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福祉に関わる人たちへ

人生はどれだけ多くの気づきを経験したかで、如何様にもなるものです。誰かが言っていますよね。「人は思うようにならないと言うが、そう思っているという意味では、思い通りになっている」と。

こんばんは、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。





こんな人がいるとしたら・・・

あなたは、どう思うだろうか?




その人は、学校でも会社でも、家族の前でもいつも陽気に振る舞っていた。



いつも自分から「おはよう!元気?」とみんなに元気良くあいさつ。




誰かが困っていたり、元気がない時は、「大丈夫?」と真っ先に声をかける。



みんなからの評価も高い。





誰よりも気を遣い、誰よりも人の痛みがわかる人だ。





でも時に、恋人や親には、意図的に心配させるような言動もしてしまう・・・








この人の過去に何かがあった。






「無視」






自覚はしていないかもしれないが、過去に無視されたことからの回避行動。








無視されないように、確認をしているわけだ。







「おはよう」「おはよう、今日も元気だねえ」
「そんなことないよ。普通だよ!」


「ちょっと食欲ないんだ・・・」「大丈夫?どっか悪い?病院行った方がいいよ」
「ありがとう、大丈夫」





これで、気が安らぐ。




自分の存在を確認しながら生きている・・・








人のこころの裏を観てしまう人にも共通点があるはずだ。




人の顔色を見て、「どう接すれば、好感を持ってもらえるだろう?」なんて考えながら、

相手主導でしか関われない。



他者からどう見られているか?
他者がどう思っているのか?





もういいんじゃないだろうか?









明日、死んでしまうかもしれない僕たち。







人間の一生なんてそんなもん。








今日からどう生きようか?



































こんにちは、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。




人間の感情は、厄介だ。



ちょっと想像してほしい。



あなたのクラスに、あるいは職場に、自分とは合わない人がいる。



合わないどころか、苦手な人だ。





そういった人がいたらどうするだろうか?











おそらく、関わらないようにするだろう。







そして、気の合う友達とその人の陰口でも言うのだろう・・・おそらく








しかし、苦手な人や嫌いな人・・・




どうしてそういった人がいるのだろうか?






考えたことがあるだろうか?









福祉の世界と一般企業を例に考えてみたい。






支援者が企業に就労支援として入った時、感じるのは支援者を求めている社員さんの方が少ないということ。冷たい視線を感じることがある。


逆に、企業側から見て感じるのは、忙しい最中、支援者がああだこうだ、障害者の特性や配慮事項をダラダラと話をされることほど、辛いものはない。




双方の立場になった時、気づくことがある。


互いが互いを知らないということ。

知ろうとしていないと言った方がいい。




大人の付き合いだかわからないが、表面上だけきれい事を並べたところで、何も変わらなければ進まない。支援される方が迷惑だ。







人は、知らないことは受け入れられない。






例えば、スピリチュアル、宗教や占い、レイキやヒーリング、エネルギーワーク等々・・・


「怪しい」「胡散臭い」と言う人は多いだろう。





しかし、そういう人は、本当の意味でそれらを知らない。






怪しい・胡散臭い=無知


ということだ。






嫌い、苦手を判断する時、自分の中にある、受け入れられない自分を鏡のように映し出していることが多い。






あなたは、違うだろうか?







あなたの嫌い・苦手はなんだろうか?






本当に・・・本当にそれらは、嫌い・苦手なのだろうか?































おはようございます、「障害者じゃなく、支援者が変わろう!」です。




正解と不正解。



本当にこの世に存在するのだろうか?





この世の中には、自分の意見を言える人とそうでない人がいる。




前者は、自分の考えが正解だと思っている・・・・・か
不正解だとしても、自分に自信がある人だ。


後者は、自分の考えが間違ってたらどうしよう・・・
恥ずかしいし・・・馬鹿にされちゃうかなあ・・・

と考えてしまう人。





あなたは、どちらだろう?






また、違った見方をすると、

後者は、人のこころの裏までみてしまう人。



自分に自信があっても、他者を否定したり傷つけたくない人は、
自分の意見が言いづらかったりする。





そう、自分自身が、否定されたり、傷ついたりしてきたから・・・





だから相手も同じだと思ってしまう。








ブログだって、これを誰かが読んで否定されたらどうしよう・・・

なんて考えていたら、本心なんて書けやしない。


そうなれば、書く意味がない。





せっかく今生きてるんだから。







世の中は異なる思考が必要な場所。






馬鹿だと思われないように利口を装うよりも、
良い人だと言われるように本当の自分を隠すよりも、



不正解と正解を疑って生きる自分でいよう!





だって、本当はそんなもの存在しないのだから・・・