政治学講義①:(1)政治とは何か①希少資源の権威的配分 | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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 政治とは何か。デイヴィッド・イーストンは、政治を「社会に対する価値の権威的配分(the authoritative allocation of values for a society )」と定義した(The Political System: An Inquiry into the State of Political Science.1953年、邦訳『政治体系』1976年)。これを基本にして、我々は、政治を「希少資源の権威的配分」と定義したい。

 まず「希少資源」とはどういう意味か。たとえば、空気はどこにでもある(もっとも汚染されていないクリーンな空気を求めれば別だが)ので希少資源ではない。

 イザヤ・ベンダサンは、ユダヤ人と比較しながら、日本人は「水と安全」はただだと思っていると述べた(『日本人とユダヤ人』1970年)。しかし、今は、日本人は、ガソリンよりも高価なミネラルウォーターを購入し、自宅の警備を警備保障会社に依頼する。つまり、水も安全も「希少資源」となっている。

 国家や地方自治体の予算は限られているので、これは希少資源であり、「予算ぶんどり合戦」と言われるように、その使い途について争いが生じるのは当然である。「大砲かバターか」と言われるように、軍事と民生の優先が争われる。

 北朝鮮の軍事的挑発に対抗するために防衛予算増額が必要。超高齢社会に対応するために社会保障予算を増やさねばならない。しかし、財源は限られている。

 そこで、対立する様々な利害を調整することが必要になる。それが政治である。そして、その機能を果たす人が政治家である。

 次になぜ「権威的」な配分なのか。「権威的」ということは、権力という要素が政治には含まれているという事である。

 希少資源を配分するときには必ず紛争が起こるが、それをどのように解決するか。一つは、伝統や慣習で処理する方法がある。また、定められたルールや制度に基づいて処理できることもある。しかし、いつもそうなるわけではなく、最終的には強制力の発動が必要になる。

 その最終的強制力(ultima ratio)、つまり軍隊や警察を独占しているのが国家である。政治家とは、その国家権力を獲得しようと努力する人である。

 どの政党が政権の座に就くかによって、予算配分が異なってくる。2009年9月に発足した民主党政権は、それまでの自民党政権との違いを際立たせ、政権交代の意義を強調するために、「子ども手当」、「高速道路の原則無料化」、「農業者個別所得保障制度」、「事業仕分け」などの政策を掲げ、実行に移そうとした。

 その成果については賛否両論があるが、自民党による一党優位性(one party dominance)が続く政治風土の中で、権力(政権交代)の意味を国民に知らしめる教育的効果はあった。