舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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*これは、2017年7月19日に書いたものの採録です。

 

J.D.ヴァンス著(関根光宏・山田文訳)『ヒルビリー・エレジー』(光文社、2017年)

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 若い頃から、私は、国際政治を学ぶ者としてナチズムなど全体主義の研究に携わってきた。イギリスのEUからの離脱、アメリカでのトランプ大統領の出現、そして昨今の日本の大衆社会状況などを見ていると、1930年代の暗い時代が再来するのではないかとの危機感を持つ。

 トランプ現象の背景には何があるのか。それを明確にすることは、一知識人としての義務であると考え、自分のアメリカ体験も踏まえて研究を進めている。その一部は私のブログ、「キリスト教のアメリカ」というシリーズでお伝えしているが、背景には繁栄に取り残された白人労働者の群れがある。この問題に触れ、最近アメリカでベストセラーになったのがJ.D. Vanceの『Hillbilly Elegy:A Memoir of a Family and Culture in Crisis(ヒルビリー・エレジー:アメリカの繁栄から取り残された白人たち)』という本だ。

 ケンタッキー州・オハイオ州のアパラチア山脈地方、ラストベルト(錆び付いた工業地帯)で育ちながら、イェール大学のロースクールを卒業してアメリカンドリームを体現した著者(現在32歳)が、それまでの過酷な家庭環境や衰退するコミュニティについて記した回顧録である。「ヒルビリー」というのは田舎者の蔑称であり、「レッドネック(首筋が赤く日焼けした白人労働者)」とも「ホワイトトラッシュ(白いゴミ)」とも呼ばれるが、ヴァンスの故郷の人々がそうである。実は、彼らこそが「Make America Great Again(アメリカを再び偉大にしよう)」と訴えるトランプ候補を熱烈に支持し、大統領の座に押し上げたのである。

 アメリカンドリームとは、親の世代より経済的に成功し、社会の階級を上昇していくことをいうが、労働者階級の白人はその夢を持つことが出来ない状況であり、「白人の労働者階層は、ほかのどんな集団よりも悲観的だった」(305p)。そして、「アメリカのあらゆる民族集団のなかで、唯一、白人労働者階層の平均寿命だけが下がっている」(235p)という。

 1970年代以降、グローバル化に伴う国際競争力の低下によって、アメリカの製造業は衰退していった。1950年代のアメリカの繁栄は過去のものとなり、大量の白人労働者が解雇され、家族や地域コミュニティが崩壊し、ドラッグが蔓延した。そのような地方の白人労働者にとって、「アメリカファースト」を声高に叫び、「メキシコとの国境に壁を築く、不法移民を締め出す、雇用を創出する」と約束するトランプは救世主のように見えたであろう。

 それは、東部のエスタブリッシュメントやホワイトカラーが理解しなかった点であり、既存のマスメディアも見通しを誤ったのである。本書を読むと、ラストベルトがどのような状況にあるのか、その過酷な現状がトランプ現象の背景にあることがよく分かる。

 

 

 ウクライナ戦争も中東での戦闘も、終わる兆しはない。戦争は、物価高など人々の生活への悪影響を拡大させており、先の欧州議会選挙でも極右が勢力を伸ばした。

 実戦配備される核兵器の数も増えており、世界は、第三次世界大戦へとシフトしつつあるのではないか。

 

 ロシアがウクライナに軍事侵攻したことは、日本もウクライナと同様な事態に直面するかもしれないという危機感を日本国民に与えている。

何よりも台湾と目と鼻の先にある沖縄県そのものを外敵の侵入から守るために、自衛隊や米軍の存在が不可欠となっている。陸上自衛隊は、2016年に与那国駐屯地、2019年には宮古島駐屯地、2023年には石垣駐屯地を開設している。宮古島と石垣島には地対艦、地対空のミサイル部隊が配備され、与那国にも電子戦部隊とミサイル部隊が追加配備される。

 

 第二次世界大戦後、ヨーロッパの大国間では80年近く平和が続いてきた。東西で対立した米ソ冷戦時代にはNATOとワルシャワ機構軍の間で軍備競争が行われた。しかし、1989年秋のベルリンの壁崩壊、1991年のソ連邦の崩壊で、すっかり雪解け状態となり、軍備縮小が進んだ。

 ところが、それから30年後、2022年2月にロシア軍がウクライナに侵攻した。NATOはウクライナを全面的に支援し、事実上の代理戦争となっている。バルト三国をはじめ、ソ連・ロシアによって攻撃され、併呑された歴史を持つ東欧諸国にとっては、悪夢の再来を避けるために、自らの軍備を拡充するのみならず、NATOの結束を固める必要性を再認識している。

 ポーランドは、2023年の国防予算をGDPの4%に引き上げた。

 それは、東欧諸国のみならず、ドイツやフランスという西欧の大国についても同じである。

 

 ドイツは、東西冷戦時代の西ドイツの時代には50万人の兵力を有していたが、今は18万人にまで減っている。

 さらには、ロシアの核による威嚇を前にして、ショルツ政権は核抑止を重視する姿勢に転換した。NATOの非核保有国であるドイツ、オランダ、ベルギー、イタリア、トルコは自国内にアメリカの核兵器を持ち込み、ソ連・ロシアからの核攻撃に備えてきた。これがNATOの核共有政策である。

 ドイツでは、男性の兵役を義務とした徴兵制は2011年に停止されたが、その復活も議論されるようになっている。ピストリウス国防相は、予備役を含めると24万人の兵力を46万人にまで引き上げる必要があるとしている。

 

 フランスのマクロン大統領は、2024〜2030年の7年間の国防費を4000億ユーロ(約55兆5000億円)にすることを決めたが、これは2019〜2025年の2950億ユーロ(約41兆円)の3割増しである。欧州は軍拡の時代に入ったと言える。

 

 6月17日、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は、『年次報告書2024』を公表し、実戦配備済みの核弾頭数が3904発となり、昨年よりも60発増えたという。核弾頭の保有数は、ロシアが5580発、アメリカが5044発であるが、中国が核兵器開発を加速化させていることに注意を促している。今の中国は500発の核弾頭を保有しているが、10年後には、米露と並ぶ数のICBM(大陸間弾道弾)を保有するだろうとしている。

 核戦争の危機もまた深まりつつある。

 

 6月6日〜9日、EU(欧州連合)の立法機関である欧州議会の選挙が行われたが、右派や極右が過去最多の議席を獲得した。

 フランスでは、極右の国民連合(RN)が31.4%の票を獲得し、マクロン大統領の与党連合14.6%の倍以上となった。極右の作家、エリック・ゼムールが率いる右翼政党「再征服」の票も合わせると、約4割が極右票ということになる。

 この結果に、フランスでは大きな衝撃が走り、マクロン大統領は、国民議会を解散する決定を下した。6月30日が第1回投票、7月7日が決選投票である。

 RN躍進の理由は、他のヨーロッパ諸国の極右政党も同じであるが、政党のイメージ・チェンジである。

 政策的には排外主義的な過激な主張を引っ込め、穏健路線へと舵を切っている。たとえばEU離脱論は取り下げている。

 この党は1972年にジャン=マリー・ルペンが、国民戦線(FN)という名で創立したが、その極右路線はフランス国民には受け入れられなかった。ところが、今では若者が寄ってくる。まさに隔世の感がする。

 2011年1月には、三女のマリーヌ・ルペンが第2代党首に就任し、党勢を拡大していった。2017年5月の大統領選挙では、第一回投票で、マリーヌ・ルペンがトップに躍り出たが、決選投票でマクロンに敗れた。極右を嫌う左翼が中道のマクロンに投票したからである。2022年5月の大統領選挙でも、決選投票では、負けたものの41.5%の票を獲得した。

 この党勢拡大の勢いが今も続いているのである。2022年11月には、ジョルダン・バルデラが第三代党首に選出された。彼はイタリア移民の子であり、28歳の若さを誇る。今回の欧州議会選挙では、バルデラはRNの変貌を象徴するイメージの演出に成功した。フランスでは、国民議会の選挙で過半数を得た勢力のトップが首相になるが、もしRNが勝てば、マクロン大統領・バルデラ首相というコアビタシオン(共存)政権となる。

 今のRNの勢いが3週間後に減退するとは考えられない。国民議会の第一党になる可能性は十分あるのである。そこで、解散総選挙というマクロン大統領の決定は、危険を伴う大きな賭けだとみられている。

 ところが、野党で保守の共和党(LR)のシオッテイ党首が、6月11日のテレビ・インタビューで、RNと協力すると表明し、大きな波紋を広げている。LRは、1958年にドゴールが創立した今の第5共和制の中心的な政党であるゴーリスト政党の流れをくむ。この伝統的保守政党がルペンと組むというのは、ゴーリストのシラク大統領やサルコジ大統領の時代にはありえないことであった。それだけに、党内でも反発を呼んでいる。

 一方、左翼陣営は、大同団結をしようとしている。「不服従のフランス(FI)」が75議席、「社会党・同盟グループ(SOC)」が31議席、エコロジストが23議席、共産党を含む民主・共和左翼グループ(GDR)が22議席を有しており、この4派が連携し、「人民戦線」を結成した。左翼4派の議席の合計は151議席である。

 フランスの世論調査機関IFOPの6月12日の調査では、RNの支持率は35%、マクロンの与党連合は2割以下である。また、テレビ局BFMTVなどの調査(6月11〜12日)によると、最大限に得票が伸びれば、RNが国民議会の過半数を制するという。

 7月26日にはパリ五輪が開幕する。その準備に追われるパリ市にとっても、直前の総選挙は迷惑であろう。

 フランス国民はどのような審判を下すのか。マクロンの賭けは成功するのか。