私の読書ノート(3) | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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ジェニファー・ウェルシュ(秋山勝訳)『歴史の逆襲』(朝日新聞出版、2017)

 

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 イギリスのEUからの離脱、ヨーロッパ諸国での極右政党の躍進、トランプのアメリカ大統領就任と、移民排斥をうたうようなポピュリズムが跋扈している。その移民や難民は、シリア内戦のような国際社会の混乱によって大量に生み出されている。そして、IS(イスラム国)に見られるようなテロリズムが世界の不安定要因となっている。さらには、格差、不平等が拡大している。

 このような現状を見るとき、世界は進歩しているのかどうか疑わしくなる。1989年にベルリンの壁が崩壊し、米ソ冷戦が終焉したとき、世界は楽観主義に包まれた。それを代表するのが、フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(1989年)という論文である。彼は、東西対立が終わったのみならず、社会文化とイデオロギーについても決着がついたと断言した。「西側の自由民主主義は、人類統治の最終形態として普遍化され」、その結果、伝統的なパワーポリティクスや大規模紛争は減少し、世界はさらに平和になるとの見通しを示した。

 それから四半世紀が経つ。現実は、フクヤマの予言を裏切っている。本書はその予言があまりにも楽観的に過ぎたこと、実際は世界が混沌とした方向に向かっていることを指摘する。「2000年代半ばから、選挙のあり方、表現の自由、報道の自由などの点から考えた場合、民主主義は質とともに、数の点においても一貫して低下を続けている。」(33p)。

 中東では、エジプトやチュニジアのアラブの春は十分に成果をあげることはできず、ISなどのテロリストが世界を不安定にしている。そして、世界中で6500万人もの人々が戦争や迫害で家を失い、難民となっている。これは、人類の113人に1人という比率である。しかも、彼らは、ナチス時代の政治難民の枠を越えて、内戦、飢餓、自然災害、環境変動などによって発生している。

 2014年、ロシアはクリミアを併合した。それに欧米諸国は経済制裁で対抗した。これは米ソ冷戦への回帰である。プーチンに率いられるロシアは、自由な民主主義とは異質な政治体制(非自由主義的民主主義、主権民主主義)であり、西側にサイバー攻撃を仕掛けたりしている。

 そして、著者は、「私の読書ノート(2)」で取り上げたブランコ・ミラノヴィッチ(並木勝訳)『大不平等:エレファントカーブが予測する未来』などを引用しながら、世界中で不平等が拡大していることに警鐘を鳴らす。それは、「階級なき社会を事実上達成した」というフクヤマの主張とは真逆の事態であり、「経済にとって不平等は害をなす」(238p)。まさに、自由な民主主義の真価が問われることになるのである。

 現在の世界が直面する課題を正面から指摘した本書は、歴史というものを見つめ直すきっかけとなろう。いかに効率が悪くても、自由な民主主義は独裁に勝る。著者は「民主主義には自己を修正できる能力がある」(253p)というが、日本の現状を見たとき、少し悲観的にならざるをえない。