ある行動の下には、その背景には、その行動の前提にある価値観が存在します。

新型コロナショックの状況の中で、そんなことを改めて思わされ、悲しい限りでしかありません。

 

 

生きるうえには、目敏さが必要です。

 

そうした機敏さが求められる瞬間・場面でも、敢えて、不要なものとして排して済ます時がありました。

 

いろんな方から指摘されてきたことです。

今日も株価は大きな下げ。

外貨預金も下げ。

わたくしにとっては

なかなかの損失です。

大きな不安です。

 

いろんなことが予測されている中で、

決めた通り、ささやかな遺産として遺るかどうかも分かりませんが、それも教訓として次世代に引き継がせようと決めています。

さて、どうなるでしょうか。

 

それにしても、年金生活者の未来は

どうなるのでしょうか。

 

 

派遣社員、外国人の技能実習生の雇用止めが話題になるようになった。

まず弱い人から助けるという話もあったが、まず弱い人から切られていくというのが現実のようだ。

前にも書いた事ですが、まずは自給自足社会が社会成立の条件であることは今も変わりません。生産を失ってはその社会を成立させる基盤がないのです。

工業出荷額一位の愛知県と言いますが、繊維産業を失った一宮市にはその実感は全くないのです。工場の廃業は今も続いています。田畑は荒れ、廃屋が並びます。

 

知的な意味でも、知的立国は言葉だけです。発展途上国のほうが勢いがよいのが実情です。教育立国か?となると、データが示しています。何故か、日本を、根拠もなく優越視する風潮が伝統的に風土としてあるのですが・・・・・・・。

 

嘗て、50年も前に、口頭発表の際依拠した、発見や対話の考えが教科書に取り入れられたが、原理原則の接近・発見とは、ずれた方向での採用としか思われないものもあります。

 

社会の在り方の議論こそが、今何よりも問われていると思うのです。何度も、何年も言い続けていることですが・・・・・・。

 

 

 

生産を失ってしまった我が国は、観光やギャンブルで国を成り立てようとする道を進もうとしている。復興五輪と言いながら、それとは、無関係の集客としての五輪でしかない。どこに、復興五輪と呼べるのか。東北の実情を照らせば、復興どころではない。

 

超高齢社会社会の問題解決として、外国人の受け入れが課題とされたが、中途半端な形でしかない。本当にその課題解決と思えない進め方なのだ。嘗て、行政書士として、在留資格の申請手続きを行う資格も取得したが・・・・。これから、どう日本の社会を成り立たせようというのか。コロナウイルスではなく、アベノミクスだけで経済的な破綻は明日にでも招来していたのだ。

 

資格は、今のところ、実力の要素だけで取得できるが、就職となると、全く違う要素が働く。誰々を知っているから、誰々に頼んであるからが一番の力となるのだ、皮肉にも、資格学校で、その凄さを知らされた。就職なんて頼めば済むと言い切る親もいた。利権社会は何よりも体制を守る力なのだ。

 

そうした社会の問題を、若くして散って行った彼らから教えられたのだ。

 

こういう今だからこそ、支え合う社会の必要性に気づき、支え合う社会 ONE FAMIILY を築こうという仲間が生まれ、その営みが始まることを願う日々、祈る毎日です。

 

応援するから上がろうが下がろうが売らないと決めていると書いた後、傍からは少額でも、わたくにとっては、精一杯の額での投資のわたくしにも、証券会社から書類が送られてきました。要するに、売買は自己責任ですよという趣旨の文書でした。配達の郵便局が封を傷つけてしまったという謝罪文が添えられてでした。年始の高値とは大幅な損でも売らないから、知らないよということのようです。

 

わたくしは、足るを知る生活をされている方々から、その素晴らしさとともに、欲の虚しさを教えられました。少しでも見習いたいという思いからでしょうか、単に痴呆症からでしょうか、意固地に、そういう行動の選択をしてきました。

 

これから、どんな事態を迎えるのかわかりませんが、真面目に働いても、貯蓄は、もちろん投資にも、無縁な人は実に多いのです。