下関市立豊田中央病院 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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病院再編・下関市立豊田中央病院の存続了承

TYSテレビ山口(2020.1.29、参考)

国が再編・統合の検討を求めたリストに含まれていた下関市の豊田中央病院が、これまでと同様の病院として存続することになりました。昨夜開かれた、地域医療構想調整会議で決まりました。

下関市豊田町の市立豊田中央病院は、昨年度まで「一般病棟を代表する機能」を高度医療などが必要な病気が発症した直後に診療する「急性期」として報告していましたが、診療実績が少ないとして、国から再編・統合の検討を求められていました。

再検証の結果、入院患者のおよそ6割がリハビリを行う「回復期」とわかり、今年度は代表機能を「回復期」に変更して、これまでと同様の病院として存続することが了承されました。下関医療圏地域医療構想調整会議の木下毅会長は「実情に合ったプランだと思うので、承認された。

引き続き地域で貢献してもらえば」とし、市立豊田中央病院の吉富崇浩院長は「急性期の高度医療に関しましては、病院の連携を深めて市内の病院にお任せして、一般的な医療や、その地域で起こった救急医療、さらには在宅に向けての医療を、今後も進めていきたい」と述べました。今後は、現在、休床となっている11のベッドを加えて、71床に見直すことを検討するということです。



参考

下関市豊田町大字矢田365−1 下関市立豊田中央病院