こんばんは![]()
前回の投稿の続きです、、、
たくさん葛藤しながら、
お供えのお花を買って、ランチの予約をして、
おもいっきりの勇気を出して、母を誘いました。
母の答えは、
「私は行きません」でした。
そう言われて、
内心ショックを受けていました。
それが顔に出ないようにグッと我慢しました。
そして
私からとっさに出た言葉は、
「お父さんを誘ってみるわ」でした。
その時まで父のことは忘れていました。
母は、「行かないと思うよ」と言いましたが、
父を誘いに部屋に行くと、
風呂上りの父は「いいよ(行く)」と答えてくれました。
母に声をかける前のことですが、
天気予報を調べていたら、
お墓参りに行く時間帯が100%雨予報でした。
誘うことに不安もありましたし、
暗さをイメージしちゃう雨。
でも、なんだか逆に、
何かわからないけれど雨という天気に、悲しいのではなく、深い涙が溢れました。
その天気予報のとおり雨の降る中、
父のケートラに乗り、2人でお墓まで行きました。
父の実母、お母さん (とお父さん) の眠るお墓です。
お花を供え終え、
傘をさしたまま一人しゃがんだ父が、
手を合わせて数秒お墓を拝んでいました。
父は何を思っていたのかな、、、
私はその父の後ろ姿に涙があふれてきて、
バレないようにこっそり涙を拭きました。
雨が降っていることが、
天も泣いているようで、
でも私と同じで悲しい涙ではないことを感じました。
父はどんな思いで「いいよ(行く)」と言ってくれたんだろう、、
父は複雑な気持ちだったと思います。
自分の父母の眠るお墓にも、仏壇にも手を合わせてこなかった父。
わだかまりがあったとしても
自分のたった一人のお母さん(お父さん)、
愛していなかったはずがない、
参りたくないはずはなかったと思います。
何も言わず、お墓に参らず、きっとずっと母の気持ちに寄り添ってきた父。
真我開発講座を受講して私が感じた父の姿です。
父は、私が誘ったから来てくれたのだと思います。
娘(私)の気持ちを汲んでくれたのだと思います。
お墓に一緒に来てくれたことは、
娘(私)のことを思ってくれた父の優しさだと思います。
でも、帰宅して、
一人になったら、大きなため息がでました。
「母を誘うんじゃなかった」と思いました。
こんなに勇気を出したのに、
悲しませることは罪だと感じ、
何十年と怖くて言えなかったのに、
私がどんな気持ちで誘ったか知らんくせに!
前回の投稿の冒頭『母と娘が楽しく話す姿に悔しくなった』のは、
私が「誘った」頑張りを母に認めてもらえなかった寂しさや憤りだったのだと思います。
まだまだ母に自分を認めてほしい私がいます。
しかし、
それでも誘えたという事実を
よし!としよう。と思います。
母が怖くて
母の悲しむ姿が怖くて
言えなかった、
おばあちゃんにお花を供えようって、
それが言えた!
私の心は以前とは明らかに変わった!!
私が誘ったことで、母の中で何かがザワザワしたかもしれない。
私が行動したことで、母の中に何か大切なことを与えられていたえらいいのだけれど、、
祖父母が亡くなって10年以上、、、
それでも、まだ「私は行きません」と言う母の、その言葉の奥にある思い、
どうでも良かったら、しょうがないなと私に付き合うだろう母の、どうでもよくない(深い恨み)の思い、いまだに強く握りしめてゆるめない思い、許せない思い、その思いの深いほどに、その奥にある愛の深さを思います。
真剣さを思います。命というものの親の愛、子どもへの愛、あなた(両親)にわかって欲しかった愛、家族はひとつでありたかった思い、軽くなんてない思い、深い深い子への愛、、、。
それがありがたくて、ありがたくて、、
あとになって涙がこみ上げました。
そしてまた、
祖父母は生きている時も、亡くなってからも
ずっとずっと
これほどに母の憎まれ役をかって、母の命を生かしてくれていたんだと思います。
母が、亡くした子への後悔で生きていけなくならないように、憎まれることで母の生きる力になって、母自身そして私たちの命を守りつないでくれていたのだと思います。
もう二度と母を誘うことはないかもしれません。
私ができることは、
私の心(本当の自分「真我」の心)に素直に行動をすること、
それは私がお墓参りを続けること、子供たちを連れてお墓参りに行くこと。
「ここに、おじいちゃんとおばあちゃんのお父さんとお母さんがいるからね」、って、
「いつもありがとうって伝えてね」と、子供たちに伝えること。
また一歩ずつ行きます♪
読んでいただき、
ありがとうございました。
shinga3mama@gmail.com
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