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新地亜紀と同居人みっちゃんです。
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房総半島に渡り、消せない悲しみを胸に抱えたまま、
それでも、倭建命は、大和朝廷にまつろわぬ者達を征服し、
荒ぶる自然の神々を平定しました。
倭建命の東征は、人だけでなく、
自然との戦いでもあったのです。
そして、自らの使命を果たしたと思い、大和へと引き返していた時、
相模国から駿河国の国境、足柄峠に差し掛かりました。
( 『日本書紀』では、信濃国と美濃国の国境である、
神坂峠になっています。)
当時、足柄峠は、足柄坂と呼ばれていました。
古代では、「坂」は「峠」の事を指していたようです。
現代のように、舗装され、通行しやすい道はなく、
高い頂、深い谷は険しく、気象変化の激しい山道は、
旅人を苦しめ、命を奪ってしまうこともあったようです。
それ故、厳しい峠や坂には、「荒ぶる神」が憑りついていて、
邪気によって、旅人を衰弱させ殺すと考えられていたそうです。
難所続きの峠に、倭建命も疲れ果て、
一休みがてら、食事を摂ることにしました。
すると、白い鹿に化身した足柄峠の神※が、目の前に顕現しました。
白鹿から、
「生気を奪ってやろう。
命を吸い尽くしてやろう」
そんな悪意と邪気が放たれているのを感じた倭建命は、
食べていた野蒜ーのびるーを、白鹿に向かって投げつけました。
野蒜は白鹿の目に当たり、途端に、白鹿は死んでしまいました。
強い臭気を放つ野蒜は、邪気を祓うと信じられており、
邪気の塊だった白鹿は、祓われてしまったのです。
その後、無事に山の頂に立った倭建命は、
東の地を見つめると、大きく三度溜息をつきました。
そして、自分の身代わりとなった弟橘比売命を想い、
悲痛なその想いに絶え切れず、
「吾妻はや ( ああ、私の愛しい妻よ ) 」と呟きました。
( 『日本書紀』では、この場所を、碓氷峠ーうすいとうげーとしています。)
それ以降、足柄峠及び、碓氷峠より東の地域を、吾妻 = 東と言い、
峠 = 坂より東なので、「坂東」と呼ぶようになったのだそうです。
※足柄之坂本神ーあしがらのさかもとのかみーとも呼ばれ、
足柄山の神の化身とされているが、
おそらく、この地方の酋長だったのであろうと言われている。
ここからは亜紀がお送りします。
もう、体験の辛さを表したのか、
その土地に住むまつろわぬ種族を
暗喩しているのか・・・
段々分からなくなってくるここら当たりの話。
峠の神と坂の神にコンタクトをとってみましょう。
ん~・・・。
その土地に住んでいた人なのでしょう。
狩猟を主にしていたのかな。
背はあまり高くなくて、
ごつい印象。
用心深くて、
あまり人前に出なくて、
罠を仕掛けたりして動物を捕っていたのかな。
戦い方もそんな感じだったんじゃない?
ゲリラ戦的な。
だから、鹿として表しているのかも。
平定言うたらそりゃそうですが、
反対の平定される側からしたら侵略だからね。
静かな怒気と少々のおびえを感じる。
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