自分にしかできないこと。自分の役割とはなんぞや。
個性的であるとか、人から賞賛されるとか。強気を挫き、弱きを助けるとか。
そういう言葉でしか表せることではない。自分にしかできないこと。自分の役割ということは。
自分にしかできないことの、本質は自分であること。
それは特に自覚を持ちえなくとも、常にあるのもであるからこそ、忘れてしまいがちである。
そしてそれが特になんの役にたっているのかなどということを、実感することはない。
自分の行った行為があってこそ、何かしらの実感を後追いで得る。それが現実という世界だろう。
そしてその行為が、他人の言葉を衣として纏わなければ、他人と共感できるものとしては扱われない。
そして役に立つレベルに到達するためには、その言葉をかなり限定される。
こういう思考で考えてみると、役に立つというのは随分めんどくさいものに感じる。
逆に害をなすのもというレベルの方が範囲は広いような気がするが、
しかし、どちらにしろ、他人の言葉を獲得する行為がとても難しいことだと思う。
言葉を変えれば、人の興味を惹きつけること。
気づかない。無関心。
善い行いをして、人々から注目されることと、悪行を働き、人々から注目されること。
目的が同じならば、手っ取りはやいのは後者であるね。
理不尽にも自分の役割は、この与えられた自分を生きること。
嗚呼、悲劇であり喜劇だ。
何を知っても忘れても、この役割は譲れない。