文化大革命から半世紀:文革を知らない若い日本人 | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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  文化大革命(文革)は、1966年5月に毛沢東の指示によって始まったが、10年間続いたこの文革は中国を大混乱に陥れ、政治的亀裂を生み、経済の大きな停滞をもたらした。

  紅衛兵としてかり出され、また農村や山村に「下放」されて厳しい労働に従事させられた若者は、勉学の機会を奪われてしまった。その「文革世代」もまた、 今や私と同じ60代になっている。

  中国は、1976年に四人組を打倒し、文革を終了させてから、鄧小平による「改革開放」路線によって、今日の繁栄をもたらし、今やGNPでは日本を抜いて、世界第二位である。あの失われた10年がなければ、中国の歩んだ道は大きく異なっていたであろう。

  文革といっても、40〜50年前のことであり、40歳以下の日本人は、歴史で学んだことしかあるまい。50代の人に文革の話をしても、「それ何のこと?」と怪訝そうな顔をする。

  文革がいかにひどいものであったかを再認識せよ、このような愚行を人類は二度と繰り返してはならないと言ったところで、そもそも文革について何も知らないのだから、会話が成り立たない。

 本家本元の中国でさえ、格差の拡大とともに毛沢東を追慕する動きがあるというのであるから、人びとの忘却症には困ったものである。80年前のナチスによるユダヤ人虐殺の記憶さえ薄れてきているのか、ヨーロッパではナチスばりの極右が台頭してきている。

 歴史を学ばない民族は滅ぶ。人類が自らの歴史を忘れるようでは、人類そのものが滅亡する。人種差別、テロの横行という世界的潮流には危機感を抱かざるをえないし、ヘイトスピーチに象徴されるような日本の現象は極めて不健全であり、一部のマスコミがそれを煽るような議論を展開しているのは恥ずかしいかぎりである。

 私は1948年の生まれであるから、お隣の中国で文革が始まった1966年には高校三年生である。翌1967年東大に入学し、政治学を学ぶべく猛勉強を始めた。当然のことながら文革の動向には興味があったが、当時のマスコミや知識人の意見は文革を礼賛する論調が支配的であった。紅衛兵たちが叫んだ「造反有理」という言葉が「輸入」され、大学のキャンパスでも繰り返し使われた。そして、翌年の1968年には大学紛争が勃発する。

 紛争中、中国の文革の影響か、「造反教官」が出現したり、「造反有理」と学生を煽動したり、大学教授含めて多くの知識人は、「文革万歳!」を唱和した。私は学生時代にマックス・ヴェーバーの著作を読みふけっていたが、ヴェーバー研究者の立教大学の教授が、新聞に毛沢東礼賛論を書いたのには流石に腰を抜かしてしまった。

 ヴェーバーが生きていたら何と言うであろうかという思いで一杯になって、学者という存在のいい加減さに幻滅させられたものである。