おはようございます。
次期衆院選出馬と自民党幹事長就任を打診されている、国士のトリです(ありがたいお申し出ではありますが、無論、丁重にお断りするつもりです)。
以前、老子における理想を体現した人の話が『荘子』に記載されている、という話をした。
詳しくはまたの機会に、というところで終わっていたので、今回はその話を書きたい。
誰も待ってはいなかったと思うが、お待ちかね哀駘它(あいたいだ)氏の登場です。
哀駘它は『荘子』徳充府篇に出てくる。
彼は非常な醜男で、特別な才覚はなく、頭脳明晰でも体力抜群でもなく、金持ちでもなかったが、なぜか人好きのする人物である。
一緒に過ごした男たちは、全員離れがたい思いを抱き、女たちは他人の妻になるくらいなら彼の妾になりたい、と言い出す始末であった。
魯の哀公は彼を宰相に抜擢したほどだったが、不承不承その地位につくと、特に何もするでもなく、いつの間にかいなくなってしまった。
そういう人であるのに、哀公は、何か特別なものを失ったような気がすると言った。
哀公は理解に苦しんだのか、孔子に、哀駘它はいったいどういう人物なのだろうかと質問する。
孔子は、哀駘它こそ「才全」かつ「徳不形」な人物であると答える。
才全(福永光司訳では「完全な才能」)とは、「物と春を為す」ことだという。
どういうことかと問う哀公に、孔子は答える。
貧富や賢愚、寒暑や飢渇などは、外から来るものであり、自己固有のものではない。
普通の人はこういう、いわゆる運命の変化に心を乱される。
哀駘它は、それらを心に侵入させず、運命を抱きしめ自分に調和させている。
それを「才全」というのだと孔子は答えた。
ただ、この話には重大な矛盾がある。
才全で物と春を為す哀駘它が、哀公に乞われて宰相になったとき、嫌々その地位につき、しかも就任したにもかかわらず、すぐにいなくなってしまったことである。
宰相になれというのが運命であるなら、その運命を抱きしめ、その運命と春を為すべきで、勝手にいなくなるというのは「才全」な人のすることではない。
この辺に、荘子の政治嫌いで隠遁好きの傾向が表れているのかもしれない。
ただ、哀公が宰相として引っ張り出そうとした、という点を脚色ないしは虚構とするならば、哀駘它という人物はまことに老子的な理想を体現していると言える。
また、「徳不形」(福永訳では「心の徳が表面に出ない」)とは、静まった水面のような心境だという。
静まりかえってその中に在る徳が表に現れないから、むしろ万物に慕われるというのである。
これは世阿弥の『風姿花伝』にある「秘すれば花」というのと同じだろう。
花として表に現れてはならないが、内面に秘められた花が気づかぬうちに人を感動させるのである。
ここが老子のディレンマの真骨頂で、「無為無不為」(無為にして為さざる無し)と同じ構造である。
哀駘它は天下を驚かすようなブオトコだと書かれているが、それはおそらく荘子の文飾で、実際には、そんな不細工である必要もなかった。
どこにでもいるような、平凡な顔立ちで、会った次の瞬間には忘れられているような人物という方が似つかわしい。
しかし、「さういふものにわたしはなりたい」かというと、なかなかそうとも言い切れないところが、老子の難しいところかもしれない。
※I怠惰と表記したら、かなり近づく。
