本日、高校時代の夢をみてトラウマになった僕です。
こんにちわシンスケボウイスターライトです。
いじめられていたわけではないんですが、とにかく友達がいなかったwwww
懐かしい・・・・ノスタルジーに浸りながらも、今日は少しいじめの話。
いじめの定義
2006年文部科学省による調査において、いじめの新定義として「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」とされました。(うぃきから)
起こった場所は学校の内外を問わない、個々の行為が『いじめ』に当たるか否かの判断は表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする、とされました。
うけた側がいじめと思えば、いじめとなる。
また、具体的ないじめの種類に「パソコン・携帯電話での中傷」「悪口」などが追加されました。
最近おおいラインを使っての悪口とかもそうですね
さらにいじめの件数についても「発生件数」から「認知件数」に変更されたとのことです。
いじめ防止対策推進法によれば、「いじめ」とは、「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」 (これもうぃきより)
いじめの定義や取り組みにしても、「いじめられる側」を守る形になってきているようです。
よく学校での子供たちのいじめが目立ちますが、実は先生達にもあるそうです。
これは、僕の知り合いの先生たちから聞いたお話です。
●飲み会に誘われない、そして、翌日にその先生のまえで飲み会のときの話をする。さらにその先生は忘年会にすらさそわれていません
●暴力をふられる。それまで仲良かった先輩の先生。しかし、一度どうしてもしかたなくドタキャンをしてしまったそうです。それから、その先輩による暴力がはじまった。
など、先生達にもおこりえるいじめ。
まず、学校という中で先生がイジメをするようなことがあってはいけないと、非常に腹たたしい思いにもなります
いじめの認知件数は昨年2015年で18万件以上、全学校の半数以上がいじめを認知していたということです。
いじめは絶対になくならないものだという意見もあります。
僕もそう思います。
人には感情があるから、ねたみ、恨み、寂しさ、で、広く宗教、国、民族でのあらそい、金銭問題、、、、
人より優位にたって心がみたされる人もいるでしょう。
江戸、戦国、平安、、、、すべての時代にいじめはあったのでしょう。
でも、
その永遠のなくならないいじめの中、
いじめだめだ
と、思う心もまた絶えずいつの時代もあったと思います。
いじめをなくしたいと考える人も、きっといなくならない。
そして、
いつの日か、その考えをもった人がもっともっと沢山現れていけるように願います。
ボウイズの「いじめだめ」 ふざけてるように思えるかもしれませんが、実はそうではないのです。
毎週水曜日22時30分からのボウイズの「ヤバ7night!!」(天神FM77.7MHZ)