自衛的行為と覇権競争【時事所感111】
ロシアとウクライナの紛争下、犠牲になられた方々、被害を被られた方々に追悼し、一時も早く平和的に解決されることを祈念いたします。
今回もロシア・ウクライナ問題に関連した話を。
ロシア軍のウクライナ侵攻の話をする前に、
日本の明治維新以降から日中戦争、日露戦争、そして大東亜戦争までの話を敢えてしてみます。
「日本が戦った、あの先の戦争は侵略戦争だったのか?」
戦後、幾度となく議論されたこの題目。
「あれは侵略戦争だ!」
「いや、自衛的軍事行動だから止む無し!」
これは如何にも短絡的な思考で、小学校の学級会や夏休み宿題作文程の議論でしょう。
単に、相手国の領土へ了解無く、軍隊を送り込んで軍事行動をすれば、これを軍事侵攻、
その領土を制圧すれば侵略行為と表現できなくもない。
日本の大東亜戦争を考えてみて、
数値化出来ないものを敢えて例にしてみましょう。
※1840~1842年 アヘン戦争
1853年 ペリー来航、
1868年 明治維新、
この頃の日本の自衛的数値を100、覇権競争度を0とする。
1904年 日露戦争
1937年 日中戦争
この頃から日本の自衛的数値は、列強大国のアジア地域への進出、覇権競争がエスカレートする事態に影響され、
地政学見地や自国存立や国益等の観点から、日本もアジア覇権的傾向による半島、大陸へと進出します。
この頃から、日本の自衛的数値は60~40、覇権競争度40~60としましょう。
1941年 日米戦開戦 この頃から覇権、権益処ではなくなって、自衛的数値はまた上昇してくる。
自衛的数値が80~90、覇権競争度が10~20としよう。
そして1945年、敗戦直前には、自衛的数値が100、覇権競争度は0に近い。
日本は敗戦すると、
日本の自衛的数値、覇権競争度、共に0、
という数値として例えてみました。
表層的にみれば、他国領土へ自国の軍隊を進軍、領土を占領、制圧、駐屯するから、侵略戦争だったと言える。
しかしながら、そのときの国際社会の潮流、自国存立の観点、覇権競争に巻き込まれざるを得ない等諸事情が複雑に作用するなかにあっては、
端的に「あれは100、侵略戦争でした」等と一元的、表層的に思考するのは、
大の大人がする思考や論理ではないでしょう。
話を現在に戻しましょう。
私はロシア擁護支持派でもなんでもない。
このような状況になるまで、ロシアを、そしてプーチン大統領に危機感を募らせしめたのは誰なのか、
冷静な俯瞰、思考は持っていただきたい。
勢力均衡【時事所感110】
今回もロシア・ウクライナ問題に関連した話を。
「ロシアのプーチンが悪い」
「ロシアを徐々に追い詰めた西側諸国が原因だ」
「欧米側かロシアかを選ぶのはウクライナの自由で権利だ」
そうした善し悪しの話ではありません。
ロシア・ウクライナ問題については、
かなりの長い歴史を踏まえたうえで、更に旧ソビエト連邦時代から現在までを細かくみる必要性があるので、別の機会に。
ロシア、旧ソビエト連邦だった各地域がソ連崩壊後、次々と独立。
ソ連崩壊後、旧ソ連側の軍事同盟だったワルシャワ条約機構は解体。
この時に旧ソ連側から、米国・西側欧州諸国加盟の北大西洋条約機構(NATO)も不必要だとして解体提案が出されたものの、
これは拒否されました。
NATO発足当初は加盟国16カ国が現在は30カ国。
東側へと加盟国が増えて、旧ソビエト連邦だった独立地域も次々とNATO 加盟。
NATO軍事同盟勢力圏はロシア隣国まで拡大しました。
ここで皆様にお話したいのは2点。
①国際政治現実論“International politics realism”のなかから「勢力均衡による安定維持論」“Balance of power politics theory”
②自衛的行為と覇権競争の相互性
①の国際政治のパラダイムの一つを説明すると、
過去約500年の国際政治・外交問題を観察したうえでの理論で、
大凡4~5つの大国が自国の存立・サバイバルのために、
国家の強靱化と覇権競争とその拡大を図る。
この各国家間の勢力均衡を保つことが、その地域の安定化に寄与する。
17世紀後半から1945年までのこの国際社会の「バランス・オブ・パワーゲーム」(勢力均衡)をオーソドクスとみなすか、
それとも1945年以降の米ソ冷戦も含めた「パクス・アメリカーナ」一極支配構造をナチュラルとみなすのか、
これで思考パターンは分かれます。
「バランス・オブ・パワー」(勢力均衡)の観点からすれば、
米国や欧州諸国の軍事同盟関係の拡大、中国の経済台頭や軍備増強拡大のなか、
ロシアが自国の国益や国益に繋がる覇権、安全保障を維持したい、守りたいと考えること、
これはごく自然なオーソドクスな思考です。
国際政治の現実主義論者の一人、ジョージ・ケナンが、ロシアについて予測し指摘をしていた内容を御紹介します。
「NATOの拡大は、ロシアのナショナリズムや反西側的に軍国主義的傾向を助長するだろう」
「東西間は冷戦期のような雰囲気に戻り、ロシアは米国に逆らうような政策をとるだろう」
※(George=Frost=Kennan/1904~2005 米国の外交官、歴史家、政治学者。ソ連への「封じ込め政策」立案、冷戦期の対ソ政策主導。)
②の自衛的行動と覇権競争の相互性については次の回に。
サボタージュ【時事所感109】
今回もロシア・ウクライナ問題に関連した話を。
ロシア軍事侵攻前から個人的に予測していたことがあります。
「ウクライナは見捨てられる」
米国政府は米国直接指揮下において、ロシア軍と直接戦闘しない、
仮に一部の米国兵士を派遣しても、戦闘地域前線ではなく、兵站等の後方支援になるだろうと。
以前の多事争論時事所感でも述べましたが、
再度述べると、
米国は核保有国と直接の軍事紛争へ踏み切ったことは一度もありません。
因みに、核兵器が完成して以降、イギリスやフランスも核兵器保有国と直接紛争はしていません。
NATOも恐らくはロシアとの直接的軍事衝突、戦争はしないでしょう。
ましてや、ウクライナと欧米諸国は軍事同盟関係はありません。
国際政治、外交問題を過去に遡ってみても、
自国の存立を損なう危険度・リスクの高い場合に限っては、
軍事同盟関係が締結されていても、自国の可能な範囲での軍事行動や軍事的支援、
場合によっては物資輸送や資金援助程度だけに。
更にいえば、自国の経済的理由や他国との同盟関係や外交関係の理由から、軍事同盟関係が実質的にはサボタージュ、反故されたりすることはあるのです。
国際政治や外交問題に知識のある方々は御存知でしょう。
国際政治では暗黙的了解、常識なのです。
ウクライナのゼレンスキー大統領、若しくは側近、政府幹部は遅れて悟ってしまったのでしょう。
故にメディアを通じて、再三再四訴えています。
「ウクライナの問題ではない!民主主義社会への宣戦布告だ!」
「NATOの助けが必要だ、今すぐ共に闘おう!」
「ウクライナの敗北は全世界の民主主義の敗北」
停戦交渉を繰り返すなかで、稼がれた時間のなかで、
国際社会に世論に訴えることで、
米国や欧州諸国を巻き入れるしか手立てがないのです。



