中のようだ。

 

 

悲劇の確認だけじゃなく、

伏線の回収も楽しんでいこう🎵

 

 

 

まだまだたくさんネタ(苦手はもの)はあるように思えるから。

 

 

 

 

先日失敗した💦お話をご紹介。

 

 

映画「スーパーマリオブラザーズ」を4DX 3Dで観ました!

 

ファミコンのマリオブラザーズからゲームをやっていた身としては、

この4DX3Dは「すごい!自分がマリオになったみたい!!まるでゲームの世界で自分がジャンプなどやっているみたい!!」と大感激で、確実に魂が感動している✨✨とわかりました。

 

 

夫も私と同じくらいの歳なので、同じくらいのマリオ歴があるでしょうし、

子どもたちはDSやWiiでマリオをしていたので、

「絶対にみんな映画を見て欲しい!!」

と目がメラメラしていました。

 

 

そこで、家族ラインに観に行ったことを書いたり、

家に帰ってきた家族たちに「おすすめ!!絶対に観に行ったほうがいいよ!」と言ったりしたのです。

 

 

が、こちらの熱量が大きいほど、相手には伝わらないという法則がありますよね💦

 

 

家族の反応はいまいち。。

 

 

でも、私は雷に打たれたくらいの衝撃で

これはもう死ぬまでに絶対経験した方がいい!クラスのおすすめだったので

「なんで反応が良くないのー!」と激怒してしまいました。

 

 

これは、更年期の不安定さから来るものだったかもしれないのですが

私のイライラが収まらず。

 

 

 

4DXの劇場は、荷物の持ち込みが出来ず(安全確保のため)入る前にロッカーに荷物を入れないといけなかったり、

座席に番号が書いていないということで、しっかり自分で確認してから入ってください、と言われたので

「これは次男は1人では観に行けないな」と思い、

夫が一緒に行ってくれる時(もしくは私が一緒に行ける日)がいいと考えて、

仕事から帰宅した次男に、いきなり「◯日にお父さんと一緒にマリオ観に行ったら」と言いました。(というか、言ってしまいました)

 

すると、次男もムカっとして「は、なんでその日に行かないといけんと?!」となり。

 

 

「マリオの映画観に行かん!」

 

 

となってしまいました。

 

 

 

そこで私は、自分が「死ぬまでにあれもこれもしないと!」という気持ちが普通の人よりも強すぎて、自分がする事に対してはそれでいいけれど、人には強要できないよなあ……

という気づきを得ました。

1人で焦ってしまっていたのですね💦

 

 

あと、次男は人から決められることが大嫌い。

自分で決めていきたいのです。

それを、私がコントロールするような言い方だったので、それがいけなかったな……と、後で反省。

 

 

 

 

「◯日に」と言っていた日は、

実は次男は自分で「コレをしよう」と決めていた日だったと、当日になって知り、

あ〜割り込むような形だったし、

次男も変更がきかない特性もあるので、それは急に言われたら嫌だっただろうな〜と思いました。

 

 

なので「今日は用事があったんやね、知らんでマリオの映画を見に行きって言ってゴメンね」と、

優しくは言えなかったのですが、ぶっきらぼうに伝えることができました。

 

 

すると次男は「うん」と言ってニコッとして、出かけて行きました。

 

 

 

 

ついつい、小さい頃のように「ああしたら」「こうしたら」と言っってしまう時があり、

そう言わないように日頃は気をつけているのですが、

マリオの映画ではダメでしたね〜😅

 

 

 

それくらい、マリオの映画の4DX3Dは、超オススメ!!!!

ということで。

 

 

 

……もう一回観に行こう🎵

 

 

 

 

貰ったシール、

クッパでしたが、スターをアップで。

 

 

 

 

夫の会社の先輩が先日がんで亡くなった。

2年前に異動した夫は、20年ぶりに先輩に再会したが、

その時すでにがんになられていて、闘病しながら勤務されていた。

 

2年前は私もまだがんではなかったので、先輩のことを聞いた時はちょっとショックだった。

20年前からお元気そうなイメージがあったし、夫よりちょっと年上、とお若い年齢だったから。

 

 

その後、私もがんになり、勝手に「がん友達」と思っていた。

友達といっても、病気の部分や進行具合など違うが、

「がんと診断された」ということが同じで、

自分だけではないんだな、と思える人がいる、

それがちょっとだけ心に力をくれていた。

ひとりじゃない、という気持ちは大事だと思う。

だから有名人の方が診断されたら発表されるのだと思う。

他人のことで自分の病気の状態がどうこうするわけではないのだが、

ひとりじゃない、と、言ってくれる存在はありがたい。

 

 

 

私は先輩がどのように過ごされているかは全く知らないので、この度は突然のお知らせとなったが、

きっと周りの人からみれば、ゆっくりとお別れの時間はあったのだと思う。

私の父ががんで亡くなったときがそうだった。

段々と変わっていく姿はつらいけれど。

 

 

「死ぬことは悪いことではないと思うよ」

そう夫に言った。

グリーフケアの本でも、このことは書かれている。

残された家族が強く思うのだそうだ。

何かの罰を受けたような気分になってしまうらしい。

全く関係ないのだが。

 

 

 

先輩はしっかり最後までご自分の人生を生き抜かれた。

闘病中は大変なこともあったでしょうがお疲れ様でした、という気持ちでいっぱい。

 

私の父や母、祖父母など……

先にあちらの世界へ帰った人たちを思うと

それぞれの人生、もがきながら頑張った姿を見せてもらいましたよ、

本当にお疲れ様でした、と思う。

 

 

 

 

がんは、孤独だよなあ〜と思うことがある。

一人一人違うから。

(病気そのものが、そういうものだが)

 

 

 

同じ乳がんと聞いても、

病気の進行具合や治療方法は違って、人それぞれの道を歩くのだから、

「同じ病気だから嬉しい」じゃなくて

「同じ病気と診断されてそれぞれの道を進んでいる人がいる、その存在に気づけて良かった、私もなんとかここで生きてるもんね」とその都度確認をする感じ。

 

 

 

これは、私の子どもの障がいについても、同じことが言えると思っている。

 

 

例えば障がいといっても、色々な種類があるし、

子どものように自閉症と言っても100人いれば100通り。

全く同じ人などいない。

さらに、成長していく、その先も無限大の可能性が待っていて、こんな感じの子はこう成長するとはっきり言えない。(なので子どもが小さいうちは、ふんわり、良い方向に進めばなあ〜と思うくらいが丁度いい、と思う。)

 

 

 

がんの本を読めば読むほど、

子どもの障がいがわかった時の気持ちと、それを馴染ませていく心の過程が

がんと診断された時の気持ちと同じだなあ〜と思う。

 

 

私が子どもの障がいがわかった時に心の支えとして読んでいた本

『発達に遅れのある子の親になる②』海津敦子著

の、はじめに、に書かれている文は、がんと診断された今、また読むと心に染みる。

 

人はだれしも人生の中で、どんなに衝撃を受けても、運命として受け入れざるを得ない事実に突き当たることがあります。

その事実が、自分の価値観や思い描いていた人生とずれる度合いが大きいほど、気持ちは揺さぶられます。

運命だと受け入れられるようになるまで、かなりの葛藤を要します。

それは心の強さ、弱さとは無関係です。

自分が予測したこともない現実を、人生に取り込んで、歩んでいくには時間が必要です。

我が子に発達の遅れや偏りがあった、という事実もまた、ありのままを受け入れ生きていくしかないのです。

どの親もショックから始まり、たくさんの不安・悲しみ・怒り・妬み・そして自己嫌悪、孤独…ドロドロとした気持ちと戦うことになります。

我が子とともに歩む人生には、もちろん嬉しいこともありますが、始まりは、どちらかといえばつらく感じることのほうが多いものです。

けれど、そんな行き場のない心の叫びを自分に正直になって、誰かに吐き出すことを繰り返し、「発達に遅れのある我が子は、決して親の人生の邪魔をする存在ではない」と実感を持てるようになれば、多くの親はだんだんと気持ちを整理できていきます。

葛藤のさなか、周囲に目をやれば、誰もが人生のどこかで、自分の中に潜む偏見や差別、頑なな価値観、囚われすぎている常識を、見つめなおさなければならない時が、必ずあることに気がつきます。

それゆえに苦しむときが、誰にでもあるのです。

ひとりひとりの違いを認め、心の「壁」を広げる戦いに臨むのが70代になってからの人もいます。

40代、10代のときにその戦いを迫られることもあります。

遅れのある子の親になったことは、自分に今、その瞬間がめぐってきただけで、決して特別なことではありません。

 

 

(最近漫画で海津敦子さんの本が参考文献にされたそうで。

私もすごくおすすめの本でもある。)

 

 

 

がんは、わりと人生に影響するから、全くこの文がそのまま引用出来るとはいえないけれど、

「人はだれしも人生の中で、どんなに衝撃を受けても、運命として受け入れざるを得ない事実に突き当たることがある」や

「自分の中に潜む偏見や差別、頑なな価値観、囚われすぎている常識を、見つめなおす時がある」

という部分は、再び読んで勇気をもらえる。

「がんは人生を邪魔するものではない」と言い換えることができるならいいな〜とも思う。

 

 

ちなみに私が自閉症の子を育てて学んだことは……

 

・自閉症のような発達のグラデーションは誰も持っていて、濃い、薄いというだけで、みんな一緒!

・特別支援の世界にいる人は優しくて穏やかな人が多い(そうじゃない人もいるけど)

・見通しを立たせることが大事

・「こうであるべき」と思っていると、そうで無くなった場合、心は傷つく(だから、決めつけない。多くの選択肢を心に持っておく)

・私が子どもに教えていなことを、子どもが知っていることがあるということが子育ての醍醐味(本当の面白さ)

・障がい者とは、助けのいる人のこと。誰もが人から助けられて生きているのだから、みんな障がい者♡(もしくは障がい者とわざわざ言わなくていいんじゃない?)

 

 

 

検査を受けて結果を待つ時。

すごくドキドキする。

「異常はありません」という未来と

「異常が見つかりました」という未来がある。

 

何もない方がいいけれど、そう思って何か異常が見つかると二重に心が傷つくので、

「色々な結果があるよなあ〜」とそこで考えるのをストップ。

それから、結果を聞く日まで、もう全く違うことを考える!

流れを掴んでいけるよう、今この考え方(必要以上に心配にならない)の練習中だけれど、

子育てから学んだことなので、せっかくだからやっていければ〜と思う。

 

 

 

 

数ヶ月前、がんのママ(若いお母さんが多かった)の集いというものに参加してお医者さんのミニ講演会を聞いた。

「主治医とコミュニケーションを取る患者力を上げよう」といったような内容のお話だったので

「これは!」と思い聞きに行った。

 

 

定期通院の診察は、数分で終わるようにと、つい自分を引っ込めてしまいがちだが、

「自分を知ってもらうための情報はぜひ主治医に伝えてください」と言われていた。

雑談ではなく、ポイントを押さえた話をする……

これは、今まで子どもの申請等で役所やお医者さんと話してきた経験があるから、出来るかも!と思えた。

 

また「ステージ4から回復された方の本には良いヒントがある。だから本を読んでみたらどうでしょう」

と言われていた。

なるほど〜と思い、闘病記を読むようにしてみた。

本屋さんや図書館、あちこちウロウロ……

 

 

そして出会ったこちらの漫画。

 

『がんの記事を書いてきた私が乳がんに?!育児があるのにがんもきた』

藍原育子(原作) 内野こめこ(マンガ)

がんは「悪いところを切って終わり」という病気ではありません。

手術という大きな山を超えた後にも、入院中に衰えた気力や体力、痛みを抱えながら「治療」という新たな柱を抱えて生きていかなければなりません。(中略)がんになったのは、あなたに落ち度があったからではありません。がんはある日突然あなたの人生に訪れる嵐のようなものです。いま嵐の真っ只中にいる人が、少しでも穏やかな場所で心を休めることができますように。心の専門家の温かいアドバイスを胸に、前を向いて歩いていけますように」

 

お子さんへの、がんの説明の仕方がとても参考になった!

ライターとして、どこか一歩離れた場所にいたけれど、いざ当事者になってみると、どう変化したか……

自分の気持ちをそのまま書いてもらえて、自分もそうだ、と安心できる人もいると思う。

生き続ける(サバイバー)仲間の物語、という感じ。

 

 

また、こちらの本、

『がんになった人だけが知っている人生で大切なこと』

坂下千瑞子(著) 横濱マリア(漫画)

 

がんになっても人生は続いていきます。

がんになってからの人生をよりよく生きることがとても重要だと思います。(中略)

「がん患者はかわいそうだ」と思われることがよくあります。

しかし私は「かわいそう」ではなく、彼らの病気と向き合う勇気を讃えて「すごいね!」と称賛の声を贈りたいと思っています。「がんになっても明るく生きていい!」こんな社会になってくれたらいいなと。

 

お医者さんである坂下さんががんになり、その経験が漫画になっています。

テレビで見かけた「RFL」(リレーフォーライフ)という活動に参加され、そこで出会った色々ながんの患者さんの体験談もあり、こちらもおすすめの一冊。

「おわりに」が一番好きな文章です。

 

 

 

 

 

また、

『明るく前向きになれる乳がんのお話』

南雲吉則(著)

タイトルに惹かれて手に取りました。

お医者さんである南雲さんの、乳がんの解説の本です。

医学的な解説もわかりやすく、淡々とされているのがいいです。

やっぱり、「手術後、どう生きていくか」を教えてもらえる本です。

 

 

 

 

 

 

読めば読むほど、障がいについての考え方と似ていることに気づきます。

 

子どもの障がいを告知され、その後どうやって生きていくのか……!

 

がんと診断され、その後どうやって生きていくのか!

 

 

まだまだ模索中!

 

 

 

識子さんの本にあるように、5月5日の今日、

菖蒲湯に入りました。

 

 

花屋さんで菖蒲が売ってあったので(➕よもぎ)そちらを購入。

この辺りはよもぎも入れる地域?!のようです。

 

 

 

おかげさまで、しっかり浄化できました!

(家族も!)

 

 

お風呂に入る前、午後に出かけたのですが、電車で

菖蒲がネギのようにバックからちらっと見えている人を発見して

「菖蒲湯仲間だ〜☺️」と嬉しくなりました🎵

 

 

 

 

 

大阪城に行きました!

 

お城めぐりはそこまで趣味というほどではありませんが、

機会があれば時は行くようにしています。

(今まで行ったことがあるのは名古屋城や姫路城、小倉城、福岡城跡、名護屋城跡くらいですが)

 

 

豊臣秀吉さんのゆかりの場所へ行ってみたい!と

神社のお参りの後、大阪城へ行きました。

 

大阪は鉄道が発展しているのでとっても快適に移動できるので嬉しいです。

地下鉄でも、JRでも、◯◯線とたくさんあって、乗り換えがスムーズで。

都会はいいですね〜

 

 

 

大阪城は広いので、

どの道を歩くと決めていないとやばいだろう、と察知しました。

ネットで色々と公開してくれている方がいるので参考にして、

大手門から入って、天守閣に行き、極楽橋を通って帰るルートにしました。

 

 

 

谷町四丁目駅から、

お城の方に歩いていて、

見えてくる景色のスケールが半端ない😆と思いました。

すごすぎる!この大きさ、広さ!!

圧倒されました。

 

 

 

観光客がたくさんです!

それもほぼ外国からのお客さん!

マスクをしているのは日本人だという印です。

ほとんどの人がマスクを外していました!

 

 

 

 

 

 

お店の人も英語で対応されていて、

「日本にいてもこうやって外国の人と接することができるのは良いなあ〜」と思いました。

 

コロナ禍前の大阪城を知りませんが、

人出は結構戻ってきているのでは!と思いました。

 

 

 

というのも、天守閣に入るのにチケット購入の列が長くて。

時間はたっぷりあるから〜と、並んでいたら、券売機まで30分かかりました。

さすが大阪、です。

 

 

私の周りはほぼ外国の方。

(なぜなら、マスクしているのは私だけだったから😅

でも、感染したら嫌だから……とマスクはしていました)

 

 

券売機の最初の画面が日本語で、

他の国の人は、右上にある「英語」「フランス語」「中国語」などなどのボタンを押せば

自分のわかる言語になるのでしょうが、

そのボタンが結構小さくて、意味がわからないみたいで、

日本語のまま画面が進み、

????となっている人を2、3組見かけました。

途方にくれているので、「もとにもどる」ボタンを押してあげましたが、

これも日本語だからわからないよなあ……

もうちょっと大きくてわかりやすい画面だったらなあ、と思ったりしました。

(それで列が長くなっているところもあるのかも)

 

 

 

中に入ると、5階までエレベーターで行けます。

そこから階段で7階、8階と登ります。

 

 

 

お城の一番上は風がビュービューで、夏はいいだろうなあ〜と思います。

 

 

 

天守閣から降りてきて

1時間ほど広場で休憩しました。

いいお天気でよかったです。

(夏日になるという天気予報でしたが、少し曇り空だったのであまり照らされずにすみました)

 

 

 

 

 

 

 

極楽橋から

 

 

 

青屋門のところで、結婚式の前撮り?!をしている人達が。

 

2人とも外国の方のようでした。

 

 

このカップルとすれ違う時、

いかにも関西のおじちゃんたち5人組が私の周りにいて、

「おー綺麗やな〜〜おめでとう!」と言ってみんな拍手しました。

私もおじちゃん達と立ち止まって一緒に拍手しました!

 

こういう時、何か声をかけたいけれど、恥ずかしくって出来ない‥と思っていたので

おじちゃんのおかげで拍手できたし、

さらっと「キレイですね!おめでとうございます!」でいいんだ!!

とわかりました。

花嫁さんは「アリガトウ」と言っていました。

 

 

良い思い出ができました〜

 

 

大阪城良いですね〜

さすが豊臣秀吉さんのゆかりの地。

 

 

いつかまた豊国神社(京都)に行きたいなあ〜!と思いました。

 

 

 

(ひとまず、福岡に帰ったら光雲神社に報告に行こう!!)

 

 

 

 

大阪へ行きました!

ミュージカルを観に行くためです!

(福岡には来ない作品だったのです)

 

 

最初は日帰りを予定していました。

が、筥崎宮の蚤の市で住吉大社のネコを購入したり

コメントをいただいたりしていると、

「やっぱり泊まりでゆっくり行ってみたい」と思えてきて、

識子さんの本で大阪の神社仏閣を調べ、

よし!行こう!と決心できました。

 

 

今回の旅で出会った縁起物はこちらです。

 

 

 

識子さんの教えてくださったもの

 

住吉大社の楠珺社の宝船

カレンダーで見て、大きいサイズを想像していましたが、違いました!

小さい方がより可愛く見えます😊

 

 

 

坐摩神社(いかすり)の絵馬

 

 

 

 

そしてここからは、住吉大社で見かけて

「縁起物かどうか、わからないけれど、可愛いからぜひ家に〜」と思ったものです。

 

 

戌年 金もち犬

 

 

 

 

 

辰年

 

あの楠珺社の船に似てるな〜と。

横から見ると、目が優しいです。

 

 

 

巳年

 

帽子みたいなのが可愛いです。

 

 

 

 

 

我が家の縁起物コーナーが、また賑やかになりました。

 

こうして改めて見ると

後醍醐天皇の土鈴、やっぱり存在感あるなあ〜と思います。

 

(宝船、後醍醐天皇より大きいに違いない!と思っていたのです)

 

 

 

 

ちなみに今回行った神社は

生國魂神社

坐摩神社

住吉大社

です。

 

 

写真など撮るなどしましたが

「ブログに紹介してもいいですか?」と聞くのを忘れました💦

なのでそれぞれの感想を記します。

 

 

生國魂神社では、祈祷を見せていただきました。

笛の演奏付きの巫女さんが、祈祷者さんの目の前で舞を奉納されていて素晴らしかったです。

(そして一般の人も近くで見ることができるのです!)

佐賀の祐徳稲荷神社から来られているお社があるとのこと、私も行ってみたいなあ!と思いお参りしました。

手水舎がとっても綺麗で立派でした。新しくなったんだろうなあと思いました。

 

 

 

坐摩神社の絵馬を飾っているところで見た、

卯年用の絵馬も可愛かったです。

(うさぎが立って、神楽鈴を持っているのです)

 

 

 

住吉大社は、狛犬がとっても大きくて入り口から感動です。

お参りの順番をしっかり予習して行きました。

楠珺社の後ろもお参りしました。

可愛い前垂れの狐さんに会えました。

あ〜無事に来れたんだなあ〜と嬉しかったです。

おもと社は、識子さんが本でお参りの仕方を教えてくださったから中に入ることができました!

知らなければ私も外から(横向きで)お参りしていたと思います。

(知らなければ中に入るのは勇気?!がいると思いました)

住吉さんの神使はうさぎと説明書きが。撫でていいうさぎもありました。

 

 

 

それぞれの神社はやっぱり素晴らしかったです。

 

 

思い切って泊まりで良かった!

と思いました。

 

おかげさまで縁起物が増えました☺️

 

 

 

今年1月の外科の定期通院で

ホットフラッシュが夜中にも出るので眠れない、と言ったら

「漢方薬、飲みますか?」と処方してもらえるようになった。

 

「まずはお試しで1ヶ月分出しますね」

と言われて、飲み始めた。

 

 

Facebookでそのことをつぶやくと、

漢方薬の先輩がいたようで

「じんわり効きますから。焦らず〜」

「僕は膝痛を漢方で治しています。効く薬を見つけるまでが大変ですが。」

とアドバイスをもらった。

 

 

 

人生初の漢方薬なので、どんな感じだろう?と

自分の体の反応もちょっと楽しみで飲み始めた。

 

 

漢方薬といえば、漫画『あたしンチ』のお父さん。

よく漢方薬もらってきてチャレンジして……を繰り返していた。

薬は匂いすごくて、飲むのが大変、というイメージがある。

 

 

 

実際初めて飲んだ時、あの匂いは!!!と目が覚める感じだった。

「草?!」「肥料?!」と衝撃だった。

 

 

舌に付くと苦味が…

(匂いもより強く感じる)

 

 

だから、なるべく舌につかないように

上手に水を口の中で用意して、

一気に飲むように…

と、1ヶ月飲むうちにコツもわかってきた。

 

 

匂いも慣れてきて、逆に良い匂いと思える日も。

体に合ってきているのかな?

 

 

 

肝心の症状は、消えたかどうか最初はあまりピンとはこなかった。

だから、漢方薬を飲みつつ、睡眠薬も飲んでいた。

(夜中に暑くて目が覚めるのは続いていたから)

 

 

1ヶ月経つ頃「そういえば睡眠薬を飲まなくても眠れているかも」

と気づいた。

 

ホットフラッシュも少々緩和されているような。

 

何より、気持ちがゆったりとしているなあ〜と感じることが多くなった。

 

 

 

もらった漢方薬を全て飲み終えて(1ヶ月分)

2日後くらいに産婦人科で子宮体がん等の検査に行った。

 

 

 

その時の問診で、飲んでいる薬の話の時に

漢方薬もお試しで1ヶ月飲んでいた、もう無くなりました、

と言ったら「じゃあお出ししましょうか?」と言われた。

「あ、外科で出してもらえるので大丈夫です」と私は答えた。

 

 

その時は、飲み終わってすぐで、

まだ漢方薬が体に残っているような状態だったから、深く考えていなかったが。

 

 

それから10日経ち、強烈に暑さが戻ってきた。

 

「あー!漢方薬、効いてたんだ〜!!!」

とわかった。

 

 

 

それから、約2ヶ月間。

ホットフラッシュの状態は以前の状態に戻り

夜も眠れない(正確にいうと、寝入りは良いが夜中1時2時頃に暑くて目が覚めて、1、2時間ほどそのまま過ごし、朝方ウトウトして……家族が起きる時間に目が覚める、という流れ。睡眠時間が少ない)

ので、睡眠薬をずっと飲んでいたが、貰ったものも全て無くなった。

 

 

もしかしたら薬がなくても眠れるのでは、

と寝るが、やっぱり夜中に暑くて目が覚める。

睡眠時間が少ない……

を2週間くらい続けて。

 

(ちなみにパジャマは半袖。見てる方が寒い!と家族に言われるが、こっちは暑いの!)

 

 

 

今日。

外科ではない方の科の定期通院だったので、

「ホットフラッシュがキツくて、夜眠れません。

漢方薬をお試しで1ヶ月出してもらったら、飲み終わったくらいに効いていたことに気づいたので

次の外科の診察では絶対にもらおうとと思っているんです!

睡眠薬ももう無くなりましたし……10日後なんですが……」と言うと

「漢方とかだったら自分でも出せるから、次の外科の診察までのつなぎで出しましょうか?ホルモン剤は出せないけど!」

と先生に言ってもらえたので

「え、良いんですか!!ぜひお願いします〜〜🙏」とお願いした。

 

 

私も、外科にこだわらず、

あの時産婦人科で貰えば良かったんだ〜💦とずっと後悔していたので

この先生の言葉はすっごく嬉しかった!

先生が神様に見えた✨✨

 

 

(まあ、漢方薬を1ヶ月だけ飲み、その後の体の反応をしっかり体験できたから、

これはこれで良かったのだと思う。)

 

 

 

お医者さんに優しくしてもらうと、嬉しいな〜☺️

ありがとうございます〜

 

 

 

 

 

なので今日から漢方薬デビュー🌟

 

今までは、薬は1日一回だから楽だったけれど(それでも飲み忘れることもあったが💦)

漢方薬は、三食、食事の30分前に飲むので、プラス3回増える。

 

食事の前に、まず漢方薬を飲むという行為が、

「自分のお世話をしてあげている」ような気持ちになって、私的には嬉しい気持ちになる。

お昼ご飯の時は飲み忘れることが多い(外食する時は絶対)が、できる範囲で飲んでいければ〜と思う。

 

 

 

 

家に帰って早速、漢方薬を飲んだ。

匂いがやっぱり苦手かな?と思っていたけれど、

匂いを鼻が覚えていたようで、そこまでイヤではなかったし、

なにより体が漢方薬を欲していたらしく違和感なく飲めた!!

 

良かった♫

 

 

子ども達がもう学校に通わなくなって何年も経ちます。

あの頃は楽しかったな〜と思います。

 

毎年必ず先生がいて、

支援学級に在籍すると、交流学級の担任もいるので関わってくれる人が2人。

ありがたいことです。

 

ただ、公立学校あるあるで、

私の子どもは支援学級の担任の先生が毎年代わりました。

が、「子どもの事を知ってくれる先生が増える!」

と思ってたくさんの先生と出会えることを楽しみました。

 

 

大人になると、関わってくれる人が少なくなります。

意識して「良い出会い」を作ることが必要になります。

だから、色々なつながりは大事ですね。

 

 

「それが負担です!」と言われたことがあるのですが、

そこは個人の判断、

自分の思った通りでいいと思います。

 

 

私は子どもに良い出会いをたくさんしてもらいたい、そう思って

毎年今くらいの時期に準備して、

新学期になったら、新しい担任の先生に渡していたものがあります。

 

それをご紹介します。

 

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新年度になると必ず作るものがあります。
子どもの自己紹介の紙です。

 

(記念すべき第一回目は、小学校入学の時に作ったこちら)

 

 

 

『発達に遅れのある子の就学相談』海津敦子さんがお子さんのために作った
サポートブックを参考に私も作りました。

 

 

 

 

 

 

気をつけた点は
・紙で渡す(先生は忙しいからいつでも見れるよう)
・A4の紙一枚
・カラー、写真入り
・手書き
・イラスト入り
・◯◯が出来ません、で終わらせるのではなく、
 「こうしてもらえれば出来る」、
 「今練習中です」という書き方
・読んで楽しいもの


先生に読んでもらって、

「この子に会ってみたいなあ」と
子どもに興味を持ってもらうのが狙いです。



始業式始まって担任の先生がわかったらすぐにお渡ししてました。

(学校へ直接出向きました。……コロナの初期は難しかったでしょうね)

 

 

 

小学校2年生以降は、

「去年できるようになったこと」という項目を増やしてみました。

一年経って、振り返ってみて

「今までできなかったけどできるようになった小さな出来事」や

「成長したなあ」と思ったほんのささいなことを書いてみました。

 

 

決して背伸びせず、ありのままの姿が良いです。

 

 

 

私のこの自己紹介の紙ことを知って

「私もやってみます!」と言われていた後輩お母さんがいました。

でも、その方は「本当はうちの子、こういう事言わないんですけどね」と言いながら

紙に書かれていたようで……ちょっと心配しました。

 

私も支援者で働いていたこともあるので感じたのですが、

そういう事実と違うことってわかるんですよね。

お子さんの感じと、お母さんが連絡帳や言われる言葉が合っていない、

違和感、ズレを感じます。

他人はすぐにわかります。

なのでどうか、そのままで、ありのままのお子さんの姿で十分ですから

正直に書いて欲しいです。

 

 

もし「できない」ことがあっても、

「今、練習中です」とか、

「こうすれば参加できるかもです」と書けば

親の、子どもに向き合う気持ちが伝わると思いますから。

 

 

 


ちなみに、高校入学の際は、

入学者説明会の時にそのへんにいる先生にお渡ししました。

(高校になると親と先生との接点も減ってしまいます)
子どもの高校の先生方は、そういった点が素晴らしく、

すぐに学年内で回覧してもらったようで、子どもの事をすぐに覚えてもらったようです。

(その節はありがとうございました~<(_ _)>)



ちなみに配布するのは
・校長先生
・教頭先生
・教務主任の先生
・クラス担任(支援学級・交流学級)
・保健室の先生

と海津さんが書かれていたので、
その通りにしました。



高校では、それプラス
・学年主任の先生(クラスを持っていない)
・スクールカウンセラーの先生
にしました。

 

 

 

 

また、高校から新しく利用した
放課後等デイサービスの面談にも持って行きました。

その施設の理事長面談があり、
その場でこの自己紹介の紙をお渡ししたら、
「まあ!これはお母さんが作られたの?」
と聞かれたので、

「ええ」と答えると
「この人の毎年恒例の趣味です( ̄▽ ̄;)」
と子どもがすかさず言いました。

私「えーそんな風に思っとったとー?!」

施設の人「ハハハ、君から見たらそう見えるかもしれないけど、
このありがたさがわかったら、大人になったってことだよー」


と言ってもらい、


「ここは大人になるところだからねえ。楽しみだね」
と言われ、もう、すっごく感激しました。



毎年担任の先生がかわるから
子どものことを知ってもらえるように!
と作って来ましたが、
この時の面談で、すっごく嬉しいフィードバックをもらえて感謝するとともに、
今までの私に、ありがとー!と言いました。

なので?!大公開💕


ちょっとした歴史を感じるので
いいですよ〜
日記と違って、年一度作成、ですからね♫


自分でも改めて見てみると
「この人、この子が好きなんだな~」という思いが伝わり、

ちょっとジーンときてしまいました(*ノωノ)


ポイントは、きっとそこなのかも(笑)
我が子への愛です(*^▽^*)

 

 

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桜井識子さんの新刊

『新装改訂版 識子流ごりやく参拝マナー手帖』で

 

 

 

神社に着くまでに、

先に守護霊にご挨拶に行ってもらえるよう

事前にお願いしておくと良い、

と書かれています。

 

 

まるで私の行動は、ここに書かれている文みたいなだあ☺️

と、ほっこりしました。

 

 

 

 

なので、もしよければ他のお子さんも

新しい先生やお馴染みの先生にもっと知ってもらって

楽しい生活が送れたら〜と思い、

以前私が別のブログに書いたものを、

ちょっと修正しなが公開してみました♫

 

 

 

子育て中の保護者のみなさん、先生方、

この一年お疲れ様でした。

来学期も頑張ってくださ〜い。

 

 

 

 

先日関西からお客さんが来て「香椎宮に行きたい」と言われている、とのこと。

「案内お願いできる?」と言われて、即OK!

 

「せっかく遠くから来られるのだから、もう一つくらい神社に案内できれば…」と考えました。

 

私が車を運転できないので、行ける範囲が限られてしまうのですが、

今回「途中から合流できるよ🎵」と言ってくれた方がいて、

戦力アップ!!

 

ならば………と考えたご案内プランは

 

香椎宮→電車で西戸崎まで移動→合流し車で移動→志賀海神社

 

です。

 

 

昼食も志賀島の食堂で、と完璧なプランでした🎵

 

(香椎宮は識子さんの本『あなたにいま必要な神様が見つかる本』に、

志賀海神社はブログで紹介されています)

 

 

 

なのに……

私が3日前から生理になってしまい、

あ〜こんな時に限って💦と思いました。

 

生理のことを識子さんの本で教えてもらいましたので

生理中の参拝は基本NGですが、その上でなるべく失礼にならないように……

とお参り中も「すみません🙏終わったらお詫びに参ります」と心の中で

私は謝りっぱなしで、ご案内しました。

 

 

 

香椎宮は祈祷が始まり、白い鳥が飛んでいるのを見たり、

志賀海神社ではトンビが近くまで寄ってくれたりと

お客さんは大変満足してもらったようで

良かったです。

 

 

 

で、今日、そのお詫び&感謝のお参りをしたのでした。

 

香椎宮

 

拝殿(本殿の茅葺き屋根が現在工事中です)

 

ご神木の綾杉さん

(拝殿のところから見た写真)

 

綾杉さん

(階段を降りたところ)

 

 

 

 

弁財天さんのところの池

 

 

 

 

今日は西鉄で移動して和白で降り、

それから西鉄バスに乗り換えて、志賀島まで行きました。

 

 

 

志賀海神社

 

 

お客さんも言われていたのですが、

すぐそばに海があるので

波の音がずっと聞こえてくる

心がリラックスできる神社です。

空気もキリッとして居心地が良いです。

 

 

龍の神社として有名ですので、

お客さんは龍の絵のお守りを買っていました。

 

これはお客さんとお参りした時に食べたもの。

中西食堂に行きました。

 

(今日は中西食堂は定休日だったの😭)

 

 

 

 

 

私が以前、仙台に行った時に、

その土地に住む人に神社を何ヶ所か案内してもらったことがあります。

 

識子さんの「熊野三社」が一般の人と違うように、

「自分のとっておきの場所(神社)」があって、そこを案内してもらうという経験をしました。

 

それがとっても楽しかったので、

いつか私も誰かを案内できたらな〜♫と思っていたので夢が叶いました。

 

 

 

今ではネット等で情報は溢れていますから

行き方や基本情報はすぐにわかります。

 

が、そういうのに載っていない情報は色々あって

例えば識子さんが教えてくれる縁起物もそうで

その人だからの情報、が好きなんですよね。

 

プラスおもてなしの心でしょうか。

 

今回色々と勉強になり、

いい経験をさせてもらいました。

 

 

 

 

さて、じゃあ帰ろうかしら、とバスと船の時間をみると

どちらもちょうど出たばかりだったようで

「待ち時間50分……」

 

中西食堂で食事でも、と思いましたが今日はお休みなので

う〜ん、と悩みました。

 

志賀島のバス停のところにお土産屋さんもあるのですが、

お店の人がずっと電話されていて

「ソフトクリームでも食べようかしら」と思っていてもお願いできませんでした。

 

じゃあ自販機で飲み物を買おうかしら…とお金を入れても受け付けてくれません。(買えない!)

 

えー!この拒絶?!されている感は何だろう??!

変だ〜!

時々あります。こんな感じ。

 

 

バス停で佇んでいると、勝馬行きバスが来ました。

志賀島はドライブコースで、(自転車やバイクもよく走っています)

何度か車で島をぐるっと周ったことはありますが、

バスでは行ったことはありません。

勝馬には小学校があって、子どもが小学生の時の校長先生が勝馬にもいたことがあるって言われていたなあ〜、

どうせこの場に50分いないといけないんなら、とちょうどやってきたバスに乗ってみました。

 

いつも降りる志賀島のバス停のその先に出発です。

 

 

 

金印公園、蒙古塚というバス停に着くまでに

解説が流れていました。

「金印公園は〜〜」

 

高野山で、ケーブルカーからバスに乗り換えた時に

説明が流れますが、そのようなかんじです。

(乗ったことある方ならピンとこられるでしょうか)

 

 

いつも使う西鉄バスで、このようなバスガイドさんのアナウンスがあるのがとっても新鮮でした。

 

 

そして、弘というバス停があったのですが、

この辺りにはお大師さま伝説があるのだそうです!

知りませんでした!!

(元寇の際に高野山から志賀島に僧侶の方が来られたとは聞いたことがありますが)

 

 

休暇村志賀島というバス停へ行く途中では、

宗像大社の島の説明があっていました。

 

ずっと海や島を見ながらの移動です。

宗像の大島も見えるのだそうです。

 

 

車だと、見える景色は同じですが、

バスに乗っていると、アナウンスがあって「へ〜!」とか「なるほど〜」と思えるんですね。

すっごい大発見をした気持ちでした。

 

 

勝馬小もバスから見えました。

 

 

そして終点、勝馬です。

バスは10分して折り返しの便があるようで降りる時に

「この辺に待っててください」

と言われました。

 

 

バス停は一つ。

 

帰りは逆になるので、道を渡って、運転手さんがふんわり指差してくれた場所に待っていました。

 

 

すると

韓国?の若い女の子がやってきました。

 

そしてバス停に立っていたので、

「バスに乗るんだったら、この辺がいいですよ」と声をかけましたが

日本語がわからないようでした。

 

が、ここは出川イングリッシュ(出川哲朗さんの会話)、

単語で乗り切りました😆

 

向こうの方も「サイトザキ……(西戸崎行きのバスですよね)」と言われていたので、

「そうそう!」と。

お互い辿々しく会話?!をしました。

 

 

こののどかな場所で

地元のおばあちゃんもやってきて、

3人でバスが来るのを待ちました☺️

 

 

 

バスが来て、勝馬を出発しました。

各バス停のアナウンス(案内)はありませんでした。

 

あれは行き限定、観光客向けなんだ〜〜❣️

おもてなしなんだ〜と感激しました。

 

 

 

 

バスに揺られて終点西戸崎へ。

 

 

JRに乗り換えて家に帰りました。

 

旅のようで楽しかったですね〜