おはようございます。
古典文学研究をリードする、国文学の権威、トリです(近著『珍説弓張月』『トリかえばや物語』をお読みください)。
先日の記事で、清少納言の『枕草子』に言及した。
そのとき必要な部分を確認した後、久しぶりにちらほらと読み返していて、気づいたことがあるので、今日はそれを書いてみたい。
清少納言は、同時代の紫式部とならんで、平安朝女流文学の双璧とみなされているが、両者の性格は甚だ異なる。
紫式部は「もののあはれ」を基調とした重厚な長編小説『源氏物語』を書き継ぎ、清少納言の『枕草子』は、当世風の宮廷生活を「をかし」く活写したエッセイである、とされている。
紫式部の方は、日常生活において自分の知性を表に表さない奥ゆかしさがある一方、どちらかといえば陰気内気な女性だが、怒らせたら怖そうな印象である。
清少納言は、常日頃から才気煥発、男の宮廷人とも対等に渡り合い、明るくて人づきあいがよさそうだが、ともすれば軽薄に見える。
そういうところからだろうか、以前『桃尻語訳枕草子』なる本があり、軽薄な女子高生か何かの言いそうな言葉遣いで現代語訳してあったと記憶している。
しかし、今回少し読み返してみて、「桃尻語」は適さないのではあるまいか、と思えてきた。
きゃぴきゃぴしているというよりも、何かドスの効いた女芸人の口調のように思えてきたからだ。
確かに、「春はあけぼの」の段などは、こういうのが好きとか、ああいうのは嫌いよね、といったような他愛もない好き嫌いを述べたもので、若い女子の日常会話と言えなくもない。
しかし、その後の部分で、今年こそは昇進したいといってやってくる、初老の下級貴族たちの醜態を、意気揚々たる若い公達と引き比べて笑いものにするようなところなど、底意地の悪さがうかがわれ、とても桃尻娘などと言ってはいられない。
現代の女性芸能人に譬えるなら、紫式部は中島みゆき、清少納言は上沼恵美子、というのが私の見立てである。
前者はさておき、なぜ上沼かといえば、『枕草子』はほとんどの部分が自慢と悪口で構成されているからだ。
しかもそれが、実にあっけらかんとしたふうで、あまりにもあけっぴろげに開陳されているため、読者はそこへ引き込まれてしまう。
上沼恵美子の、えげつないほどの自慢と、その返す刀での相手への切込みの至芸に通じる。
「除目のころなど内裏(うち)わたりいとをかし」からはじまる一文を、上沼語訳してみよう。
先ずは原文を載せておく。
「除目のころなど、内裏(うち)わたり、いとをかし。
雪降り、いみじうこほりたるに、申文もてありく四位、五位、若やかにここちよげなるは、いとたのもしげなり。
老いて頭白きなどが、人に案内いひ、女房の局などによりて、おのが身のかしこきよしなど、心ひとつをやりて説き聞かするを、若き人はまねをし笑へど、いかでか知らむ。
『よきに奏したまへ、啓したまへ』、などいひても、得たるはいとよし、得ずなりぬるこそいとあはれなれ。」
以下、上沼語訳。
「人事異動のころになると、内裏も騒がしなっておもろいで。
雪は降るし水は凍るしで、めちゃ寒いのに、四位とか五位とか、まあ下級の貴族はんたちが任官希望の書類を手にして宮廷にやってきはって、ご苦労なことやで。
ほんでも、若者、若い人らは気張って元気いっぱい初々しくてええねんけどな、もう半分以上白髪になったようなおっさんらは、あれはあかん。
人づてにうっとこの女房の局にまで来よってからに、『わしら、こないな偉いもんじゃ』とか、べらべら自慢たらして、長話ししよんねん。
若い女房ら、誰もすごい思てへんねんで。
ほんで、あとから口真似して笑われとるだけやのに、全然気づいてもおれへん。
『どうぞ、良いようににお取次ぎください』て、お願いしていきよる。
でもまあ、それで役職にありつける人はええわいな。
そこまでしてあかんかったら、もう気の毒すぎひんか。」
『枕草子』は、およそこんな調子で、意地悪だけど憎めないおしゃべりが続いていく。
※悪口も、をかしく書ければ才能である。
