政治学講義②:(1)政治とは何か②友・敵関係 | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba


テーマ:

 希少資源の権威的配分権を握る為には、政敵に勝たなければならない。権力闘争である。現代民主主義においては、選挙で勝たねばならない。そのためには、単に政策のみならず、有権者の関心をひくためにあらゆる努力をする。

 とくにマスコミやSNSが発達した今日、時代のファション、流れを作りだし、それに上手く乗ることが必要である。政敵のスキャンダルを暴き、失点を積み重ねさせることも、重要な選挙戦術となる。

 しかし、そこにフェイクニュースが拡散し、ポピュリズムが跋扈する危険性がある。アメリカのトランプ現象、欧州における排外主義的勢力の台頭がその代表例である。諸悪の根源を移民労働者に帰すような短絡的な演説が人々の賛意を得て、票に結びつく。反ユダヤ主義のヒトラーと変わらない。

 政治における権力闘争の側面に注目すれば、カール・シュミットの言うように、「友と敵という区別」こそが政治の特色だということになる。芸術では「美と醜」、道徳では「善と悪」、経済では「利と害(益と損)」が対立軸になるが、政治では「友と敵」である。

 政治的な敵が、美的に醜悪であったり、道徳的に悪であったり、経済的なライバルであったりすることでは必ずしもない。政治的な敵とは、「抗争している人間の総体」であり、それは私的ではなく公的なものである。

 私は国会議員に当選したとき、自民党に属していたが、自民党にとって、たとえば共産党は敵である。共産党という敵に政権を渡さないために、自民党は全力で闘う。共産党も、敵である自民党と容赦せずに闘う。

 敵である共産党の中にも個人的、つまり私的には親しい議員もいるが、自民党議員の立場からは、共産党は「抗争している人間の総体」であり、公的な敵である。共産党にとっても、自民党は同様な位置づけである。

 この友・敵関係が最も鮮明になるのが戦争や革命の場合であるが、現代の選挙は極論すれば「血を流さない戦争」である。シュミットは、戦争や革命という「例外状況において決定を下す者」を主権者という。そして、その主権者とは、自らの敵を決定できる国家のことだと主張する。

 シュミットが、当時最も民主的で多数の政党が競合するあまりに決断の遅れるワイマール共和国よりも、ユダヤ人を敵と位置づけるナチスのほうに親近感を覚えたのは不思議ではない。

舛添要一さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

SNSアカウント

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース