anotherを含む表現one anotherとeach otherに関して、英英辞典LDCE、文法書PEU第4版には、それぞれ次のような説明があります。

 

one another  used after a verb to show that two or more people or things do the same to each other.                              『LDCE』

 

Each other and one another mean the same.

    Anna and I write to each other / one another every week.

Each other is more common than one another, especially in an informal style.                                                              『PEU 4th Ed.』

 

 この2つの記述から、one anotherもeach otherも「互いに」という同じ意味で、2人とか3人以上とかに関係なく使うことが分かります。

 

 この事実に反して、「互いに」を意味するとき、each otherとone anotherは2人のときか3人以上のときかで使い分けるかのように言われている時期がありました。今ではそういったことはなくなってきてはいます。

 しかし、「one anotherを3人以上に使うもの」という誤解が解消しても、anotherは2つのもののもう1つという時には使えない、という誤解は未だに残っています。誤解をもたらす原因のもとは絶たれていないということです。

 

 antherのコアを誤らせる原因と考えられる説明法は、いまだにネットなどでよく見かけます。それは、another、the otherの使い方を、次のようなモデルを使って説明するものです。

(〇、〇)のように2つのものがあって、1つ目はone、1つはthe other

(〇、〇、〇)のように3つのものがあって、1つ目はone、2つ目はanother、3つ目(残りの1つ)はthe other

 このようなモデルによる説明を理解の出発点にすると、2つのものがあってそのうち2つ目にはanotherは使わないという思い込みが生まれるのは無理もないと思います。

このモデルに変わる新たな説明法を検討していきたいと思います。

 

 その1つのモデルとして、2つのものについて述べるときのパターンを複数示すというのもあり得ます。具体的には次のようなものが考えられます。

(a)   2つとも特定  (the one、the other one)

(b)   2つとも不特定 (one、another)

(c)   1つは不特定でもう1つは特定 (one、the other one) 

 

 まずは(a)2つとも特定する用例です。

1)I don't want this shirt. I want the other one.

「このシャツは要らない。こっちの方が欲しい。」

 

 シャツが2枚あって、どちらかに決めるという日常でもよくある文脈です。初めに1つのシャツをthis shirtと表現しこっちの方と特定しています。そのあともう1つの方the other oneのシャツがいいとやはり特定しています。

 

 1つのものを特定し、残りの方も特定する。誰もが知っているような、有名な聖書の一節もこの(a)のパターンです。

 

2)If someone strikes you on the right cheek, turn to him the other

  also.

                    『新約聖書マタイ伝福音書5;39』

 「誰かがあなたの右の頬を打つなら,他方(左)の頬も向けなさい。」

 

 次に(b)2つとも不特定の文脈を考えます。例えば、2年制の学校で、2年へ進級してあと1年で卒業するということを、次のように表現できます。

 

3)I advanced to the next grade this spring, so I will graduate in 

  another year.

 

 このanother yearは、one more yearと言い換えることができ、あと1年を表します。このとき、従来のモデルに準じて2つのうち残りの1つという状況を当てはめ、残りの1年ならthe otherではないのか?と考える人がいても不思議ではありません。

 このような文脈でanotherの代わりにthe otherを使うことの是非をChat GPTに尋ねると、次のように答えました。

「I advanced to the next grade this spring, so I will graduate in the other year.」は、文法的には正しいですが、意味としては少し不自然です。通常、「the other year」という表現は特定の文脈で使用され、明確な対比や比較がある場合に使われます。しかし、この文脈では、"one more year" や "another year" の方が自然な表現です。」

 以前の記事でも検証しましたが、Chat GPTの文法的な正誤の情報は、必ずしも正確というわけではありません。しかし、このthe otherについての回答にある「明確な対比や比較がある場合」に使うというのは、以前からこのブログで述べてきた、定冠詞theには「他とは違って」という対比の意識があることに合致します。

 

 例えば、一神教では創造神は唯一の存在ですがGodと無冠詞で表現します。他に対比できる神は存在しない、つまり「他とは違って」という意識がないのでtheは使わないのです。多神教の神であればthe god of ~のように表現します。他に神がいるから「他とは違って」とtheで特定するのです。

 用例2は、2年制の学校で1年が終わり、あとさらに1年あると述べています。このとき、残りの1年とその前の1年とを対比して「1年目と違って」という意図はありません。

 

 このように見ていくと、2つのうちの1つだからとか、残りの1つだからといった客観的状況から、特定、不特定を示すtheを使うかどうか決まるわけではないことが分かります。(a)、(b)、(c)はいずれのパターンもあり得ます。よく取り上げて説明される(c)のone, the otherは、1つずつ取り上げる表現の1つの類型に過ぎないのです。いろいろな表現の仕方があると柔軟に捉える方が実際の使用には有用でしょう。

 

 また。one anotherが2者について「お互いに」という意味で使うことを論理的に考えることもできます。

 箱にA、B2つの球が入っているとします。このとき、どのような球の取り出し方をするか、その取り出した結果をどうみるかは任意です。

 2回続けて球を取り出すとき、1回の試行で、どんな取り出し方があるか過程を考えます。1回目はAかBのどちらかです。2回目は1回目の結果によって残った方になります。1回目は不特定で2回目は特定できることになるので(c)one、the otherにつながります。

 2回続けて球を取り出すとき、1回の試行で、1回目と2回目を区別するとき、取り出した結果の場合分けを考えます。1回目がAで2回目がBの場合、1回目がBで2回目がAの場合があります。これは1回目、2回目それぞれを特定することなので(a)the one、the other oneにつながります。

 2回続けて球を取り出すとき、結果の組み合わせを考えます。1回目がAでもBでもいいし、2回目もAでもBでも結果は変わりません。これは1回目、2回目はどちらも不特定と言えるので、(b)one、anotherにつながります。oneもanotherは互いに入れ替え可能なので、one、anotherが「互いに」と言う意味になるのは自然なことだと思います。

 

 SNSでanotherとthe otherを使った面白い表現を見つけたので紹介します。

 

      

 

「片側にはキットの顔の半分を載せて、もう片方の側には別のキャラクターの顔を組み合わせる。それはこんな絵になるよ。」と、こんな意味でしょうか。

 この中に出てくる表現として、one sidethe other sideという対は、よく使われます。例えば、船の片側とその反対側の方と言う場合などで、これは(c)のパターンです。もちろん、それをthe port side(右舷)、the starboard side(左舷)というように特定して(a)のパターンで表現することもできます。

 また、キャラクターについて、Kitaという特定のキャラクターに別の不特定のキャラクターanotherを追加するというような表現になっています。これは特定のものに不特定のものを追加するので、また違うパターンとみてもいいかもしれませんね。もとが特定か不特定かに関係なくまず1つのものがあって、「さらにもう1つ」というanotherの感じがよく出ていると思います。

 

 the otherとanotherの違いをまた別の角度から説明することもできます。定冠詞theはdefinite、不定冠詞はindefiniteという言い方をします。「制限がある」と「制限がない」ということを意味しています。「限りがある」と「~とは限らない」と読み替えます。

 the otherは残りの1つに限られていることを表すときに使い。anotherは残りの1つとは限らないというときに使うとも言えます。1つ目はoneでもthe oneでもいいのですが、とにかくまず1つある。2回目以降どちらを使うかという選択を想定します。

 the otherは、2つであることが確定していて、残った方と明確に言う場合か、説明する人が1つずつ列挙して「これで終わり」と相手に知らせるような場合に限り使う表現です。

 anotherは残り1つとは限らないときに広く使えます。限らないということは、残りがない場合もあり得るということです。

 例えば、次のような用例を考えると分かり易いかもしれません。

4)If there are still leftovers, please give me another.

 「まだ残っているのなら、もう1つちょうだい」

 このように残りが不明な場合もanotherを使います。つまり、まだ残りがあるのかないのかに関係なく使っていいということです。実際には3つ以上あるかどうかわからないときがあるのだから、3つ以上のときはanotherを使ういうモデルは、現実的ではないことが分かります。

 言葉は多くの用例にあたり、適切な使い方を身に付けていくことがいいわけです。文法説明にこだわって使うことに躊躇することはないでしょう。

 

 the otherは使う文脈が限られます。これに対して、anotherの方は文脈や状況にとらわれず「さらにもう1つ」と言う意味で幅広く使えます。また一歩進んで、1つに限らず「さらに追加する」と言う場合にも使えます。

 

5)I am going to graduate in another two years.

 「わたしはあと2年で卒業します」

 

6)I'll wait just another three months for you.

 「あと3か月待ってあげる」

 

 another two yearsはtwo more yearsと言い換えても同じです。また、another three monthsthree more monthsと言い換えることができます。

 

 あとanotherの使いするという使い方について、もと-ジャーナリストの視点からの興味深い論文があったので紹介しておきます。

 まず、冒頭の部分を引用します。

 

 言葉は生き物」であるのは英語も日本語も変わらないはずだ 。すなわち年月とともに語法などが微妙に変遷していくのはだれも止められない 。しかし、このために困った事態が生じる。 非母語者として英文を毎日の仕事で書かざるを得ない日本人英文ジャーナリストにとっては特にそうだ 。「誤用」だと耳にたこができるほどエディターから避けるように言われた表現が数年、数十年たつといつのまにか「正用」であるかのように「大きな顔」をして存在するのは珍しいことではない。

 村上 直久『「誤用」から「正用」への変容-ジャーナリズムにみるcompareとanotherの用法』2004です。

 

 ジャーナリストが英文記事を書くためのマニュアルとして使う米のスタイルブックは、標準的な英文の基準の1つになっています。その基準をもとに、正用が変化していくことを調査したものです。基準になるものとして、The Japan Times(以下JTと略)の『和英翻訳ハンドブック』と米国の代表的通信Associated Press(以下APと略)のStylebookにあるanotherの使い方をもとにしています。論文の内容を引用します。

 

JTはanotherについては、

anotherは次の数字が前出の数字と同じであれば正しい。つまり

 Yesterday we received an order for 100 copies, and today we receive an order for another 100.と用いるのは正しいとしている

 

APもanotherについては、

Another is not a synonym for additional: it refers to an element that somehow duplicates a previously stated quantity.

 

Right: Ten people took the test; another 10 refused.

Wrong: Ten people took the test; another 20 refused.

Right: Ten people took the test; 20 others refused.

としている。

               村上 直久『「誤用」から「正用」への変容』

「昨日、100部の注文を受け取りました。そして今日、さらに100部の注文を受け取りました」

(JTの用例しんじ訳)

「Another」は「additional(追加の)」という意味ではありません。それは、以前に述べられた数量を複製する要素を指すことを意味します。

 

正しい例: 10人が試験を受けました。他の10人が拒否しました。

間違った例: 10人が試験を受けました。他の20人が拒否しました。

正しい例: 10人が試験を受けました。他の20人が拒否しました。

(しんじ訳)

 

 JTとAPともにanotherは一般に使いするときに使うのではなく、同じ数量を追加するときに使うとしています。数量が違うものを追加するときにはothersを使うのは正用だということです。

 この基準に照らして、各社の記事がどのくらい基準を守っているか、記事に対する誤用の数を調べて報告してあります。いずれも調査対象期間は2000年の1月となっています。それをまとめると次のようになります。

 

【Economist】

anotherの全138用例中、JTやAPに照らした場合の誤用は8例

(誤用例)

One-third of the giants in America's Fortune 500 in 1980 had lost their independence by 1990 and another 40% were gone five years later.

「1980年のアメリカのフォーチュン500において、3分の1の巨大企業が1990年までに独立経営ができなくなり、その5年後にはさらに40%が存在しなくなりました。」

 

【Theily Telegraph】

anotherの全436用例中、JTやAPに照らした場合の誤用は30例

(誤用例)

Up by 13pct last year, prices continue to bubble and the Halifax backs them to rise by another 8 pct this year.

「昨年は13パーセント上昇し、価格は引き続き高騰しており、ハリファックスは今年さらに8パーセント上昇すると予想しています。」

 

【e Daily Yomiuri】

anotherの全179用例中、JTやAPに照らした場合の誤用は4例

(誤用例)

Yahoo Japan has issued about 28,000 shares, about 50 percent of which are owned by Internet investor Softbank Corp., while another 10 to 15 percent are traded on the market.

「ヤフージャパンは約28,000株の株式を発行しました。そのうち約50パーセントはインターネット投資家であるソフトバンク株式会社が所有しており、さらに10から15パーセントが市場で取引されています。」

 

【Newsweek】

anotherの全41用例で誤用は無し

 

 村上論文では「anotherについてはJTやAPで求めているような用法についての言及は手元にあった13の辞書、文法書では全くなかった。問題意識が欠如しているのだろうか。(村上2004)」と指摘しています。

 また、まとめとして「誤用が正用化していくことについて、ジャーナリズムが読者にとって明晰な表現、文章を求めて、anotherとotherを厳密に区別して使うように指示するのに対して、一般社会では、煩雑な区別を避け、なるべく簡単な言い回しをも飲める傾向がある。この2つの流れがぶつかって、長期的には後者の力が次第に強くなって、誤用の正用化が進むのではないか(村上2004)」としています。

 

 米スタイルブックなどジャーナリズムが守っている語法は、辞書や文法書以上に保守的な面もあります。比較的最近の例では単数として使用するtheyは長らく認められていませんでした。APが使用を認めると、他のジャーナリズムに影響したります。また、必ずしもジャーナリズムが保守的とも言い切れないところもあり、状態動詞進行形を柔軟に使っていたりします。

 

 言葉の正誤というのは、社会的に決まることが多いものです。一方で言葉は変化していきます。一見明快な文法説明は、すぐに陳腐化するともいえます。さらに一見分かり易いルールを、それをみんなこぞって真似をするというのはよくあることです。しかし、そのルールのせいで、実際に使われている表現を誤りであるかのように捉えるのは有益とは言えないでしょう。

 極端な言い方をすれば文法説明は、どうにでもこじつけられるものです。1つの説明法にこだわることはない気がします。いろいろな角度からとらえる利点は、変化する言葉に対応しやすいことです。

 今回はanotherの使い方について、少し踏み込んだ説明をしてみました。それが有用かどうかは人によるのではないかと思います。ただ、肝心なのは文法説明ではなく、実際に生きて使われる表現です。いろいろな説明法に知恵を巡らせて、改めてそう思いました。