5月20日、台湾で民進党の頼清徳が総統に就任した。新政権が中国との関係をどうするのか、台湾有事との絡みで世界が注目しているが、就任式の演説では、独立志向を抑制し、蔡英文政権の穏健路線を踏襲した。
頼清徳は、就任演説で、「卑屈にもならず、傲慢にもならず、現状を維持する」と述べた。そして、「中国が台湾の人たちが選んだ合法的な政府との間で、対等と尊厳の原則のもと、対話と交流を進めるよう望む。まず、双方の対等な観光旅行と学生の台湾での就学から始め、ともに平和と繁栄を追求したい」と、「対等」な関係であることを強調した。
さらに、「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」と述べ、台湾が中国の一部だという中国の主張を否定した。その上で、頼清徳は、中国の脅威に対抗するために防衛力を強化する必要があると述べた。
中国は「一つの中国」を主張し、必要なら武力統一も辞さない姿勢を堅持している。「台湾問題は中国の内政問題であり、外部勢力の干渉は許さない」というのが基本姿勢である。
頼清徳演説に対して、訪問先のカザフスタンで中国の王毅外相は、「世界に中国は一つしかなく、台湾は中国の一部だ。これは台湾の情勢がどのように変化しようとも、変えられない事実だ」と述べて牽制した。
これまで台湾の政権を担ってきた蔡英文は、統一を拒否し、現状を維持する路線を選択してきた。
中国と台湾は、1992年に香港で協議し、「一つの中国」を口頭で認めた。これを「92コンセンサス(九二共識)」という。しかし、その内容の解釈については、中国が「双方とも『一つの中国』を堅持する」と主張するのに対して、台湾は「双方とも『一つの中国』は堅持しつつ、その意味の解釈は各自で異なることを認める」と微妙に異なっている。
蔡英文は、2012年の総統選で92コンセンサスを認めないと明言し、2016年総統選では「92コンセンサスは唯一の選択肢ではない」と主張した。ただ、総統就任演説では、92年の中台会談という歴史的事実は尊重すると述べている。
頼清徳は、本来は民進党内でも独立志向の強い集団に属するが、総統選挙中も蔡英文路線の継続を一貫して訴えてきた。
習近平政権は、台湾周辺に軍用機を展開させるなどの牽制行動は行っているが、武力統一の実行には慎重である。それは、アメリカの反発が予想されるし、米軍を撃退できるだけの軍事力はまだ保有していないからである。
さらに言えば、習近平政権は、不動産不況を含め、国内経済の立て直しを最優先課題としている。
今の世界は、アメリカと中国の覇権競争を主軸に展開されている。アメリカは、ウクライナ戦争とガザでのイスラエルとハマスの戦闘への対応に忙殺されており、さらにもう一カ所で戦火が上がるのを望んではいない。経済などの分野での対立点に関しても、両国は対話のチャンネルを維持しており、台湾有事につながることは避ける方針である。
しかしながら、中華人民共和国建国100年目の2049年までには台湾を統一するのが中国の夢である。現状維持がいつまでも続くという楽観論もまた問題である。中国が民主化し、民主中国の下で統一が成るのが理想であるが、そう考えるのも楽観的にすぎる。これから25年の間に起こりうる変化を予想するのは困難である。