雪月花版曽根崎心中 | 宇則齋志林

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トリの優雅な日常

おはようございます。

日本古典文学研究の重鎮トリです(最近は『ドラえもん』より難しい文献が読めなくなりました)。

 

庄内天満座に、劇団雪月花の特別講演を見に行った。

外題は、新作として創作された『雪月花版曽根崎心中』である(今回で3回目かくらいか?)。

今月はゲスト参加が多く、今回も劇団井桁屋から酒井健之助座長、花柳劇団より潤平さんとあつしさんというイケメンが出演されていた。

 

近松門左衛門の『曽根崎心中』は、文楽(人形浄瑠璃)の名作で、雪月花はこれを大衆演劇に移し替えた。

非常に、意欲的な試みではないだろうか。

何せ300年以上前の物語であるから(元禄16(1703)年に初演)、時代背景や近松の意図など、現代の観客には分かりづらいと思われる部分が多々ある。


文楽は古典芸能だから、客も「そういうものだ」と思って見てくれるが、大衆演劇は時代物ではあっても、本質的に「現代劇」である。

そのギャップを、どう埋めるかが鍵となる。

 

一緒に行った猫子さんは、近世大坂の研究をしているので、使われる大阪弁や道具立て、時代考証の問題点などを指摘していた。

しかし、トリ的には、「かなり頑張っているな」という印象だった。

 

世話物浄瑠璃『曽根崎心中』は、内本町橋詰の醤油問屋平野屋忠右衛門の手代徳兵衛と、堂島新地茶屋天満屋のお抱え遊女はつが、梅田曾根崎天神の森で心中したという事件に取材したものである。


事の起こりは、手代の徳兵衛が叔父で主人の忠右衛門から、内儀の姪と結婚しないかと持ち掛けられたところから始まる。

ところが徳兵衛は、既に遊女おはつと馴染み、相思相愛になっている。

 

それを知らない忠右衛門は、早手回しに、徳兵衛の継母と談合して婚約を決定し、銀二貫を結納として収めた。

これに徳兵衛が反発し、破談となる。

忠右衛門は怒って、継母に渡した銀を返せと迫る。

徳兵衛は、強欲な継母を説き伏せて何とか銀を取り返し、持ち帰ろうとした矢先、親友の油屋九平次に、一日だけ貸してくれとせがまれ、判を押した証文をもらって、銀を貸した。

 

ところが、いくら待っても九平次は来ず、訪ねて行くと、ハンコは落としたのだから押せるはずがないと居直り、逆に、お前の方が自分から金を取ろうとしていると悪しざまに言われてしまう。


徳兵衛は激怒して詰め寄るが、九平次の方は五人連れで、返り討ちに遭ってしまう。

こうして、徳兵衛は、このままでは男の一分が立たない、というところへ追い込まれ、死ぬことを決意する。

 

雪月花版では、おはつの方にも、豊後の客からの身請けの話が来ており、行きたくないからというので、お互いに心中しようという相談がまとまる、という流れになっている。

しかし、その逸話は本来の文楽『曽根崎心中』にはなく、宝永元年(1704)に出た『心中大鑑』に出ている。

『心中大鑑』版は、近松版のもととなった実話であるが、近松はおはつの方の事情を切り捨てている。

 

近松版では、お茶屋に来た九平次と口論する流れの中で、縁の下に隠れた徳兵衛に足で合図をして、おはつの方から心中しよう、と持ち掛けるのである。

 

雪月花版では、その両方を合わせて、再構成している。

井口洋氏によれば、近松がおはつの側の事情を切り捨てたのは、恋の純粋性を極めようとの意図だという(岩波文庫版『曽根崎心中』解説参照)。


近松は一方の死ぬ理由を書かないことで、想いの純度を表現できると考えたのである。

しかも、その「死ぬ理由」を持たない女の方から、「一緒に死ぬ気があるか」と、問いかけさせている。

これは現代人には共感しにくい部分かもしれない。


やはり、おはつの方にも死ぬための合理的理由が必要だろう。

そこで、雪月花版では『心中大鑑』の挿話を復活させたのだと思われる。

 

両者の思惑が一致したのは良いが、そのせいで恋の純粋性が半ば失われたため、もう一つの理由である「男の一分」がかなり強調される、ということになったのだろう。

雪月花版『曽根崎心中』は、近松の主題を受け継ぎながらも、現代の観客の感性に訴えかけるための改変を施そうとしている。

その是非は、観劇した人の見方、感じ方にゆだねられている、としか言えない。

 

ちなみに。

今回良かったのは、平野屋忠右衛門役のあまつ秀次郎座長と、油屋九平次役の近藤光さんだった。

二人とも、気合の入った芝居を見せていて、原作にはない二人の立ち回りも見事だったと思う。

主役の徳兵衛は満みゆりさん、おはつを桜川翔座長が演じたが、こちらは役が逆の方が良かったかもしれない。

翔座長は女形もきれいだが、実は徳兵衛にだ代表されるような優男も良く似合うからである。

※庄内天満座のようす。

※雪月花のイケメン役者たち。