多事争論(時事所感) -43ページ目

再開

暫くお休みをしていたブログ
再開しようと思います。

そもそもこのブログを始めたきっかけは
愛娘のことを考えてのことでした。

子供が成長する頃に
自分が生きているかどうかわからない。

子供にいろんなことを話したくても
先に旅立ってしまっているかもしれない。

親として何か残せないか、と。

子供が成長して
このブログを読めるようになったとき、
何かを知る、考えるきっかけになればと思い
書き始めました。



また時間の許すなかで書こうと思っています。

吐露する【時事所感52】


日本の集団的自衛権の必要性について、
民主党がその必要性の認否に言及した、しないで論争になっていました。



自由民主党 佐藤正久参院議員



この話、自民党の佐藤正久議員の国会での委員会やジャーナリストの櫻井よしこ氏からの指摘が事の発端で、
民主党の岡田克也代表がこれ以上繰り返し質問状は出さないとの意思から
事は収束するようです。


ジャーナリスト 櫻井よしこ氏




私の記憶では、
岡田克也議員や野田元首相など新聞紙上やテレビでも集団的自衛権の必要性に言及していたと記憶しています。




民主党が責任のある政権与党の時には、

「日米安保堅持」
「集団的自衛権は限定的に必要性があり憲法においても整合性はある」

ところが政権から下野し野党の立場になると、
「集団的自衛権は必要ない」

この点を指摘されると

「集団的自衛権の必要性があるとは言っていない。」

そして二転三転して

「安倍政権の集団的自衛権には反対」

となった。

民主党党内でも
この集団的自衛権について
賛成派と反対派の議員がいて、
ある賛成派議員は
新党結成を視野に入れた話をするほど。
党の意見をまとめられていないのが現状。

こうしたところに
社会党や各党離党議員らの寄せ集め的な側面が露呈してしまっている。





話を戻して、
今回の集団的自衛権についての民主党を見ていて、
あることを思い出します。



日本社会党の村山富市内閣です。



村山富市元内閣総理大臣


自民党の55年体制という長き間万年野党として、
社会党は党支持者にプラスして
政権への不満、つまり反自民党の不満票を取り込みながらやってきた。


ところがいざ政権の座に就くや、
責任と現実問題を目の当たりにした。

長年掲げてきた政策やスローガンを投げ捨てて、
「自衛隊合憲」
「日米安保堅持」
「消費税維持」
など政策転換による混乱回避を理由に、
自民党政策の維持継続とした。


実際には皆さんご存知のように、
社会党は責任ある与党となり、
責任と現実問題を突き付けられ
本心をついに打ち明けた、吐露してしまった。


後は反自民党の不満票どころか本来の社会党支持者達も失って
社会党の存在意義は薄れ衰退の一途を辿った。


この時の村山社会党と同様に
現在の民主党も同じ過ちを犯している。

責任ある政権与党のときには
「集団的自衛権は限定的に必要」
と歴代の党代表や主要議員らが言及していたにもかかわらず、
野党になるや、
「集団的自衛権反対」
「集団的自衛権は必要ない」
それから
「集団的自衛権が必要とは言っていない」
そして
「安倍政権の集団的自衛権は反対」

やってることは村山内閣時の社会党と殆ど変わっていない。





こんなことでは
政権与党=責任与党
野党=無責任野党
と言われても当然であります。


野党=反与党では必ずしもなく、
野党≒反与党でよいのではないか。

基本は政権与党をチェックしつつ、
政策の一致する部分は
議論し協力しながら政策を進めてゆくのが本来の代議士のあるべき姿ではないでしょうか。

国の政策よりも党や選挙を優先しているように見えるでしょう。








ここにきて民主党をはじめとする各野党が日本共産党と手を組んで選挙協力、共闘しようとする動きが出てきている。


自民党、社会党、さきがけの連立ではないけれども、
このままいけば衰退の一途を辿った社会党と同じ道を辿ってゆくかもしれません。














cosmopolitanism[コスモポリタニズム]【時事所感51】

平和安全保障関連法の成立後も
賛否両論いろいろ立った波風は
未だに続いています。






何故これほどまでに
平和安保関連法について反対の人々がそれなりに多くいるのか。


政治家にも
官僚にも
マスメディアにも
そして一般市民にも
この反対する理由となる考え方・思想に影響を受けている人々が多くみられます。


これに気付いている人がどれほどいらっしゃるのか、
特に若い世代の方々は
殆どご存知ないだろうと思います。



今回述べるのは
「コスモポリタニズム[cosmopolitanism]」
世界市民的思想です。


人種や言語の壁を超えて
世界中の人々を自らの同胞とみなす、
といった考え方です。


世界市民思想、世界市民主義、地球市民といった表現がこれにあたります。


このコスモポリタニズム、

世界中の人々が人種や言語の壁を乗り越え
同胞・仲間となれば
世界に平和が訪れる…。


考え方としては
たいへん素晴らしいのだけれども
実際には理想主義、
ずばり切り捨てた物言いでいえば、
きれいごとです。


これまでの世界の情勢を見れば自明で、

共産主義・社会主義と資本主義・民主主義のイデオロギー対立も
東西冷戦崩壊後、共産・社会主義が衰退して
世界に対立や紛争はなくなり、
平和が訪れるのかと思われた。

しかしながらその後は
民族紛争や独立運動など世界各地で多くの紛争が起きた。
そして宗教的対立やイスラム圏とキリスト圏諸国との文明的対立、
過激派テロリズムの台頭など
現在に至ります。


世界各地で紛争や武力衝突、殺戮は未だに続いているわけです。



理想主義ゆえに現実から遠くかけ離れているので
実効性がないどころか国家政策において
支障を来します。

民族や言語など境界や障壁になるもの、
つまり国境線もこれにあたるので
独立した諸国国家や政府組織は否定することになる。

それ故に反国家・反政府の思想になるわけです。






この思想が現在の日本人に多大に影響を与えていることを認識したうえで、
日本に起きている左派的事象を眺めてみると
殆どが説明が付くし
何故日本がこうした状況にあるのか
たいへん理解し易くなります。



このコスモポリタニズムについては
時折述べたいと思っています。