数が多いことを表す数量詞manyとa lot ofは疑問文、否定文では区別はされないとされています。それに対して、肯定文では一般にa lot ofやlots ofが使われ、manyの使用は避けられるという見方があります。今回は肯定文でのmanyとa lot ofの使い分けの真相を探ります。

 

『ウィズダム英和辞典』2003(以下WEDと略称)の「語法、肯定文中のmany」からその使用例と説明を抜粋して以下にまとめます。

 

肯定文では、かたく、以下(a)~(c)の場合を除き、a lot of、lots of、plenty of、

a large number ofなどを用いる方が自然、特に目的語での使用は避けられる。

 

 Mike has a lot of friends.

 

(a) many+名詞の複数形が主語の時

 Many people think so. (多くの人はそう考える)

 There are many things we need to learn. 

  (学ばなければいけないことがたくさんある)

 

(b)  so、too、as、a great [good]の後に続くときおよびsuchに先行するとき

 Tokyo has too many people. (東京は人が多すぎだ)

 I have many such dream. (わたしにはそのような夢がたくさんある)

 

(c)   次の句など

 for (many) many years 長年

  in many ways [cases, places]  多くの点で[場合、場所で]

               井上永幸他編『ウィズダム英和辞典』2003

 

 主語に含まれるとき、修飾語句が前後にあるとき、前置詞句の中で使われるときなど、肯定文で使用できる例が多く示されています。肯定文で使用が避けられるのは、初めに示された文のa lot ofと入れ替えた、Mike has many friends.のような文だけということになります。

 

 つまるところ、肯定文でmanyを使うこと自体に問題はないのです。注意するのはmany friendsのようなmany単体で後の名詞を修飾する句が、肯定文で目的語になっている型はかたい表現になるということだけです。

 muchについても基本的には同じです。肯定文では、much単体で名詞を修飾する句が目的語になっている型はかたい表現とされます。

 

 次に、英米の規範的な2つの英文法書PEU、GIUと比較してみます。先にPEUの記述を抜粋し翻訳した方から見ていきます。

 

165 much and many

非公式なスタイルでは、muchとmanyは主に疑問文や否定文で使われる。非公式な肯定文では(特にmuchは)あまり一般的ではない。代わりに、他の単語や表現が使われる。

例えば:

 1)I've got plenty. (I've got much」より自然)

 2)He's got lots of men friends, but he doesn't know many women.

   (He's got many men friends . . .よりも自然)

 

一方、公式なスタイルでは、muchとmanyは肯定文でより一般的に使用される。

例えば:

 3)Much has been written about unemployment. In the opinion of    many economists.

「失業について多くのことが書かれています。多くの経済学者の意見では...」

                                       Swan『Practical English Usage 4th Ed.』2016

 

 用例1について、plentyは単体でgotの目的語として一般的に使われますが、muchはこのように単体で使うとかたい表現になるということです。

 用例2について、注意するのは肯定文だけですから、many men friendsのようにmany単体で、men friendsという名詞を修飾する型が目的語になっているので、かたい表現になるということです。

 muchもmanyも後ろに修飾する名詞が有るか無いかに関わらず、単体で目的語に含まれる要素になっているときには、かたい表現になると解せます。これはWEDの説明とほぼ同じです。

 用例3では、公式なスタイルと断ってはいますが、形式としてはmuchは主語になっていて、manyは前置詞句の中で使われています。WEDでも容認されていました。

  結局、PEUの見解も、単体で目的語に含まれるときだけ注意するというWEDのmanyの説明で確認したことと同じです。

 

 次GIU記述を見ていきます。

 

muchは肯定文では(特に口語英語では)あまり一般的ではない。

比較すると

 4)We didn't spend much money. We spent a lot of money.

 

しかしtoo much / so much / as muchは肯定文で使う

 5)We spent too much money.

 

manyとa lot ofはすべての文の種類で使う。

 6) Many people drive too fast.  or A lot of people drive too fast.

 7) Do you know many people?  or Do you know a lot of people?

 8) There aren't many tourists here.  or There aren't a lot of tourists      here.

                             Murphy『English Grammar In Use 5th Ed. 』2019

 

 muchについては、GIUの見解は、先に見たWED、PEUと同じです。用例4の否定文ではmuch moneyが目的語として使われ、肯定文ではa lot of money が目的語として使われています。単体のmuchが後ろの名詞を修飾し目的語になっている場合には、一般的ではないことを示しています。

 ところが、manyについてのGIUの見解は、WED、PEUと異なります。説明にあるとおり、manyもa lot of もすべての文で使われるとしています。用例6~7について、ここで注目している肯定文の目的語になっているmanyの用例が載っていませんが、他の2書と異なりa lot ofとの使い分けは想定していないということになります。

 

 このように規範的な文法でも文法書や辞書によって記述が異なることはあります。文の種類という大雑把な見方では使い分けの説明はできません。それらをスッキリさせるために、記述文法の見方を取り入れます。

 それは、言葉は変化するという視点です。言語学でいう通時的な見方をするということです。GIUのmanyを除くと、 manyもmuchも単体で目的語に含まれるときには、かたい表現になるという点は一致します。逆にいうと、a lot ofなどの代替表現は、この2語より新興の表現であることが考えられます。

 

 時代を遡ると、many、muchが単体で後ろの名詞を修飾する型が目的語になっているものを実際に使っている用例を見つけることができるはずです。

 次の用例は、英語の標準化が盛んだった19世紀の学校の英文法の教科書です。

 

…but still he makes many mistakes, and learns many incorrect expressions from grown people who do not speak rightly. He must therefore study Grammar, and if he attends to it well, it will teach him to avoid all these errors.

 You will hear many persons say, " I had rather not go."" " I done it yesterday." " You had ought to stay." '' This is the roundest apple." '' Who did you speak to ?" " He has got it." '' It lays on the table." Now all these expressions are wrong, and many others that are often used. Grammar will teach you how to avoid them ; and certainly you would not wish, when you associate with intelligent people, to appear so ignorant as to make such gross mistakes.

         『A systematic text-book of English grammar』1839

 

「…それでもhe(子供)は多くの間違いを犯します。正しく話さない大人たちから間違った表現を学んでしまいます。したがって、文法を学ばなければなりません。そして、それによく注意を払うなら、それは子供にこれらの誤りを避ける方法を教えてくれるでしょう。

多くの人がこう言うのを聞くことになるでしょう。……

これらの表現はすべて間違っていますし、他にもよく使われる間違いがたくさんあります。文法を学ぶことでこれらの間違いを避ける方法を知ることができます。きっと、賢明な人々と交流する際には、そんなひどい間違いをするような無知な印象を与えたくないでしょう。」(しんじ抄訳)

 

 標準語の文法規則に反する表現を誤りとして、矯正することを述べています。例えば、Who did you speak to ?などは今日ではふつうに使いますが、whomが正しいということを意図しています。また、I done it yesterday.は現在も方言として使われています。当時は教養ある人から無知であると思われる酷い間違いだとされていたのです。

 このように文法的正誤に厳格な時代の教科書で、many mistakes、many incorrect expressions、many personsがいずれも目的語として使われています。今日では、逆にかたい表現として使い方を注意する文法書が現れ始めたということです。文法的な正しさは、時代とともに変化することがよくわかると思います。文法書の見解の違いは、変化する表現をどう位置付けるかという著者の見方を表しているのです。

 

 次の論文のデータは1961年当時の英国の文語におけるmany、much、a lot ofの使用頻度です。

 総数のデータが示しているように、a lot ofの使用頻度はわずか4%なのです。言葉の変化は、一般に口語で先に起こり文語では遅れて起こります。当時a lot ofは比較的新しい表現で、文語にはあまり現れていないと言えます。

                                                  

 このうち、今回注目しているmanyとmuchが目的語に含まれる用例と、内訳の頻度が分かるデータを引用します。( )内の数字は引用元の用例の通し番号です。

(21) The theory has many weaknesses.

(51) You do much fishing out there.

 

 このデータから1961年当時の英国の書き言葉では、肯定文の目的語に含まれ単体(修飾要素なし)の用法は普通に使われていることが分かります。この用法がかたいと感じられるようになるのは、もっと後の時代ということになります。

 

 この論文で紹介されている、井上永幸「話し言葉におけるmanyについて(1)―The Bank of Englishを使った分析」1995についての記述を抜粋して引用します。

井上(1996)は大規模データーベースであるBOE(The Bank of English)の検索に基づいてmany の話し言葉を分析した。この論文では400万語のSpokenの部分から無作為に500例を抽出して調査している。井上の分析結果で注目すべきは、全体の61.4%が肯定文だったということである。疑問文が22.8%、否定文が15.8%であった。これは従来から予想されることに反する。またSpokenのデータに含まれる文体が特に堅い、formalなものとは言えないと例を示して説明している。そこから「many の生起要因を文の種類と文体にのみ転嫁するのには問題がある。」との結論を得ている。

                  林 裕『many/much vs. a lot of 序論』

 この見解は1996年のもので、話し言葉のデータを分析した結果に基づいています。しかし、この当時でもmanyを肯定文で使う用法の頻度は高く、「文体が特に堅い」とは言えないとしています。この見解はGIUと同じです。

 

 本来、語感は人によって異なり、一般に、新興表現は後の世代の人ほど容認度が上がるという傾向があります。a lot ofなどの新興表現が起こり、以前からあったmanyやmuchに替わる過程はまだ進行中だと考えられます。辞書や文法書の記載の違いは、その程度をどう見るかを反映しているのです。

  

  このデータはあくまでも、数ある例の一部です。例えばhasをhaveに替えたり、目的語のthingsをfriendsに替えたりすると、グラフは変わります。

 このグラフでは20世紀に入るころからa lot ofの使用が広がり始めています。それに対してmanyの使用頻度は20世紀を通して下がる傾向にあります。新興表現のa lot ofが既存の表現manyに置き換わっている過程と考えられます。

  また、lots of、plenty ofなどを含めると新興表現はこのグラフ以上に増えています。

 

 「文の種類で使い分け」という説明は一見明快に感じますが、言葉が変化するという視点に欠けています。辞書や文法書の説明は刹那な基準で、あくまでも参考にすべきものです。変化の過程にある表現の用法は、生きて使われる言葉に数多く接してつかむのが基本だと思います。

  最近の使用実態を探るためにアニメとして配信されている『ペッパピッグ(Peppa pig)」50冊 ミニ絵本コンプリートセット the ultimate peppa pig collection 50 books set』2018について、50冊すべての中から使用例を拾ってみました。

 

There is plenty of bread.

                         ――School Bus Trip

You’ve got plenty of room.

                        ――The Wishing Well

Peppa and Suzy are having lots of fun.

                       ――Peppa Plays Football

It is the day of the jumble sale.

There are lots of things to buy.

                       ――Daddy Pig’s Old Chair

“Look! It’s snowing.”says Daddy Pig.

“I’m going to catch lots of snowflakes!”shouts Peppa.

                         ――Cold Winter Day

I’ve got lots of work to do.

I’m working at the supermarket, selling the ice creams and driving the bus!

                       ――Miss Rabbit’s Day Off

Mummy pig buys a lot of things to take home.

                      ――Peppa Goes on Holiday

Mummy pig has a lot of important work to do today.

                    ――Peppa Pig’s Family Computer

Now George is having too much fun to be scared.

                           ――Fun at the Fair

It is lots of fun.

                           ――Ballet Lesson

That’s not much fun.

                           ――Mr Fox’s Shop

It’s so much fun.

 

I've got too much work to do.

                                                                  ――Peppa Meets the Queen

Pedalling a pedalo is a lot harder than it looks.

                        -――Peppa Goes Boating

 

 これですべてではありませんが、この絵本50冊の中には、many、muchが単体で目的語になっている名詞を修飾している用法は見当たりませんでした。

 

  ただし、アニメだから使わないとは限りません。

 Dorothy had many questions, but the Good Witch kissed her on the forehead just then.

               ――little Fox, The wonderful wizard of Oz

 

 manyからa lot (of)、lots ofへ移行していくところではあるのでしょうが、今は文体を選ぶというところでしょうか。

 

 同じような例として、かつてshallとwillを未来時制と位置付けて、意志未来、単純未来と分類したうえで、それぞれを主語と文の種類で使い分けるとする文法説明が流行したことがありました。しかし、文の種類で使い分けをするというのには無理があり、批判的な意見もあったのです。

 今から見れば、実際には使い分けというより、shallの用法が退潮し、willが取って代わる過程であったことが分かります。

 

 現在、文法問題となっているmany、muchとa lot ofなど新興表現は、固定的な規則としてみるのは、ほとんど意味がありません。規範的な文法は、言語変化を「ことばの乱れ」ととらえて、規則として定めようとします。しかし、進行中のことばの変化は規則化しても、一時的なものに過ぎず、いずれ陳腐化します。

 言葉は変化するものという前提で、今後どのように変化していくか方向を見定めることが肝心です。文法書や辞書の記述に振り回されるのではなく、自分自身でとらえていく方が健全だと思います。ネット社会の今、問われているのは主体的に情報を取り、分析する力です。英文法も例外ではなく、言語変化、情報化を前提とし、主体的に学んでいくものになるでしょう。

 

 

 

 

 その後この記事を追跡取材して、many、much、a lot ofを言語変化のメカニズムをもとに分析した記事にまとめています。下にリンクを張っておきます。

many、much、a lot ofの変遷―主観化で読み解く言語変化― | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)